彼はドリアードへ水を運ぶ 空っぽにはならない

※男性が女性の体へ掛ける描写があります

 床から起き上がって外へ出る。森は変わらず静かで、傍を流れる川の音と、木の葉が擦れる音だけが聞こえる。
 服を全部脱ぎ捨てて、川へ足を踏み入れた。水は冷たくて、段々と深くなっていく。腰のあたりまで浸かったところで、そのまま後ろへ倒れ込んだ。
 ざぶんと波が立って、それとは反対に自分の体が沈む。水越しの揺らいだ視界の中、青空がきらきらと輝いていた。べレアルテの青い目を思い出した。

 ごぽごぽと水の流れる音だけが聞こえる。体が冷えていく。感覚が鈍くなっていく。水の流れに自分の内側が共鳴しているようで、とても心地良い。
 このまま水の中にいたら、外との境界が無くなってひとつになれるのだろうか。肌が溶けて、自分という存在も消えて、只の水になる。

 母を、そして共に暮らしていたウンディーネ達を少し思い出した。只の水になれば、自分も一緒に暮らせただろうか。
 ウンディーネ達は湖の中に住んでいた。俺も同じように暮らしたかったけれど、人の体は水の中で生きるようには出来ていなかった。
 湖の畔でひとり過ごす俺に、母はこの川沿いに父が住んでいたと教えてくれた。母はウンディーネで、父は人間。父の側でなら一緒に暮らせるかもしれない。そう思って、母の元を離れた。

 川沿いを進みながら、顔も知らない父を思い浮かべた。無理をせずに、誰かと一緒に暮らせることが楽しみで仕方なかった。そうして、この小屋に辿り着いた。
 川の側に立てられた古い小屋。きっとここが父の住む家だと思い、期待で胸を膨らませながら扉を開けた。中には誰もいなくて、何も無かった。

 空っぽの家で、父の帰りを待ち続けた。でも父どころか、誰かが来る様子すらなかった。
 ここは人里からは遠く離れすぎていて、人が暮らすには不便過ぎたのだろう。家具一つ無くがらんとしていたのは、移住の為に中身を全て持ち出したのだと今ならわかる。

 そうしてどれだけ時間が過ぎた頃か、やっと諦めが付いた。母の元へと戻ろうと、再び川沿いを歩いた。同じように暮らせなくても、側で生きることは出来ると思っていた。
 やっと辿り着いた湖には誰もいなかった。ウンディーネの楽しげな声も、水飛沫の上がる音も、何の音もしない。ただ静かで、水面は平らで空っぽなままだった。

 水の精、ウンディーネ。水は絶えず流れる。湖を離れて、どこか違う場所に流れ移ったのだろう。
 小屋も、湖も、俺を待っているのは空っぽだった。空っぽの湖を眺めて、偶に中央まで泳いで、畔に戻って夜を過ごして。
 そうして飽きるまで過ごしてから、宛もなく森へと入った。べレアルテと出会ったのはその時だ。

 +++

 体が浮かび上がって、空気が肌に触れる。揺らいでいた視界は鮮明になり、視界いっぱいに眩しい程の青空が広がっていた。空は雲ひとつなく空っぽで
手を伸ばしても届かない。
 そのまましばらく浮いていた。肌が水気を吸い込んで、体の内側が段々と重くなっていく。ぞわりと嫌な感覚が込み上げて、体が震える。
 そのまま出してしまえば良いのに、溜め込む癖がついた。青空のような目が、楽し気に笑う声が脳裏に浮かぶ。少しの間、思い出の彼女を眺めてから、はあ、と溜め息が漏れた。

 起き上がって、川から上がる。重い体を動かして、濡れた体のまま服を着た。肌に布が張り付くけれど、直に体が吸収して乾くから問題はない。
 濡れた髪をかきあげて、森を見上げる。それから、木々の間へと足を踏み入れた。

 道は相変わらずの獣道。自分一人が行き来するだけでは道と呼べるまで整わないのだろう。踏んでも踏んでも頭を持ち上げる草花を踏みしめながら、木々の隙間をひたすら歩く。たぷんと腹の中で重い塊が揺れるのはいつものこと。
 毎日通うつもりはなかった。こんなにたっぷりと水を運ぶつもりもなかった。しばらく雨が降らなければ、散歩ついでに少し水を届けてやろうと、初めはそれくらいの思いだったのに。

 一日は案外長い。日が昇っては沈んでいく、その繰り返しをひとりぼんやりと過ごすのは昔から変わらない。それなのに、目を閉じると彼女の顔が浮かんでしまう。
 俺は結局行くところもなく、父が住んでいたらしき小屋に住み着いていた。そこにあるのはぼろぼろの屋根と壁。外からは川の流れる音が変わらず聞こえるだけ。あの笑顔もあの声もどこにもない。
 俺がぼんやりと時間の流れを感じている間、彼女は何をしているのだろう。乾いて苦しんでいないか。誰かに虐められていないか。寂しい思いをしていないか。気になって仕方がない。

 森の中は似たような景色が続く。目印になる物なんてないけれど、体が覚えていた。引き寄せられるように、彼女の元へと歩いていく。
 並ぶ木々は似たように見えるけれど、彼女と出会ってからはそれぞれ違うように感じた。もしかしたら、他の木にもドリアードが宿っていて、彼女のように姿を変えるものがあるのだろうか。態々試すつもりは無かったけれど、少し気になった。

 辿り着いて、彼女の幹に触れる。ベレアルテと名前を呼ぶと、彼女は人の姿を見せてくれた。
 美しく整った顔は瞼を持ち上げると同時に、柔らかく微笑む。ああ、この顔が見たかったのだと胸の奥が温かくなるのを感じた。

 彼女の両手がいつものように俺を掬い上げる。青い目が近付いてくる。川の水面のように輝く目。触れたら水面のように冷たいのだろうか。
 俺の体を支える手はひとつだけになり、開いた手は前からそっと近付いてくる。また腹に触れるのかと思ったけれど、彼女の指先は俺の頭にそっと触れた。髪の表面を数度撫でて、その感触が何かお気に召したのか、お喋りな口元がゆるりと緩んだ。

「今日は、触らないのか」
「触って良いの?」
「好きなんだろ、触るの」
「好きだけど、スアーミが痛いのも苦しいのも嫌」
 先日のことを気にしているのか、彼女の表情はやや硬い。
 彼女は力加減をいつも気にしていた。だから、触れられても痛かったことはない。苦しくなるのは、力加減とはまた別の問題だ。

「別に大丈夫だから、触りたいなら触れよ」
「良いの?」
「良いって言ってる」
 わざわざ言わせないでほしい。返事をすると、硬い表情は嬉しそうに緩んだ。
 黙っていれば美しい女神のようなのに、こうして感情のままに笑う様子は少女のようだ。でも、澄ました顔よりは、こうして満面の笑みを浮かべている方が彼女らしくて良いと俺は思う。

 膨れた腹が重くて、ぞわぞわと嫌な感覚が体の内側に走っていた。いつものように服を捲ると、腹はぽこりと大きく膨らんで、その内側に溜め込んだものを見せ付けていた。
 ゆっくり近づいた指が、膨れた腹をそっと押す。ぞくりと体に悪寒が走るのを、奥歯を噛んでぐっと堪えた。

 彼女は丸い目を更に丸くして、興味津々の様子で俺に触れる。今日が初めてではないのに、まるで初めて見たものに触れるかのようだ。いい加減飽きないものかと思いながら、体の中で暴れる衝動を逃すために、長く息を吐いた。
 こうしてしょっちゅう触られていれば、俺の方こそ少しは慣れるかと思ったけれど、その様子は全くない。張りつめた腹に彼女の指先が軽く触れただけで、全身に嫌な衝動が走り抜ける。それを堪えるのに、いつも必死だった。

 仰向けになると、少しましになる。彼女の手の平に背中を預けて呼吸を繰り返す。腰のあたりにぞわぞわと悪寒が纏わりついている。
 彼女の指先がやや強く腹を突いて、びくりと体が跳ねた。腹の中、中身をこれでもかと詰め込まれた水風船が歪む。溜め込んだ水が出口に向かって押し寄せる。震える手を握りしめて、呼吸を何度も繰り返して、必死に堪える。

 きつい、苦しい。出したい、思いっきり出してしまいたい。その先にある甘美な誘惑に飛びつきたくてたまらない。体が叫びをあげているのを、気持ちで必死に抑え込む。
「スアーミ、大丈夫?」
 大きな目が近付く。少し不安そうに声が揺れている。大丈夫だと言ってやりたいけれど、その言葉を使う余裕はもうない。

 はー、はー、と長い呼吸を繰り返していると、悪寒が走り抜けて、体がぶるりと波打った。だ、め、やばい、もう無理、でる、でるっ……。
 両足の間に手が潜り込んで、ひくひく疼く出口を指先がぎゅうと摘む。熱い液体が出口へと押し寄せる。じわじわと先端に向かって満たされていく感覚に、ああ、と千切れた声が漏れた。
 む、りっ、でる、でるでるでる、でるっ……! 理性の最後の糸がぶちぶちと音を立てて千切れていく。もう無理だと、その言葉が喉元へと込み上げた。

「わあ、人間だ」「珍しいね」「違う、水の精だよ」「人だ、初めて見た」「お水だ、お水の塊だ」
 周囲から突然、輝く声ときらきらとした羽音が降り注いだ。全く想像しなかった乱入に、顔を上げたのは俺も彼女も同時だった。
 人に似た何かが数人、俺を取り囲むように上空から見下ろしていた。どれもが人に似た姿だったが、随分小さい。背中には色や形は違えど、羽が忙しなく動いて、その体を空中で支えている。
「妖精……」
 べレアルテが小さく呟いた。これが妖精。初めて見たけれど、今はその美しさに見惚れる余裕なんて無かった。

「良いな、お水だ」「私にもちょうだい」「ねえ、人に触らせて」「私もほしい」
 声は下からも聞こえた。見れば、彼女の腰の周りにも人くらいの大きさの何かがいて、こちらを見上げている。距離があってはっきりとは見えないけれど、どれもが緑色の髪と美しい姿をしているようだった。
 雰囲気がどことなくベレアルテに似ている。おそらく彼女の同族、ドリアードなのだろう。人の姿をとって、本体の木を離れて自由に動き回れる、あれが本来のドリアードなのだとわかった。

「ねえねえ、私にも触らせて」「お水ちょうだい、お水」「私にも!」「あなただけずるいわ」
 上から下から、彼女たちは好き放題に言葉を口にする。妖精が羽音と共に近づいてきて、ドリアードは下から手を伸ばす。
 尿意が限界なのと今の状況に困惑しているのとで固まる俺とは裏腹に、ベレアルテは美しい顔を少し潜めた。

「駄目よ」
 さっきまでの無邪気な様子とは違い、彼女の声は凛と響いた。笑みを消して澄ました顔。整った顔は感情が無く、冷たい彫刻のように見えた。周りの空気までが少し冷たくなったように感じた。
 言葉と共に、彼女の長く美しい緑髪がふわりと浮く。俺を持ち上げた手を胸元へ引き寄せたかと思うと、髪の先が俺の後ろ側で合わさった。髪と髪が交差し、交わり、まるで網のように俺の周囲を包み込んだ。

「触らせない。お水もあげない」
 緑の網は妖精とドリアードを締め出して、俺とべレアルテだけを包み込む。妖精の視線もドリアードの声も、降り注ぐ日差しまでもが彼女の髪に遮られていた。薄く陰が掛かった下で、彼女は艷やかな声で言う。
「私だけのものよ」
 ベレアルテはこちらを見ると凛とした表情を緩めた。いつも俺に見せる、少女のような笑顔。張りつめていた空気が木漏れ日のような柔らかさに戻り、体から緊張が抜けていく。
 緩んだ体が、ぶるりと震えた。意識の外に飛んでいた感覚が何倍にも強くなって戻ってきた。

「っ悪い、もう、我慢できないっ……!」
 彼女の返事も待たずに、体を起こして慌ててズボンの前を下ろす。膝立ちになって、震える手で中から性器を引っ張りだす。
「は、ぁっ……」
 吐き出した息に溶けた声が交じる。間髪を入れずに先端からおしっこが噴き出した。

 胸の底から息が漏れた。一拍置いて、じゅうじゅうと噴き出す音と、びちゃびちゃと雫が飛び散る音が響く。水音に、体の芯がぶるりと震えた。
 頭がぼんやりする。体がだんだんと軽くなっていく。減っていく水の分、快感が体を満たしていく。焦点の合わない視界の中、青くて丸いものが木漏れ日の下できらきらと輝いていた。

 吹き出した水が、彼女の柔らかな肌を濡らしていく。木漏れ日の優しい光を反射して、きらきらと輝く。妖精の羽よりずっと綺麗だった。
 触れるか触れないか、そんな微かな力加減で彼女の指が頭に触れた。撫でているつもりなのか、髪の表面を指の腹が何度もなぞる。顔を上げると、水面のような青い目が細められた。

 腹はまだ重い。出し切るのにも時間が掛かる。反対の手で腹を撫でると、先ほどまでベレアルテに好き放題触られていたことを思い出してしまう。
 溜まったものを確かめるようにそっと撫でて、残りを出し切る為にもう一度押す。彼女の白い肌はしとどに濡れ、瑞々しさを増していた。
 胸元を覆う緑色の葉は肌へと張り付き、柔らかな体つきを際立たせていく。心なしか、周りを覆う緑髪も深みを増したように見えた。

 長い時間を掛けて、やっと中身を全部出し切った。はああ、と胸の底から息が漏れて、体から力が抜ける。ごそごそとズボンの前を整えてから、そのまま彼女の手の平に座り込んだ。
「今日もたくさんありがとう、スアーミ」
 彼女が優しい声でそう言うと、さわさわと木の葉が騒めく音がして、彼女の髪が深く周囲を覆っていく。日差しは更に遮られて薄暗くなり、隙間から木漏れ日が落ちる。風が細く流れるのが心地良かった。
「私には何もできないけれど、せめて、太陽から隠れて休める場所を作りましょう。ゆっくり休んでね」
 無意識に手を持ち上げて、頭を撫でる彼女の指に触れる。柔らかな肌の感触、少し動かせばつるりとした爪が伸びている。

「何もできないことないだろ」
 彼女が何もできないというなら、俺はもっと何もできない。そう思うけれど、彼女は静かに首を振る。
「ううん、私には何もできない。半端ものなの。本当ならばさっきのドリアード達みたいに、きちんと人の姿を得て、ここを離れて歩くこともできるのに。
 私は中途半端。こんなに大きな姿。あなたみたいに何かを与えることもできないし、動くこともできない」

 美しい顔が悲しそうに歪んで、それから笑った。
「会いに来てくれてありがとう、お水を運んできてくれてありがとう、スアーミ。大好きよ」
 べレアルテはにっこりと笑う。言葉にも表情にも混じり気がなくて、その笑顔は太陽のように温かい。直視できない程に眩しかった。

「待っていてくれる」
「え?」
「どこにも行かず、この場所で、いつでも俺を待っていてくれるだろう」
 いつも明かりをくれる太陽のように、この場所で彼女は俺を待っていてくれて、声を掛けると柔らかく笑って、朗らかな声で名前を呼んでくれる。この場所は空っぽだったことは一度もなかった。
 会いに来ない日もある。次にいつ来るかなんて言ったことがない。それでも、彼女は俺を待っていてくれる。

「何もできないなんて言うな。……いつも、待っていてくれてありがとう、ベレアルテ」
 青い目が丸くなって、それから細められる。水面のような瞳がひと際輝いて、空っぽの湖を揺らしてくれたように感じた。

 頭に触れていた指が離れる。彼女の両手が合わさって、全身がそっと包み込まれた。こちらからもその手に触れると、柔らかくて温かい。
 いつもより更に引き寄せられて、柔らかな胸元が近付く。ぎゅう、と彼女の両手に力が籠るのがわかった。少し苦しかったけれど、それも嬉しかった。
「ありがとう、スアーミ。ありがとう。やっぱり私、あなたが大好きよ」
 返事をしてやれたら良いのだけれど、それはやっぱり恥ずかしくて、胸の中でそっと頷くのが精いっぱいだった。

   

この作品はノクターンノベルズpixivにも掲載しております。

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初出: 2022年10月9日(pixiv・サイト同時掲載) 掲載:2022年10月9日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。