Club Satisfy 3 前編

 彼女は確かにまた呼んでくれると言った。会いたいと言ってくれたし、俺も会いたいと思った。それなのに連絡はなく、もう2週間が経つ。
 今日こそ、連絡があるだろうと待っているのに、電話は掛かってこない。何度見ても着信はない上に、以前連絡があった時間はとっくに過ぎていた。

 なんで、ああ言ってくれたのに。時間が経つにつれ、焦れた思いはどんどん手が付けられなくなっていく。
 1週間目はまだ待てた。何かあったのかもしれない。忙しいとか、体調を崩したとか。でも、2週間目は待てなかった。
 気付いた時には着の身着のまま家を飛び出し、速足にそこに向かっていた。手にしていたのは家の鍵だけ。財布も携帯も持っていくのを忘れるほど、他のことは考えていなかった。
 たった数回、しかも車の後部座席で揺られて行ったにもかかわらず、あの場所は鮮明に覚えていた。忘れたくても忘れられなかったし、忘れたくなかった。
 
 入り口のドアに反射した姿を見て、自分の格好がこの場所には不釣り合いだと気付いた。Tシャツにジーンズ、それにスニーカー。けれど余計なことを気にする余裕は色々な意味でなかった。何より、焦らされた心が限界だった。
 入り口を通り、奥にあるエレベーターのところに行こうとフロントの横を通り抜けたところで、聞き覚えのある声がした。そちらを向くと、声の主もちょうどこちらを向いて、目が合う。
「なぎささんっ!」
「ユウくん!」
 なぎささんはキャリーバッグを片手に、フロントで手続きをしているところだった。
 彼女の顔を見た瞬間、言いたいことが一気に溢れかえる。けれど言いたいことが多すぎて何から言えばいいのかわからず、言葉が何も出てこない。

 彼女の顔を見て固まっていると、なぎささんは何事もなかったかのように笑った。
「今日はどうしたの? お仕事?」
「なっ……、」
 何も気にすることない、普通の調子で言われ、頭に血が上った。
「ち、違うっ! 俺は、あんたに会いにっ……!」
「え、でも今日は、」
「なんなんだよっ! ずっと待ってたのに、あんたは全然気にしてないっ、ほんとになんなんだっ!」
 周りにいた人たちの視線を感じた。なぎささんが慌てている。
 慌てればいい。そっちが会いたいって言われたから会いに来た。次も呼ぶというから待っていた。それなのに、彼女は俺を呼ばない、それに対して何にも思っていない。なんで俺ばっかり、なぎささんが俺をこんな風にしたんじゃないか。
 一度言葉を口にすると、次から次に言いたいことが思い浮かんだ。勢いに任せて全部言ってやろうかと思っていると、なぎささんが慌ててストップをかけた。
「わ、わかった、わかったからっ、 ごめんね、とりあえず部屋に行こう? そこでお話ししよう、ね?」
 それは子供に言い聞かすような口調。余裕がある素振りが余計に腹立たしく感じた。

 彼女はフロントに何かを言うと、キャリーバッグを転がして俺の隣に来る。彼女の後ろをただ黙って歩いた。
 エレベーターの中は俺たち二人だけだった。普通に考えて、フロントで騒いでいた奴らとは一緒に乗りたくないだろう。
 二人になれたのは嬉しかったけれど、今はただ気まずかった。
「私に会いに来てくれたんだね、ありがとう」
 返事はしなかった。会いたかったのに、顔を見ると無性にイライラした。
 なぎささんは俺のそんな様子に顔を曇らせて、それ以上何も言わなかった。そんな顔をさせていることに罪悪感を覚えたけれど、ざまあみろとも思った。
 俺をこんなに振り回したんだから、少しくらい傷つくと良い。俺だって、すごく傷ついた。

 無言のままエレベーターを降りて、廊下を歩く。いつもの部屋の前にたどり着くと、なぎささんがカードキーを差し込んでドアを開けた。
 どうぞ、と言う彼女に何も言わず、俺はただ無言で部屋に入る。この部屋に来たかったはずなのに、彼女に会いたかったはずなのに。こんな気持ちでこの部屋にたどり着くとは思っても見なかった。

 なぎささんはキャリーバッグを部屋の隅に置くと、俺にソファを勧める。無言で座ると、彼女も隣に座った。
「何か飲む?」
 首を振ると、そっかと彼女は言った。
「ごめんね、先週呼べなかったこと怒ってるんだよね」
 彼女は沈んだ様子で話し始める。その姿に初めて会った時の様子が少しだけ重なった。でも、あの時は緊張して曇った顔をしていたけれど、ここまで悲しそうではなかった。
「先週は仕事が立て込んで、ここに来たのは日付が変わったくらいの時間だったの。次の日も朝早く出ないと行けなかったから、ほとんど寝るだけで」
 真っ当な理由だったけれど、そんなの本当か嘘かわからない。多分、この人のことだから嘘はつかないとは思う。
 でも、それを素直に信じるのもなんだか悔しくて、疑う心を無理やり引っ張り出す。本当は俺以外の誰かを連れ込んで、楽しんでいたんじゃないか。例えば、Aに言って俺以外を呼びだした、とか。
 そこまで考えて悲しくなり、同時に、それをしたところで彼女は何にも悪くないということを理解した。

 俺はAによって手配されるただの出張ホストだ。なぎささんが誰を呼ぼうが物を申せる立場じゃないし、逆に俺はなぎささんが呼んでくれないと会う時間は持てない。
 考えれば考えるだけ、自分の滅茶苦茶さを理解してしまう。
「こうして会いに来てくれたの、嬉しかったよ。ありがとね」
「今日も、」
「え?」
「今日も呼んでくれなかったじゃないですか。また呼ぶって言ったのに」
 自分が間違っていることは痛いほど理解していた。怒りは既に消火され始めていたが、引くに引けず、残った思いをかき集めてぶつける。
「きょ、今日?」
「今日も連絡なかったっ! 俺、ずっと待ってたのにっ! それで会いに来たらあんなこと言ってっ……!」
「え、えっと……」
「なんなんですかもうっ! 待たせるだけ待たせてっ! 俺はあんたが会いたいっていうから来たのにっ!」
 彼女にぶつけたら、少しは自分の中のもやもやが収まるんじゃないかと思ったけれど、結果は余計に悲しくなるだけだった。
 自分が自分で嫌になった。これじゃ、思い通りにならなくて駄々を捏ねる子供だ。
 でも彼女の前では何も取り繕えない。なぎささんにならぶつけても良いんじゃないか、とまで考えてしまって、自分の幼稚さが嫌になる。今まではこんなことなかったのに。自分でも知らなかった自分がどんどん出てきて、自分でも手が付けられない。

「えっと、ちなみになんだけど」
「……なんですか」
「今日、水曜日というのは知ってた?」
 え。思わず固まる。そんなはずが、と思って顔を上げると、ちょうどテレビの下に日付入りの時計があった。それが目に入った瞬間、さっと血の気が引いた。
 なぎささんのところに行くのはいつも木曜日。でも、今日は水曜日。

 今度は別の意味でパニックだった。何か言わないといけないと思うのに、言葉が何も出てこない。恥ずかしくて気まずくて、今この瞬間に消えてしまいたかった。
「えっと、待ちきれなかった、かな?」
 みっともなさすぎて顔を上げることが出来なかった。
「すみませんっ、お、俺、勘違い、してっ」
「大丈夫大丈夫。会いに来てくれて嬉しいよ、ありがとね」
 無茶苦茶なことをしているにも関わらず、なぎささんは特に怒った様子もない。それどころか、本当に言葉通り嬉しそうにも見えた。

「すみません、すぐに帰りますっ……!」
「あれ、帰っちゃうの? せっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていってほしいな」
「で、でも、そんなの。呼ばれたわけじゃないし、むしろ迷惑じゃ、」
「全然。ユウくんはこの後、何か予定あるの?」
 予定なんてない。だって、今日会えると思って、バイトのシフトも開けていたから。
「でも、俺が勝手に押しかけたのに、気を使わせて、」
「別に良いじゃない。私たち、おもらし見た仲でしょ?」
 そんな冗談を言って、なぎささんは笑う。気恥ずかしさは更に増したけれど、押しつぶされそうな羞恥は少しだけ軽くなっていた。

 このまま一緒に過ごせるのは、少し嬉しい。いや、本当はすごく嬉しい。だって、会いたかった。先週から、いやもっと前から、ずっとずっと会いたくて仕方なかった。
「ほんとに良いんですか」
「うん。ただ仕事があるから、ちょっとだけ待ってね。終わったらご飯でも食べに行こう? 奢ってあげる」
 この人はなんでこんなに優しいのだろう。何か裏があるんじゃないかと疑ってしまうほど、なぎささんは優しい。
 でも、疑う必要なんてないと思えた。別に、騙されているならそれでいいと、そこまで思ってしまうほどに、この人を信用していた。
「ユウくんが待っててくれるなら捗りそう」
 そんなことを言って、彼女はにこにこする。
 なぎささんに何か裏があるのなら、俺はきっと手遅れだ。だって、俺はこの人に恥ずかしい部分を全て見せている。これ以上恥ずかしいことなんて、ない……とは言い切れないけれど、でも俺が思いつく限りの恥ずかしさは全て見せていた。
 何かあるならそれで良いと、まだ会って間もないこの人に思ってしまうのはどうしてなのか。でも、信じたかったし、信じたいと素直に思ったから、その思いに甘えることにした。
 余計なことは考えない。俺は、この人と一緒に過ごしたかった。それだけでいい。

「じゃあ、ちょっとだけ仕事するね。その間、楽にしてて。テレビ付けても良いよ」
 なぎささんはキャリーバッグの横に置かれていた黒い仕事用っぽい鞄を持って机の方に向かうと、パソコンと書類を広げて、黙々と作業を始めた。
 初めは座って待っていた。でも、すぐに暇を持て余して、ソファに横になる。携帯を探して、家に置いてきたことに気付いた。本当に着の身着のまま出てきたんだった。
 あの時の自分の必死さを思い出すと、羞恥心に押しつぶされそうだ。携帯の曜日表示をもう少し大きくしようと思った。
 けれど会いたいのは本当だったから。こうして会えて、しかも一緒の時間を過ごせるのは嬉しい。
 なぎささんの方を見てみるけれど、集中していて全くこっちを見ない。はやく終わらないかな。散歩を待っている犬の気分だ。退屈でテレビを付けようかと思ったけれど、邪魔になりそうだったので止めた。

+++

 キーボードを叩く音が聞こえる。その単調な音が心地よくて、いつの間にか目を閉じていた。
 目が覚めて、嵐のように暴れる尿意に慌てて飛び起きた。
 体と心が落ち着くにつれ、忘れていた感覚が戻ってきたようだった。意識の外でずっと抱えていた尿意は順調に膨らみ続け、家を出た時の倍は強くなっていた。
 この部屋のトイレの場所は知っている。一番初めにこの部屋に来た時に連れて行ってもらった。ただ、文字通り連れて行ってもらっただけで、使えなかったのだけれど。

 その時を思い出すと決まりが悪くなるので、無理やり気持ちを切り替える。
 勝手に使わせてもらおうかと思いながらも、俺はソファに座っていた。なぎささんの仕事が終わるまで、我慢、出来る、かな。もちろん、本当に危なくなったら行くけど、それまでは我慢してみる、とか。
 そんな悪い誘惑に少しだけ抗ってみる。でも、そんな抵抗は無意味で、俺は縫い付けられたようにソファに座って、そわそわと尿意に耐えていた。羞恥とほんの少しの罪悪感が気分を高揚させる。
 いつの間にか両ひざはぴったりと寄せられ、意識しなくても上下に揺れている。呼吸が落ち着きなく荒くなっていくのを必死に潜めた。
 一番初めもここでこうして我慢した。ビールをたくさん飲んで、結構トイレに行きたい状態からの我慢。その時は隣になぎささんがいた。どんな表情で隣にいたのだろう。あの時は我慢するのに必死で、彼女のことを気に掛ける余裕なんて全くなかった。

 机に向かうなぎささんの背中をそっと伺う。キーボードのタイプ音は聞こえなかったが、その代わりに手元の書類を見ているようだった。
 はやく、はやくと急かしてしまう。なぎささん、はやく。俺、トイレ行きたい、だからはやく。
 身勝手でここにきて、身勝手に仕事を急かすなんて、俺はいつからこんなに我儘になったんだろう。自分で言うのもなんだけど、どちらかというと面倒を見る側で、人の我儘を聞いてきた側だったのに。
 こんな風に誰かに甘えて、我儘を言って、自分の都合を押し付けるなんてことは初めてだった。恥ずかしさの一方で、ぬるま湯のような心地良さも感じた。

 小さな背中を眺めていると、突然、彼女はこちらを振り向いた。反射的にびくっと体が震える。
 悪戯が見つかった子供の様な気分だった。どきどきしていると、目が合って手招きされる。誘われるまま隣に行くと、にこにこと楽しそうな様子で、口を開いた。
「我慢できる?」
 一瞬、息が止まった。ばれてる。自分が赤面しているのが分かった。
 何も言えずに立ちすくんでいると、彼女は更に楽しそうに笑った。
「もうちょっとだけ待ってね。ちゃんと我慢出来たら、ご褒美あげる」
「ご、ほうび、ですか」
「うん、ご褒美」
 そういうと、彼女は俺の手に触れる。
「良い子だから、もう少しだけ我慢してね」
 そしてそんなことを言うと、俺の手をぎゅうっと握って、またパソコンに向き直るのだった。

 ソファに戻って、ゆっくり座った。ずっしりと下腹部に重さを感じる。体が昂って熱くて、ふうっと息を吐き出す。
 もう少し、もう少し。同じ言葉を繰り返しながら、高まっていく尿意をぐっと堪える。ああ、トイレ行きたい、おしっこしたい。両足が落ち着きなく上下する。
 お腹いっぱいに溜まっているのが分かる。苦しさを感じて、ベルトを緩めてジーンズの前のボタンを外した。満杯におしっこをため込んだ膀胱がお腹を押し上げてぽっこりと膨れている。
 トイレトイレトイレ。はやくトイレ。なぎささん、はやく、はやく。再びタイピング音が聞こえた。かちかちとその音に合わせて、尿意がどんどん増していく。
 ぐっと一気に高まる尿意に、耐えきれずジーンズの前を押さえた。おしっこの出口を押さえて、衝動に耐えるけれど、焦れた体は全力で尿意を訴える。
 ああ、もう、トイレ、ほんとにトイレいきたい、おしっこしたい。はやく、はやく、はやくトイレ、はやくおしっこしたい、ああもう、はやく、はやく。

 押さえて、離して、また押さえて。押さえている時間がだんだん長くなり、とうとう手が離せなくなる。離すと我慢できなくなりそうだった。膀胱がぱんぱんに膨れて、苦しくて少し痛い。
 なぎささんはまだ仕事中だ。その背中を見てから、反対側にあるトイレの扉を見てしまう。釘付けになったようにそこから目が離せない。
 トイレ、トイレ行きたい。扉の向こうが恋しい。トイレトイレトイレ、ああ、もうほんとにトイレ。トイレ行きたい、おしっこしたい。あの扉を開けて、その向こうで思いっきりおしっこしたい。
 考えただけで体が勝手に緩んで、おしっこが出そうになる。ああ、だめ、だめ、我慢、我慢、我慢。ぎゅううっとそこを押さえて我慢する。おしっこしたい、したくてしたくてたまらない。
 ああ、したいしたいしたい、おしっこしたい。もうほんとに、おしっこもれる。

 また、出そうになって、ぎゅううっとそこを押さえる。ああ、もう、といれ、おしっこ、ほんとむり、やばい。激しい尿意に、ばたばたと足が勝手に暴れる。押さえているのに、我慢しているのに、おしっこが出そうで、出したくてたまらない。
 もう、無理かも、と考えてしまう。弱る心を抑え込み、必死に我慢を繰り返す。固いジーンズごしの感覚がもどかしくて、手を突っ込んで下着の上からぎゅうっと押さえる。
 ああ、おしっこ、もうやばい、ほんとにやばい。トイレトイレトイレ、おしっこ、おしっこしたい。

 じわ、とおしっこが溢れそうになる。我慢しているのに、溢れそうで、押さえているのに、ゆるゆるとおしっこが上っていく。
 じっと座っていられず、ソファから腰を上げる。手は離せなかった。股間を押さえて、へっぴり腰でなぎささんのところまで歩いていく。
「な、なぎささんっ、」
 震えた声で彼女を呼んだ。
 何を言うつもりで声を掛けたかわからない。ただ、もうじっとしていられず、俺はなぎささんの前で股間を押さえたまま、小さく足踏みを繰り返す。

 なぎささんは手を止めてこちらを見る。
「なぎささんっ、」
「うん、どうしたの?」
「あ、あのっ、も、あの、あのっ、」
 勝手に言葉が出る。なぎささんは優しく笑って俺の言葉を全部受け止める。
 言わなくても、自分の姿が何より鮮明に言いたいことを伝えていた。でも、言わずにはいられなくて、助けを求めるように俺は口を開いた。
「ぉ、おしっこっ、もう、もうっ……」
 あらあら、なんてなぎささんは驚いたように言う。
「もう少しだけ我慢できる?」
 心は既に折れる寸前で、体はもう限界寸前で。もう少しなんて、とてもじゃないけれど無理だ。そう思うのに。
「今やってるのが最後だから、もう少しだけ。ね?」
 そう言われると頷くしか出来ない。
「えらいえらい。すぐにおトイレ行けるようにズボン脱いでおこうか」
 そう言ってなぎささんは俺のジーンズに手を掛けた。手伝ってもらいながらジーンズを脱ぎ終えると、なぎささんはまだ仕事に戻ってしまった。

 ソファに戻ったけれど、もうじっと座っていることなんてできなかった。ぎゅうぎゅうと股間を押さえたまま、下着姿でソファの周りをうろうろする。それがとんでもなく恥ずかしい姿であることは知っていても、それ以外どうすることも出来なかった。そうしていないと出てしまいそうで、でも、そうしていても出てしまいそうで。
 部屋の中を歩き回りながら、猛烈な尿意に耐える。おしっこしたい、おしっこ、おしっこ、おしっこ、もうほんとにやばい。膀胱はぱんぱんに膨らみ切っていて、僅かな隙間もない。もう一滴たりとも入らないのに、それでもおしっこがぎゅうぎゅうと詰め込まれる。もう入らないと、もう限界だと全身が叫んでいた。

 おしっこ、ほんとにおしっこ。もう限界なんてとっくに超えてる。おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ。ほんとにもうやばい。おしっこもれる、ほんとにもれる。
 おしっこしたい、おしっこしたい、我慢出来ていることが不思議なくらいだ。おしっこしたくて、ほんとにしたくて、今、ペットボトルとか洗面器とか、何か容器を渡されたら、そこにすぐしてしまう。それくらい、もう限界。でも我慢しないといけなくて、でももう本当に限界の限界で。
 なぎささん、はやく、はやく。限界ぎりぎりのところで必死に持ち堪えて我慢する。でも、ほんとにやばい、おしっこ、ほんとにおしっこもれる、ほんとのほんとに限界。おねがいだから、はやく、はやくおしっこっ。

 テレビの横にあるゴミ箱に、食器棚のコップに、ほんの少しだけでも出したい、おしっこしたい。そんなことを考える。ああ、むり、ほんとむり。もうおしっこ、おしっこ、おしっこっ。
 限界、ほんとに限界の限界、もうこれ以上無理だと、叫び声が聞こえる。限界を超える寸前、一歩手前どころか半歩手前、限界は目前に迫っている。ほんの少し、指先で優しく背中を押されただけで超えてしまう、そんなぎりぎりのところ。
 それでも必死に踏みとどまる。もう、ほんとに、ほんとのほんとに限界だ。もう少しなんてもう我慢できない。ほんとにおしっこしたい、無理、もう無理、ほんとに無理。おしっこ、おしっこもれる、もうおしっこでる、ほんとにでるっ……。

 立っていられずに、その場にしゃがみ込む。ああやばい、でる、でるでるでる、おしっこ、ほんとにおしっこ。
 必死に、ぎゅうぎゅうと痛いくらいに押さえるけれど、全然治まらない。
 もうむり、ああもう、ほんとにむり、おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ……!
「ユウくん、大丈夫?」
 なぎささんの声が聞こえた。けれどもう返事も出来ない。は、は、と息を吐き出す度に、おしっこが上り詰める。
 ああ、でる、でるでるでる、ほんとにでる、おしっこ、おしっこ、おしっこ。もう、先っぽまで来てる、おしっこ、も、ほんとに、ああ、もう、もうほんとに。
「お仕事終わったよ。大丈夫? 立てる?」
 それは救いの合図だと、もう我慢しなくていいのだと、いち早く理解したのは体だった。一気に高ぶった尿意を吐き出そうとする。その強烈さに、もう泣き出しそうだった。

 押さえる両手が、体を支える両足ががくがくと震える。生まれたての小鹿みたいによろよろと立ち上がり、内股でトイレへ向かう。もうちょっと、すぐそこに見えているその場所がすごく遠く感じた。
 体が伸ばせない。前屈みの状態で、腰が引けたまま。両手でぎゅううっとそこを押さえつけて、内股でそろそろと前に進む。
 足を踏み出すと、じわ、と手の中が温かくなる。あ、あ、おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ……! あと少し、もうちょっと、ちょっとだけ、あとほんのもう少し。何度も何度もいやになるほど繰り返した言葉を繰り返して、足を進める。

 扉はなぎささんが開けてくれた。トイレが見えた瞬間、おしっこが溢れ出す。なりふり構っていられず、下着の中から性器を引っ張り出しながら飛び込んだ。
 既におしっこは出ていて、しいー、と細く零れて手を濡らす。
 あ、あ、ああ、あ、あ。声にならない声が漏れる。半分泣きながら、その先端をトイレの中に向けた。
 しょろろろ、と零れていたおしっこが水面に落ちる。あ、あ、あ、あぁ、は、あ、あぁっ。詰まっていた息が零れる。それと同時におしっこが噴き出した。
 堰を切ったような、ぶじゅーと物凄い勢いだった。ああ、あ、あ。強すぎるくらいの快感に声が出ない。頭が真っ白で、ただただ解放感と気持ち良さだけを感じた。あっ、あっ、おしっこ、おしっこでてる、やばい、気持ちいいっ……。溜まっていた涙がぼろぼろと溢れた。

 じょぼぼぼ、とおしっこがうるさく水面を叩き、ある程度して止まった。全身で息をして、は、は、と短い呼吸を繰り返す。
「いっぱい出たね。えらいえらい」
 後ろから声がしたかと思うと、ぎゅうと抱き着かれた。その柔らかい感触に、初めてこの部屋に来た時を思い出した。
 あの時と一緒くらい我慢して、でもあの時より頑張った。ほんとのほんとに危ないところだった。限界ぎりぎりとはまさにこのことだ。あと一分でも、もしかしたら一秒遅かっただけでも、漏らしてた。そう思うくらい崖っぷち。
「今日は、ちゃんと、間に合いました」
「そうだね。よく頑張りました。あとでご褒美あげないと」
「あの、それで、その、」
「ご褒美?」
「そうじゃなくて、あの、」
 込み上げる尿意に体が震えた。
「その、あの……ま、まだ、」
 恥ずかしさに負けながら、小さな声で言う。
 まだ、残ってる。というか、まだ全然出てない。まだまだ出そう。
 短い言葉でも彼女は俺の言いたいことを察したようで、小さな手の平が俺のお腹を撫でた。
「大丈夫。ここはおトイレだから、おしっこして良いんだよ。出してごらん?」
 お腹に少し力を入れると、再びじょろろろ、とおしっこが迸る。先程よりも勢いはないけれど、それでもしっかりと出ていて、水面をびちゃびちゃと叩く。
 ああ、やばい、ほんとに気持ちいい。じょろじょろ、呆れるくらい長く、止まらないんじゃないかと思うくらいたっぷり。でも、それが本当に気持ちよかった。

 最後の一滴まで出し切って、胸に詰まっていた息をやっと吐きだすことが出来た。
「気持ち良かった?」
 なぎささんはそんなことを言う。そんなの、気持ちよかったに決まってるし、そんなこと言わなくてもわかっているのに。
 何も言えなかったが、彼女はそれ以上何も聞かなかった。

 水を流し、下着を履く。少し湿っていた。少しだけ間に合わなかった。グレーの下着の一部が黒く染まっているのを見て、彼女は笑った。
「後でコンビニで買ってあげるね。おもらしせずに、よく頑張りました」
 そう言って、彼女は俺の頭を撫でる。子供じゃないんだからと思いながらも、それがなんだかとても嬉しくて、されるがままになっていた。

+++

 それから少しして、二人で夕食を食べに出た。
 物凄いところに連れていかれるんじゃないかと思っていたが、意外にもなぎささんが入ったのはホテル近くのファミレスだった。俺でも何度も行ったことがあるお店だったので緊張はしなかったものの、気を使わせたのかと少し不安になった。
「もっと高級なところが良かった?」
「いや、そういうわけじゃなくて。こういうところは行かないのかと思ってました」
「ユウくん、私のことお嬢様か何かだと思ってるでしょ。ただの普通のお姉さんですよ」

 食事をしながらいろいろな話をした。
 彼女は社会人で、仕事の関係で毎週こちらの方に出張に来ているらしい。大した趣味もなく、出先で少し高級なホテルに泊まるのが趣味なの、とは彼女談。ホテル代は全部自腹だよ、と彼女は笑いながら言った。
 自腹であんなホテルに泊まれる時点で俺からすると大金持ちだ。

 ついでに、ホテルの宿泊客でもない俺が彼女の部屋に出入りしていることは大丈夫なのかを聞くと、二つ返事で大丈夫だと彼女は言った。
「支配人が知り合いなんだ。ちゃんと言ってあるから、私が泊っている時はユウくんは顔パスで入れるよ」
 やっぱりなぎささんってすごい人なんじゃ。色々聞きたくなったが、聞くと色々気にしてしまいそうだったので止めておいた。

「ちなみに支配人ね、Aさんとも知り合いなんだよ。というか、支配人にAさんを紹介してもらったの」
「えっ、まじですか」
「まじですよ。これ、Aさんには内緒ね。あんまり言いふらすと怒られるから」
 思わぬ繋がりに驚いたけれど、何となく納得はいった。意外なところで繋がっているものだ。
 それにしても。なぎささんも凄い人なのだろうけれど、そんな人と繋がりを作っているAにも驚きを隠せない。
 あいつ一体何者なんだ。学生時代は正直、パッとしない奴だったイメージしかない。
 Aとはこの仕事を説明された日以来会っていない。一度、食事にでも誘ってみるか、と何となく考えた。

 俺がフリーターの傍ら、Club Satisfyの仕事をしていると言うと彼女は驚いた顔をした。
「ユウくん可愛いし、お喋り上手だし、本業ホストかと思ってたよ」
 そんな馬鹿な。お世辞で言ってくれているのかと思ったが、なぎささんの顔を見るに割と本気っぽかった。ホストで稼げるくらいに話も仕事も出来ていたら、俺は今フリーターなんてしてない。
「そっか、フリーターか。もし上手くいかなくなったら言ってね。一緒にお仕事しよう」
「ありがとうございます。その時はぜひ」
 社交辞令で返事をしたものの、俺が本気で助けを求めたら仕事の一つや二つは手配してくれる気がした。
 この人、やっぱり凄い人なんじゃないか。具体的な仕事までは聞かなかったけれど、実は社長とか役員とか、そうでなくても大きな会社のやり手社員とか。なぎささん、仕事出来そうだし、と勝手に想像を膨らませて、途中で止めた。
 あんまり考えると自分との差に気負いそうなのと、そんなことは知らなくていい。なぎささんは俺に会いたいと言ってくれているし、俺もなぎささんに会いたいと思った。俺たちの関係はそれで十分だった。

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初出: 2018年8月29日(pixiv) 掲載:2019年3月13日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。