まだ意識は半分夢の中。温かくて柔らかなベッドでうとうとするのはとても幸せだ。それなのに、隣で何かがもぞもぞ動いていて、段々と目が覚めていく。
自分が何かを握っていることに気付いた。そして、その手を誰かが触っている。指を開かせようとしているのがわかったので、抗うように握り込んだ。
「あー、ちょっとだけ離してほしいんだけど……」
小さな声が聞こえる。起きてはいたけれどまだ眠くて、目を閉じたまま頭の片隅で声を聞いていた。
手は再び開かれようとする。だからそれは嫌だと離さないように握って、体を寄せる。触れた体は温かくて、再び眠くなってくる。
「やーちゃん、お願い、離してよ。ちょっとだけで良いからさ」
聞き慣れた声は弱々しくか細かった。言葉の意味を理解していくうちに、眠気は遠のいていく。
重い瞼を持ち上げると、まず柔らかい色合いの布地が見えた。私の手はその布をぎゅうと握りしめていた。
「あ、ごめん。起こした?」
ぼんやりしたまま、その声を聞く。一拍置いて、返事をしないといけないと口を動かした。
「……おはよ、るり」
「おはよう、やーちゃん」
頭を撫でられて、開けた目をもう一度閉じる。眠るつもりはない。こうして目を閉じて、彼の存在だけを感じるのは好きだった。
「早速で悪いんだけど、手を離してもらえませんか、やよいさん」
「だめ?」
「だめ。……トイレ行きたいから、離して」
彼の服を握っていると、上から温かな手が触れる。手の甲を撫でて離すことを促されるけれど、何となくまだ嫌で、握ったままにする。そうしていると困ったような苦悶の声が聞こえて、少し笑ってしまった。
「そんなに行きたいの?」
「行きたい。結構、きつい。……漏れそう」
「お布団濡らしたら大変」
「それは洒落にならない。トイレ行かせてよ、やーちゃん。ほんと、漏れる」
体を寄せているから、彼がもぞもぞ動くのもよくわかる。じっとしていられないということは、結構切羽詰まっているのかもしれない。あんまり意地悪するのもよくないと思って、仕方なく手を離した。
「ごめん、ありがとっ……」
律儀に謝罪とお礼を言いながら、彼は体を起こす。同じように私も起き上がると、その間に彼は慌ただしくベッドを下りて、そのまま速足で部屋を出ていく。ひとり残されるのは寒くて、ちょっと寂しい。温もりを求めて、私もベッドを降りて彼の後ろを追いかけた。
狭い家なので、そんなに離されることもない。トイレの中へ飛び込む背中にそのままついていくと、扉を閉めようとした彼が驚いたように私を見た。
「え、ついてくるの?」
「だめ?」
「だめじゃないけど、見るものでも……」
そう言いながら、彼の体がぶるりと震える。肩越しにこちらを振り向いていたのが慌てて前を向きなおし、大きな手がズボンのウエスト部分を掴む。
「っ、やば、でるっ……!」
息を飲むのと同時に、ズボンの前が下着と一緒にずり降ろされて、反対の手が中から性器を引っ張り出す。
一瞬の間の後、じょぼぼぼ、と注ぎ込む水音が響き渡った。
「は、あっ……」
それから、気持ちよさそうな溜息が水音に重なった。
無防備な背中に近付いて、後ろからぴたりと体を寄せる。手を回してぎゅうと抱き着けば、先程感じた体温が戻ってきて、とても安心した。
後ろから覗き込むと、おしっこがじゅうじゅうと噴き出し続けているのが見えた。
「……いっぱい出てるね」
「すごい我慢してた。やーちゃん起きるまで待とうと思ったけど……多分、無理だった」
気持ちよさそうな水音を聞きながら、彼の体に回した手を動かす。お腹の真ん中から下の方へ。おへその下あたりを撫でると、ぴたりと寄せた体がびくりと跳ねた。
「ちょ、そこ触るの?」
「痛い?」
「痛くないけど、ぞわっとする」
驚かせたことへのお詫びに、お腹を撫でる。彼は居心地悪そうに、そのままの体勢でじっとしている。
「やーちゃん、あんまり引っ付くの、良くない」
「そうなの?」
「……背中に柔らかいのが当たってます」
そう言えば寝起きだから、まだパジャマのままだ。勿論下着も付けてない。
「嬉しいけど、おしっこ出づらくなるから、今は勘弁してよ」
それで居心地悪そうだったのかと納得がいった。でも水音はまだ続いていて、抵抗することも出来ないみたいだ。
「もっとぎゅーっとする?」
「なんでこのタイミングで甘えたになるのかな……」
もう少し意地悪したくなったけれどやめておいた。背中に額を寄せて、前に回した手で彼のお腹を撫でるに留めておいた。
少しすると水音が小さくなって、彼が小さく息を吐く。額を寄せた背中がごそごそと動いて、少しして水を流す音がした。
彼が前かがみになったので、仕方なく離れる。すると振り向いた彼はタオルで手を拭った後、その手を私の頬に当てる。その冷たさにびくりと体が跳ねた。
「お待たせ。幾らでも引っ付いていいよ」
「その前に、私もトイレ」
そう言うと、彼は横にずれてくれた。
代わりに私が奥に入って、座ろうと自分のズボンに指を掛ける。視線を感じて顔を上げると、すぐそこで彼がじーっとこちらを見ていた。
「出て行ってくれないの?」
「俺も見たい」
「恥ずかしいからやだ」
「俺の見たんだから、やーちゃんのも見せてよ」
少しの間、その目を見返してみたけれど、引いてくれる様子はない。仕方なく、彼の視線の先でズボンと下着を下ろして、洋式トイレに座る。
ぴたりと膝を寄せたままにしていると、彼は視線を合わせるようにしゃがみこむ。そして裸の膝に大きな手がそっと触れた。
「見えないから、足、もうちょっと開いてほしいな」
「……やだ」
「可愛い。ほっぺた赤くなった」
冷たい手が今度は頬に触れる。視線から逃げようと顔を伏せていたのに、優しく持ち上げられて、目が合った。見守るように見つめられると恥ずかしさが込み上げて、そっと目を伏せた。
小さく息を吐く。体がぶるりと震えると、重さがあったお腹が少しずつ軽くなり始めて、代わりにちょろちょろと水音が響いた。
見られながら用を足すのは恥ずかしくて、顔が熱くなっていく。でも一度出し始めると止まらなくて、そのままじっとしているしかなかった。
彼の手は膝から太ももを辿って、さっき私がしたみたいに、おへその下あたりをそっと撫でた。その感触にぞわりと肌が粟立って、体が跳ねた。
「そこ、触るのだめ」
「お返し。なんかぞわっとするよね」
「うん。……悪戯してごめんね」
「気にしてないよ」
我慢していたつもりはないけれど、寝ている間に溜まっていたみたいで、なかなかおしっこが止まらない。彼の手にお腹を撫でられながら、しょろしょろと水音は鳴り続けていた。
排泄なんていつもしていることなのに、なんだかずいぶん疲れた。はあ、と溜め息を吐くと、彼が小さく笑う。
「全部出た?」
頷くと、お腹を撫でていた手が離れていく。人の感触がなくなると、ふっと体から力が抜けた。
「拭いてあげようか」
「やっ、だめ、自分でやる! ばか!」
慌てて太ももを更にぴたりとくっつける。彼はにこにこ笑いながら膝を伸ばして立ち上がった。
背中を向けたのを確認してから、トイレットペーパーに手を伸ばした。拭って水を流して、服装を正す。そうしてトイレから出ると、すぐそこで彼が待っていた。
「ベッド戻る? 今なら幾らでも掴んでいいよ」
返事をしようとして、隣にある洗濯機が目に付いた。そう言えば昨日、お洗濯をせずに寝てしまった。
「……あ、お洗濯しないと」
「じゃあ、洗濯機が終わるまでベッドで……」
「その間にお掃除しちゃおう。それから朝ごはんかな」
「……」
洗濯機に向かおうとして、彼が物言いたげにこちらを見ていることに気付いた。どうしたんだろうと思っていると、さっき私がしたみたいに、後ろから体を寄せられて、彼の手が回される。
「えっと、ごめん、ね?」
「いや、まあ、うん。やーちゃんのそういうとこ、好きだよ」
ぎゅうっとしっかり抱きしめられて、それから離される。当初の通りに洗濯機に向かうと、彼は反対にリビングへ戻っていく。
「俺が掃除やるよ。そしたら朝ごはん早く食べられるから、その後一緒にごろごろしよう」
「うん。ありがとう、るり」
ぺたぺたと裸足の足音が重なる。
洗剤を入れてからスイッチを入れる。洗濯機の音が鳴って、そこに重なるように掃除機の音も聞こえ始めた。
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初出: 2022年12月31日 掲載:2022年12月31日