前編は こちら
ふう、と息を吐く音が聞こえた。
「目を閉じて。三つ数えたら目を開けて。良いと言うまで声を出さない。良い?」
耳元でそっと囁かれる。突然の言葉が理解できず、私がぽかんと見上げていると、頭をぽんぽんと叩かれた。その手の感触はよく知っているもので、驚いてその顔をまじまじと見たけれど、長く黒い前髪に遮られてよく見えなかった。
「目を閉じて」
言われるがままに目を閉じる。真っ暗な中、ざわざわと歓談の声が聞こえる。三つ数えるように言われたことを思い出していると、こん、と何かが壁を叩く音が聞こえた。それに合わせて、私も数える。ひとつ、ふたつ、みっつ。
その瞬間、辺りが突然騒がしくなった。和やかな歓談の声が、困惑と悲鳴に変わる。
驚いて目を開けたけれど、それでも真っ暗なままだった。さっきまで室内を柔らかく照らしていた照明がすべて消えていて、室内は真っ暗になっていた。突然の暗闇に私も混乱していると、ぐいと腕が引かれた。
「声は出さないで」
驚いて飛び出しそうになった悲鳴を必死に飲み込みながら、引っ張られるのに合わせて足を動かす。足が震えていて、時折縺れて転びそうになるけれど、それでも必死に動かした。
走るまでは行かなかったけれど、早歩きで必死についていく。目を閉じていたおかげか、暗い中でもほんのりと人影が見えたのが救いだった。
まず部屋を出たのはわかった。廊下も照明が消えていて、大きな窓から差し込む月明かりだけがほんのりと廊下を照らしている。室内よりは明るかったけれど、それでも薄暗い。そのまままっすぐ廊下を歩いて、角を曲がったところで腕を引かれるのは止まった。
震えた足は上手に止まれなくて、そのまま目前の人に飛び込んでしまう。伸ばした腕は柔らかい体に触れて、優しい手がそっと私の背中を抱いて受け止めてくれた。
「お疲れ様。もう喋っても良いよ」
優しい声。さっきまでは全然気付かなかったけれど、間違いなく彼女の声だ。どうして気付かなかったのか不思議なくらいだった。
「あ、アメリアっ!」
「今まで気付かないあたり、相当追い込まれているね」
安心した瞬間、じわりと涙が滲む。慌てていて意識の外に追い出されていた衝動が戻ってきて、背筋にぞくぞくと悪寒が走った。
「何となくわかるけど念の為に。そんな顔してどうしたの?」
「アメリア、わたし、あの、あのっ……!」
大きな波が全身を走り抜ける。ああ、だめ、だめだめだめ。手が、足が震える。震える手で彼女のジャケットをぎゅうと握る。もうじっとしていられず、足が勝手に足踏みを繰り返していた。
「お、おといれっ、もうでちゃうっ……!」
繕うことなんて出来ない。おしっこ、おしっこでちゃう、おといれ、おしっこ。他のことなんて考えられない。
アメリアは何も言わず私の肩を叩くと、私の腕を引いて歩き出す。
「ど、どこいくの?」
「その辺の部屋。どこでも良いんだけど」
言った通り、アメリアは身近な扉を開けると、そのまま私と一緒に部屋の中に入る。明かりは付かないのか付けないのか、照らすのは差し込む月明かりだけ。小さな窓なので、部屋の中は廊下より薄暗い。
彼女は棚の前に乱雑に置かれた荷物を漁っていた。部屋を見渡しても、お手洗いらしき扉は見当たらない。
「アメリア、ここ、トイレ無いっ……」
「あっても使えないから一緒」
「脱ぐの手伝ってっ、ほんとに我慢できないっ……」
「時間掛かるよ。あんまり我慢できないでしょ?」
魔法で、なんとか助けて。言葉にはしなかったけれど彼女には伝わったようで、アメリアは荷物をがさがさ弄りながら言う。
「そのドレスをどうすれば脱がせられるか知らないから、魔法より普通に脱がせる方がまだ早いよ。あちこち切り裂いて良いなら出来るけど、そういうわけにもいかない」
それなら、どうすれば。私はただ足踏みを繰り返しながら、彼女の動向を見守ることしか出来ない。おしっこ、おしっこ。もう本当に限界で、お腹は重くて痛いくらいで、我慢出来ているのが不思議なくらいだ。
「アメリアっ……」
「大丈夫大丈夫。……まあ、これで良いか。もうちょっとだけ我慢して」
もう無理。でちゃう。泣き言を口にしそうになり、ぐっと飲み込むけれど、本当にもう無理だった。おしっこ、おしっこでちゃう。他のことなんて考えられない。
アメリアは何かを手に持って、傍に寄る。
「お待たせ。スカート、持ち上げられる?」
彼女が近くに寄ると、その手に何を持っているのかわかった。私に見せるように持ち上げたのはワインボトルだ。空っぽのようで、彼女は片手でボトルの細い部分を握っている。
「そ、それ、どうするのっ……?」
「持っててあげるから、ここに出して」
出すって、持っててあげるって、それはつまり。想像しただけで、顔から火が出そうだった。
「や、やだ、そんなのっ、むりっ……!」
思わず後ずさると、その分彼女が距離を詰める。
「落ち着いて。おもらしするより、この方が良いでしょ」
「でもっ、そ、そんなのっ……!」
「そのドレス、汚したら魔法でも綺麗にするのは難しいと思う。万が一の時はやってみるつもりだけど、それよりここに出しちゃった方が良い」
おしっこ、でちゃう、でも、でも。ボトルを見て、彼女の顔を見上げる。
つまりは、彼女がスカートの中に入って、ボトルを持ってくれて、そこにおしっこするということだ。そんなの、絶対無理だ。でも、でも、でも。じわりと視界が滲む。足が震える。ぎゅうぎゅうと両足を寄せて、必死に堪えるけれど、もう余裕が無いのは自分が一番わかっている。
彼女は顔を隠していた眼鏡を外して、こちらをそっと見下ろす。長く重い前髪の隙間から、黒い目が柔らかくこちらを見下ろしていた。恥ずかしい。でも、もう本当に我慢できない。でも、でも。
頭がぐちゃぐちゃで、熱くて、ぼんやりする。じわりと涙が滲んで、頬へ伝う。
「……そうだ。こうやるんだっけ」
スカートを握る手に、彼女の手が触れる。握っていた指を外され、そのまま持ち上げられて、いつかしたように小指と小指を絡められる。
「どう言ってたか思い出せないから、形だけ。
ここには誰もいない。誰にも言わない。これはふたりだけの秘密だと約束する。守らなかったら指でも舌でも切って捧げるよ。だから、恥ずかしいけれど、頑張ってくれる?」
彼女の言葉と共に、絡めた小指が上下する。指切り、覚えててくれたんだ。
震える唇を噛みしめて、おずおずと頷いた。黒い目を見つめ返すと、白い手が伸びてきて私の目尻の涙を拭った。
私の足元にアメリアがしゃがみ込む。
「スカート持てる? 出来る範囲で良いから」
震える手でスカートを摘まんで持ち上げる。床についていた裾が膝のあたりまで浮いた。
「失礼」
彼女の手がスカートの中に入り、下着の横に触れる。太腿を辿るようにするすると下ろされて、その感触に身震いした。膝ががくがくと震える。足元まで下ろされて、足を上げるように促される。
「濡れてる。出ちゃった?」
「……ばかっ」
スカートを持ってなかったら、間違いなく手が出ていた。恥ずかしくて、居た堪れなくて、彼女の方が見れない。じっとしていたいのに、足が震える。出口がひくひくと熱くなる。お腹がずっしりと重くて、苦しくて、もう我慢できない。震える膝を寄せる。
はやく、おしっこ、はやく。でも、恥ずかしくて。自分が何を感じているのかよくわからなくなってくる。そんなぐちゃぐちゃな中でも、大きな波が引いては打ち寄せる。ぞくぞくと頭のてっぺんから足の先まで悪寒が走り抜け、体がひとりでに身震いした。
「あめりあ、でちゃ、う」
震えた声だった。足ががくがく震えて、立っているのも辛い。
「もう少しだけ待って。手、ついて良いよ」
「でも、スカート、が」
言っている間に、彼女はスカートの中に潜り込んでしまう。崩れ落ちそうな膝を必死に支えて、彼女の肩に手をついた。ばさりと落ちたスカートは彼女の姿を覆い隠した。
彼女の肩に手を突いて、少し前屈みになった体勢。膝ががくがく震える。だめ、おしっこ、もう、ほんとに、でちゃう。
スカートの下、ぴたりと寄せた膝に柔らかい手が触れて、そっと引き剥がされる。だめ、でちゃう、だめ、だめ。じわり、と出口が熱くなる。あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこ、もうっ……。
「あ、めり、あっ……」
「大丈夫、良いよ」
声と一緒に、ぴたりと足の間に冷たい感触がして、驚きで体が震える。じゅわ、とおしっこが少し溢れる。だめ、だめだめだめ。肩を掴む手に力が籠る。手元に視線を落とせば、歪に膨らんだスカートが目に入る。
やだ、やっぱり、こんなの。見えないけれど、すぐそこにいる。こんな、目前で見られながら、おしっこするなんて。でも、体は限界で。でも、でも、でもっ……!
はくはくと荒い呼吸が落ち着かない。目尻がじわりと熱くなって、頬に伝う。さっきみたいに涙を拭ってくれる手はここにはない。
「サユリ?」
くぐもった声で名前を呼ばれても返事も出来ない。体は限界で、でも心はこんなの嫌だと叫んでいて。体と心がちぐはぐで、自分で何をどうしたら良いのかわからない。
震える手で彼女の肩をぎゅっと掴んで、崩れ落ちないように立っていることすら不思議だった。
「大丈夫、落ち着いて」
震える膝を柔らかい手が撫でる。そのまま手は太腿、足の付け根とするすると上がっていき、お臍の下あたりまでたどり着く。見なくてもわかるほど、そこは大きく重く張り詰めている。彼女の柔らかい手がそこを優しく撫でると、それだけで全身がぞくぞくと震える。
「や、だめっ、そこ、触っちゃ、やっ……」
「こんなに膨らんでる。よく我慢したね」
「や、待って、待ってってば、ほんとにだめっ……」
優しく撫でられ、ゆるゆると押され、悲鳴にも似た声が漏れる。やだ、だめ。そう思うのに、張り詰めたお腹を緩めるように撫でられたら、もう我慢なんて出来なくて。吐息に合わせて、じわ、じわと熱いおしっこが零れる。
「もう良いよ、大丈夫だから」
スカートの下がごそごそと動いたかと思うと、お腹に柔らかいものが触れる。ちゅう、と柔らかい感触。そうすると、まるで魔法が掛けられたかのように、体から力が抜けてしまう。
「あ、あ、や、だめ、やっ……」
じゅう、じゅ、じゅう。おしっこが溢れる。やだ、だめ。そう思うのに、体は限界なんてとっくに超えていて。ぶじゅう、勢いよく噴き出したおしっこはもう止まらない。一度開いた出口からは、次から次へとおしっこが噴き出す。
あ、あ、で、てる、おしっこ、で、ちゃっ、てる。じゅうじゅう、激しい水音が体の中で響き渡る。すごい、いっぱい、でて、気持ちいい。熱いおしっこが、どんどん溢れる。太く、ものすごい勢いで噴き出しているのが見なくてもわかる。ああ、と吐く息に溶けた声が混ざる。
からからと瓶の底を打つ音がして、すぐにそれはじょぼじょぼと注ぎ込む音に代わる。つう、と太ももを伝う熱い感触。スカートの中がどうなっているか、知るのが怖かった。そして、それを目前で見られていることに、全身が羞恥で震えた。
恥ずかしい。でも、我慢に我慢を重ねたおしっこは気持ちよくて、全然止まらない。膝ががくがくと震える。力が上手く入らない。崩れ落ちそうな体を、彼女の肩についた手で何とか支える。
自然と閉じていた瞼を持ち上げると、薄暗い部屋が視界に入る。私、トイレじゃない場所で、おしっこしてる。熱に浮いたようにぼんやりした頭でそれを意識してしまうと、全身がかあっと熱くなった。
はやく終わって。そう思うのに、おしっこは全然止まらない。どれだけ水分を取ったのだろう。恥ずかしさの中、永遠にも思えるほどたっぷりと時間を掛けているのに、おしっこは全然止まらなかった。
薄暗い部屋はしんと静かだ。耳を澄ますと、微かにざわめきが聞こえる。それを塗りつぶす様に、はあはあと自分の荒い呼吸の音が響いていた。
足ががくがくと震える。余韻で、全身がぶるりと震えた。お腹は空っぽだった。自分の体はこんなに軽かったのかと思うほど、すっきりとしていた。
「落ち着いたら、スカート持てる?」
スカートの中から聞こえるくぐもった声に頷いて返事をして、そっとスカートを持ち上げる。床から浮いた裾をくぐるように、アメリアは顔を出した。ふうと息を吐く白い顔は上気したように頬が赤く染まっていた。
「いっぱい我慢したね。ぎりぎり?」
そう言って、スカートの中から出したワインボトルは薄暗い中でも中身が並々と詰まっているのが分かった。
これだけ出したのだと目前に晒されて、恥ずかしくて顔が熱くなる。頭ごと動かして目を逸らすと、小さく笑う声が聞こえた。
「スカートそのままで。拭いてあげるから」
「えっ、いや、良いっ、自分でするからっ……!」
「出来ないでしょ。良いから、じっとして」
どこから取り出したのか、柔らかそうなハンカチを手に彼女は再びスカートの中に潜り込む。足の内側を辿るように触れられ、くすぐったい感触に身震いする。
布の感触は上へ動いて、足の間をやわやわと刺激した。そんなところを誰かに触れられるなんて初めてで、くすぐったさに似た初めての感覚に身を捩る。変な声が漏れそうになるのを、唇を噛みしめて必死に堪えた。
「はい、足上げて」
彼女の肩に手をついて、片足ずつ足を上げる。脱がしてもらった時とは反対に、彼女の手が下着をするすると持ち上げていく。元の位置まで戻った下着は乾いていた。
「これは、魔法?」
「濡れたままだと気持ち悪いでしょ」
「うん。……ありがとう」
お礼を言うと、張り詰めていた気持ちが緩んで、ふっと力が抜けた。膝が折れて崩れ落ちそうになっていると、下から受け止められて支えられる。
「お疲れ様」
私を支えたまま彼女は立ち上がる。そのままそっと抱きしめられて、とんとんと背中を撫でられる。私も彼女の背中に手を回して、ジャケットの背中をぎゅうと握る。少し草臥れてしまった燕尾服に身を寄せると、もっと距離を詰めるように背中を抱き寄せられた。
+++
廊下に出ると、変わらず薄暗いままだった。広間の扉の傍で、アメリアは私の髪を撫でながら言う。
「戻ったら目を閉じて。少ししたら明かりをつけるから」
「アメリアは来ないの?」
「大がかりなことをしてしまったから、あんまり姿を見られたくない」
「……ごめんね」
私のせいで、と続こうとした言葉は彼女が遮った。柔らかい手が頬に添えられ、親指が唇に触れる。
「そんな顔しない。美人なんだから、笑っていなさい」
「うん、ありがとう」
「綺麗だよ。大丈夫、自信持って」
額にそっと口付けられて自然と頬が緩む。彼女が扉を開き、背中を押された。
ゆっくりと歩いていくと、ぱたりと扉が閉まる音がした。振り向くと、彼女の姿は無かった。
+++
お風呂から上がり、寝巻のワンピースに袖を通すと、ふうとため息が漏れた。今すぐ布団に横になりたいほどには疲れていたけれど、まだ気分が落ち着いていないようで眠くはなかった。
あの後、広間にはすぐに明かりが戻った。本来ならばその後はダンスタイムのはずだったけれど、結局行うことは出来なかった。
明かりが戻った広間は紛然たる有様だった。ひっくり返った食器やグラス、楽器は倒れていて、転んでしまったのかドレスの形が崩れてしまっているお姫様も何人か。怪我人こそいなかったものの、そのまま舞踏会を続けることは難しいとのことで、そのままお開きとなってしまった。
折角たくさん練習されたのに残念でしたね、と着替えを手伝ってくれたメイドさんに言われて、曖昧な返事しか出来なかった。明かりが消えた理由が自分だとは言えなかった。
ベランダに出て、庭を見下ろす。罪悪感に胸が痛む。悪いことをしてしまったと思う反面、苦手なダンスから逃れられて安心しているところもある。そんなことを考えてしまう自分がずるくて嫌になる。はあ、と本日何度目かわからないため息を漏らすと、くすくすと笑い声が聞こえた。
「随分憂鬱な顔だね。上手くいかなかった?」
突然の声に顔を上げると、隣のベランダに真っ黒な人影がいることに気付いた。
「アメリア?」
「こんばんは。気になったから様子を見に来た。そっちに行っても良い?」
「良い……けど、どうやって?」
「こうやって」
そう言って軽い足取りで手すりの上に立ったかと思うと、ひょいとこちらに飛び移る。確かに隣のベランダとは大した距離はないけれど、この高さでそんなことをするなんて危なすぎる。
見ている方がはらはらしている間に、彼女は私の部屋のベランダに立っていた。
「失礼。寝るところだった?」
「ううん、まだ眠くないけど。……あのね」
隣に並んで、庭を見下ろしながらぽつりぽつりと事の顛末を話す。結局ダンスが行われなかったことを知ると、彼女は珍しく声を上げて笑った。
「ダンスせずに済んで良かったね」
「良くないよ……。悪いことしちゃった」
「誰もサユリのせいだと思ってないし、気にしなくて良いんじゃない」
「でも、多分アメリアのせいだとは思われてる」
「良いよ。城で何かあるといつも魔女のせいになるから。間違ってはいないけど」
「……私のせいでごめん」
さっきは遮られた言葉を今度は口にする。申し訳なさで顔が上げられない。下に広がる庭をじっと眺めていると、手すりに置いていた手を取られた。
「一曲、お相手願えますか?」
「えっ?」
「流石に音楽は流せないけど、まあ、適当に」
「えっ、えっ?」
驚いている間に、手を取られて腰を抱き寄せられる。
「嫌?」
「いやじゃない、けど、私、下手だから」
「私もあんまり上手くない」
「でも、ほんとに私」
「ああ、先にトイレを済ませる?」
「……ばかっ!」
言いながら、彼女の足はステップを踏み始める。慌てて私も彼女に身を寄せて、足を動かす。いち、に、さん、し。レッスンの時にするように頭の中で数えながら、動きを思い出す。
彼女がそれとなくリードしてくれているのはすぐにわかった。動きを促す様にさり気なく体が引かれるので、どう動けば良いのかよくわかる。顔を上げると、柔らかく見下ろす黒い目と視線がぶつかる。
「上手上手。心配する必要なかった」
「そんなことないよ。アメリアが上手だから」
「それはどうも」
「男性側も踊れるの?」
「何となく。多分、色々間違ってるけれど」
彼女に合わせてステップを踏むのは楽しくて、つい頬が緩む。次はこっち、その次はこう。思い出そうとしなくても自然と体が動いた。
「燕尾服、かっこよかった。王子様みたいだった」
「どうも」
「ドレスは着ないの?」
「さあ。気が向いたら、かな」
「すごく似合うと思うから、いつか見せてね」
「サユリの方がよく似合うよ」
はぐらかされて、もう、と唇を尖らせる。彼女はふわりと笑う。
私は寝巻のワンピース、彼女は真っ黒なローブ。こんな不格好なダンスもないだろうなと思う。でも、とても楽しくて嬉しかった。
また今日のようにドレスを着たら、その時は燕尾服のアメリアと踊れたら良いな。想像すると、それだけでとても幸せで、自然と笑顔が浮かぶ。
想像に意識を取られていると、足元が疎かになってしまう。踏み出した先は彼女の足の上で、そのままふらりと体勢が崩れる。
「わっ、ごめんなさいっ」
「大丈夫」
声が漏れた時には、彼女の手がぐいと体を支えていた。体勢を立て直し、元のステップに戻ることが出来て、自然と笑顔になる。
「ありがとう」
「そうやって笑っていたら良い。大体、なんとかなるから」
「そうなの?」
「そう。……ほら、こっち」
安堵していると、思っていなかった方に腕を引かれ、足元がふら付く。彼女の手を基にくるりと回され、かと思うと引き寄せられて、気付いた時には彼女の腕の中に飛び込んでいた。
「いらっしゃい」
「……びっくりした」
密着しているから、彼女がくつくつと喉元で声もなく笑っているのが分かった。背中を抱き寄せられ、私も彼女の背に手を回す。どきどきしたけど、とても安心した。
「練習頑張るから、次はドレスで踊ってくれる?」
「楽しみにしてる」
顔を上げると、前髪をかき上げられて額に口付けられた。お返しに、少し背伸びをして、彼女の白い頬に口付ける。アメリアはふわりと笑った。
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初出: 2020年9月12日(pixiv・サイト同時掲載) 掲載:2020年9月12日