スライムさんとの珍道中 二階からおしっこ編

 雨の勢いは時間と共に増していた。只でさえ鬱蒼とした森は更に曇って、視界がとても悪い。こんなことなら昼間に休憩した場所でそのまま過ごしていた方が良かったかもしれない。
「スライムさん、大丈夫ですか?」
 走っていると呼吸が上がる。荒い呼吸の合間に声を掛けた。
 足取りに合わせてぽよんぽよんと揺れる胸元から緑色の体が伸びた。それは手のように形作られて丸印を作る。大丈夫の合図に安心しながらも、とにかく今は雨宿りできる場所を探そうと足を動かした。
 もう全身余すことなく濡れている。鎧や衣類は当然として、下着までぐっしょりと濡れて肌に張り付いていた。体が重い、そして寒い。
 胸元のスライムさんも雨水を吸い込んだのか、いつもより大きく膨らんでいる気がした。はやくどこかで一息つきたいと、目元を濡らす雨水を拭った。

 激しい雨音が辺りに響いていた。そんな中、前方の木々が少し途切れていることに気が付いた。豪雨に煙る視界を凝らすと、木々の合間に建物のような何かが見える気がした。
 何だろうと考えるより先に体が動いていた。この際何でも良いから、僅かでも雨を凌ぎたかった。目を凝らしながら、その何かにとにかく近づいていく。

 一目見て、不気味だと思った。元々森は薄暗いのに、豪雨を降らす厚い雲のせいで更に暗い。そのおかげで、その小さな建物は更に不気味に見えた。
 屋根は半分崩れて、壁はあちこち剥がれ掛けている。その中で、入口の扉だけはぴたりと閉じて、しっかりと立っていた。屋根の上には大きな十字架があって、この建物が教会だったことは分かった。
 本当なら廃屋であれ何であれ、中に飛び込んで雨を避けるつもりだった。けれど、それ以上近付くのが怖くて、遠目にその朽ちた建物を見つめながら、豪雨の下に立ち尽くしていた。
「スライムさん、あれ、大丈夫でしょうか……」
 うにょうにょと胸元が動いて、緑色の体が現れる。体の半分ほどを外に出して、そのままじっと固まっていた。あの建物を見ているのだと思う。未だに目がどこかわからないので、おそらくだけれど。

「中に何かいたりしないかな。モンスターとか。……あと、その、お、おばけ、とか」
 話しかけたというより、考えたことが口から出ていた。スライムさんはうにょうにょ動いて体の先を伸ばすと、私の腰にある剣の持ち手をつつく。
「モンスターなら戦えますけど、おばけは切れないじゃないですか。それに、呪われたり、その変なことされたりする、かも……」
 そうやって話している間にも雨粒は体に降り注ぐ。その勢いは痛い程で、早く雨を避けられる場所に行きたいとは思う。

「そ、それに! モンスターもたくさんいたら大変じゃないですか! 私とスライムさんのふたりでも大変ですよ」
 恐怖からか、ついつい言い訳を並べてしまう。モンスターは何度も遭遇して、何度も戦ってきたけれど、お化けには未だに見たことがない。幼い頃に絵本で見た存在だけれど、噂は酒場や宿で聞いたことがあった。あくまでお話の中の存在、いるわけ無いと思いながらも、実際に会ったらどうしようと考えると、正直怖かった。
 剣をちょいちょい突いていた緑色の体は、手の平のように大きく広げられて、いつもより膨らんだ緑色の体をべちべちと叩く。任せとけ、と言ってくれているのだと思う。その行動に、少しだけ恐怖が和らいだ。
 ここでじっとしていても何も変わらない。先程スライムさんが突いていた剣の持ち手を濡れた手で握って、よし、と気合を入れた。
「い、行きましょう! ……あの、おばけが出たら、助けてくださいね?」
 スライムさんは丸印を作る。それを確認して、よし、と気合を入れてから、恐る恐る教会へと近付いた。

 大きな扉の前に立つ。ここは上に屋根があるので、濡れることはない。いっそ中に入らずにこの僅かな場所で過ごすことも考えた。でも、出来るなら室内で過ごしたい。
 恐る恐る、扉に手を当てて、引っ張った。ぎいい、と鈍い音が雨音の中でも響き渡った。中は薄暗い。埃っぽいにおいが鼻に付いた。ぐるりと見回して、心配していたモンスターの姿がないことにまず安心した。
 お祈りに使われていたであろう台や椅子があるけれど、どれもぼろぼろで壊れかけている。屋根はところどころ穴が開いていて、そこから雨水が降り注いでいた。床板は剥がれて地面が見えているところも多く、降り注ぐ雨水が溜まって外と同じようにぬかるんだ地面となっていた。

 どこか座れる場所があれば有り難いのにな。椅子は朽ちていて、形が残っている方が少ない。それも、少し体重を掛けたらぐしゃりと崩れてしまうことは簡単に想像できる。
 中をぐるりと見回して、左右にそれぞれ階段があることに気付いた。右側の階段は崩れているけれど、左側は綺麗なまま残っている。そのまま視線を上げると、そこには廊下が伸びていて、扉が二つあるのが見えた。
「スライムさん、上、行ってみましょうか」
 濡れた胸元からスライムさんはうにょうにょと這い出てきて、私の肩に乗った。雨水をかなり吸い込んだのか、普段よりひとまわり大きくなっている。触れてみると、柔らかさも増しているように感じた。やや緩い感触は結構気持ちよかった。

 残った床板を踏みぬいてしまわないように気をつけながら、そろそろと階段に近づく。そのまま二階へ上がってしまうと、廊下の床は意外にもしっかりしていて、屋根も抜けていない。やっと雨風を凌げる場所に辿り着いて、ふうと息を吐いた。
 廊下の片側は一階を見下ろすように手すりが着いている。ここなら仮に誰かが来ても、すぐに気付くことができるので安心だ。今日はここで一夜を明かすことになりそうだ。

 廊下には扉があった。奥にひとつ、手前にひとつ。奥の扉の付近には箱や瓦礫が積み上がっていて、近付くことも難しそうだ。
 手前の扉は階段からすぐのところにあった。中はどうなっているのかと気になって、ひとまず確認の為にドアノブに手を伸ばした。けれど、扉は固く閉ざされていて開かない。鍵が掛かっているというよりも、建付けが悪くなっているようだった。
 無理に開ける必要もないだろうと、この廊下で一息つくことにした。濡れた鞄を下ろして、中から着替えの袋を取り出す。防水の袋に入れておいて良かったと心底感じた。
 スライムさんは床に降りて、膨らんだり縮んだりを繰り返していた。多分、吸い込んでしまった雨水を消化しているのだと思う。

「今日はここで雨宿りしましょう。スライムさん、大丈夫ですか?」
 体の一部が伸びて、丸印を作る。その合図に一安心した。空いた鞄からつるりとした瓶が顔を覗かせる。中に入った液体を見て、言葉を続けた。
「ポーション、飲みますか?」
 返事はバツ印。かなり雨水を飲んだみたいだ。その反応につい笑ってしまった。

 着替えの袋を開けて、乾いたタオルを取り出す。それから、身に付けている鎧と衣類を脱いだ。誰もいないとは言え、個室ではない場所で服を脱ぐのは少し恥ずかしい。でも、このままでいる訳にもいかないので、肌に張り付いた衣類を剥がしていく。脱いだ服は手すりに掛けさせて貰った。一夜の間に少しくらい乾いてくれたら良いのだけれど。
 下着までぐっしょり濡れていたので、それも脱ぐ。一糸まとわぬ姿になるのは流石に恥ずかしいし、何より無防備だ。濡れた体を手早く拭いて、予備の着替えに手を伸ばす。寝巻用のワンピースを急いで頭から被って、次に下着を履く。やっと濡れた状態から解放されて、はあ、と息を吐いた。
 靴だけは替えがないので、仕方なくそのまま履いていた。いくら室内とはいえ、裸足は良くない。荷物をしまう為に足を動かすと、ぐじゅ、と嫌な感覚が足に纏わりつく。靴の布地が水をたっぷり吸い込んでいた。それは体重が掛かると吐き出されて、私の足を濡らす。気持ち悪いけれど、どうしようもなかった。

 昨日も野宿だったので、予備の服はもうこれしか残っていない。もう一枚くらい持っていた方が良いとは思うけれど、その為には鞄を大きくする必要がある。
 床に無造作に転がされた鞄はごろりと横に倒れて、底にある大きな縫い目を表に見せていた。いつぞや獣にぱっくり裂かれた部分。その大きな縫い目も今となれば良い思い出だ。使い慣れた鞄には愛着があるし、そもそも買い替えるなるとお金もそれなりに必要になる。
 一度、どこかで腰を据えて荷物を見直す時期かもしれない。場合によっては、お仕事を詰め込んで頑張っても良いかも。一度スライムさんと相談しようと考えながら、床に座った。
 木の床はお尻が痛い。でも野宿に比べたらずっとましだ。濡れた髪をタオルで拭いながら、息を吐く。外では雨音が激しく響いていて、一階に雨水がびちゃびちゃと降り注いている。その音に、ぶるりと体が震えた。

 どうしよう、トイレ、行きたくなっちゃった。思えば、結構前から行っていない。その上、雨に打たれたので、体は芯まで冷えている。その中で、お腹の下の方では熱い液体がたっぷりと溜まっているのがよくわかった。
 一度、外に出て済ませてこようかな。そう思うけれど、雨脚はどんどん強くなっていて、欠けた屋根から降り注ぐ雨水も量が増えていた。
 折角着替えたのだから、もう一度濡れることは避けたい。代わりになにか無いかと、座ったまま辺りを見回した。

 廊下の奥は瓦礫が積み上がっていて、進めそうにない。でも、その付近でこっそり済ませてしまえないかな。ふわりと浮かんだ悪い考えに、頬が熱くなった。
 そんなの、絶対駄目だ。野外で済ませるならともかく、室内で用を足す事には流石に抵抗がある。でも、お腹にはもうおしっこがいっぱい溜まっていて、ぞわぞわと嫌な感覚が体の中で広がっていく。雨が落ち着くまでなんて、絶対に無理だと身体が叫んでいた。

 そっと立ち上がって、濡れた服を干した手すりから一階を見下ろしてみる。壁にはいくつか扉が見えたけれど、その前方の床が抜けていたり、崩れた屋根や瓦礫が積み上がって塞がれていたりした。辿り着ける扉は見える限り無さそうだった。
 あのどれかがトイレだったりするのかな。頭の中に、トイレの白い陶器が浮かぶ。その瞬間、ぞわりと悪寒が走って体が震えた。ぞくぞく、お腹の下の方を刺すような感覚に、両足をぎゅうと寄せる。そのままもじもじと体が揺れてしまっていた。
 トイレ、行きたい。瓦礫なら上を通れるし、行ってみようか。けれど、そもそもこれだけ朽ちた建物なのだから、トイレも使える状態ではないかもしれない。でも、もしかしたら。

 階段を下りようか止めようか、迷って足がそわそわと動く。そうしている間にもぞわぞわと込み上げる尿意は強くなってきて、ワンピースのスカートの下でぴたりと寄せた膝を擦り合わせて感覚を誤魔化す。
 雨音がおしっこを煽っているように感じる。じっとしていられなくて、手すりから離すと、もう一度床に座った。固い床にお尻を付けて、もじもじを体を揺する。
 雨は幾分収まったけれど、まだまだ雨粒が降り注いでいる。冷えた体がぶるりと震える。尿意はどんどん膨らんできていて、早くどこかで済ませたい気持ちでいっぱいだった。

 立てた両膝をぎゅうと寄せて、もじもじと揺する。トイレ、トイレ行きたい、どうしよう、どうしよう。どこかで済ませるしかないとはわかっているけれど、なかなか思い切れない。
 もう一度、奥に積み上がった瓦礫に目を向ける。でも、流石にあそこでは。それなら、一階の床が抜けたところ、地面が剥き出しだから、そこにした方が。
 手すりの隙間から一階を見下ろす。室内なのにあちらこちらで雨が降り注いでいて、下に降りたらまた濡れてしまう。それならいっそ、ここからしてしまう、とか。そんなことが頭に浮かんで、頭がぼっと熱くなった。
 下着を下ろして、この手すりに向かってしゃがみこんで、一階に向かって、おしっこする。一連の動作が頭に浮かぶ。想像しただけで恥ずかしくなって、顔が熱くなった。

 でも、体の内側から湧き上がる尿意はどんどん強くなっていく。お腹が重い。おしっこがしたくてたまらない。絶対に良くないと思うのに、想像はどんどん色濃くはっきりと描かれていく。
 我慢しているから、きっとすごくたくさんでると思う。手すりの隙間を抜けて、おしっこが一階へと落ちていく。吹き出したおしっこが大きな放物線を描く光景がありありと頭に浮かんで、恥ずかしさに顔を伏せた。想像するだけで恥ずかしいのだから、実際にしたらもっと恥ずかしいに決まってる。
 もし、している最中に誰かが来たらどうしよう。私と同じように雨宿り出来る場所を探して誰かが来るかもしれない。誰もいないはずの一階からこちらを見上げる視線をありありと想像してしまう。
 一度出たら、きっと止まらない。見上げる視線の中、私はじゅうじゅうと音を立てておしっこをするしかない。

 だめ! 絶対だめ! 頭を振って想像を掻き消す。そんなことするくらいなら、あの瓦礫の傍で……! そう思った瞬間、雨音を掻き消すような大きな音が響いた。
 どん! がん! と何かがぶつかるような、もしくは暴れているような音。背筋がびくっと跳ねた。その瞬間、おしっこが出てしまいそうになって慌てて我慢する。ぎゅううっと出口に力を入れて堪えて、なんとか下着を濡らすことは免れた。
 音は扉の向こうから聞こえたようだった。荷物に覆われている奥ではなく、私が座っている場所に近い手前の扉だ。先程試したときは確かに開かなかった。でも、鍵が掛かっていたわけじゃない。中に誰かがいても不思議じゃない。

 自然と、剣に手を伸ばしていた。片手で鞘を、反対の手は柄を握って、すぐに抜けるように。それを追いかけるようにスライムさんが私の傍にびょんと近寄る。吸収した雨水を消化したのか、先程より少し小さくなっていた。それでもまだ普段よりは大きいけれど。
「聞こえました、よね」
 びょんびょんとスライムさんが跳ねる。そろそろと立ちあがって、扉に近付く。心臓がばくばく高鳴っていて、頭の中は嫌な想像が膨らんでいく。
 ここに入る前に自分で口にした言葉を思い出していた。さっきは建付けが悪いと思っていたけれど、そうではなかったとしたら。例えば、部屋の中には誰かがいて、扉が開かないように内側から引っ張っていた、とか。
 中にいるのは誰か。他の冒険者かもしれない。モンスターかもしれない。あとは、そう、例えば、おばけ、とか。この教会で亡くなった人がお化けになって、この部屋の中にいる、とか。勝手に雨宿りに使っている私に怒って、何かしようと部屋の中で暴れている、とか。

 唾を飲んで、一歩、足を進める。濡れた靴がぐじゅっと音を立てて、吸い込んでいた雨水を吐き出す。確認、しない、と。柄から手を離すと、手が震えた。
 お、おばけなんて、いない。色々な場所を冒険したけれど、今まで見たことが無い。だから大丈夫。そう思うけれど、膨らんだ嫌な想像はどんどん膨らんでしまう。
 おばけだったら。幼い頃に見た絵本だと、おばけは人を驚かせたり、悪さをしたりするらしい。あと、捕まえた人間を自分たちの世界へ引きずり込んでしまうとも書いていた気がする。

 怖い、けど、このままでいる方が怖い。ドアを見つめる。恐る恐る手を伸ばす。もう少しでドアノブに手が触れるというその瞬間、突然何かが足をちょんとつついた。
「きゃああぁぁぁっ!」
 考えるより先に声が出ていた。手は剣の柄へ逆戻り。そのまま後ろに飛び退いて、触れられた足の辺りに目をやると、スライムさんが体の一部を伸ばしていた。先程私の足をつついたのは、スライムさんらしい。
「び、びっくりさせないでください!」
 びっくりして、おしっこ出ちゃうかと思った……! 下着が濡れていないことに安堵しながらも、声を荒げていた。スライムさんは膨らんだり縮んだりを繰り返している。謝っているのか、もしくはじれったい私に早くしろと言っているのかはわからない。どちらかと言うと後者の気もした。

「わ、わかってます! 今、開けますから」
 息を整えていると、スライムさんの体がまたするする伸びる。また私の足をつつくのかと思っていると、その先端は手のひらのようになって、自分の体をべちべちと叩いた。任せとけの合図。強張っていた気持ちが少しだけ緩んだ。
「おばけがいたらやっつけてくださいね」
 体の先端が丸印を作る。それを確認してから、思い切ってドアノブを掴む。そして、力に任せて引っ張った。
 やや固い感触だったけれど、ドアはぎしぎしと音を立てた後、勢いよく開かれる。その瞬間、スライムさんがびょんと飛び込んだ。剣の柄を握りなおして、私も部屋の中へ足を踏み入れた。

 部屋の中は荒れていた。ベッドらしき家具は上から棚か何かが落ちてきたようで、ぐしゃぐしゃに壊れている。その付近は破片や瓦礫で足の踏み場もなかった。
 反対側には窓があった。両開きの硝子戸からは硝子が抜けていて、枠だけになっている。元々開いていたのか、風の勢いで開いたのか、外から吹き込む風に煽られて部屋の内側でぎいぎいと揺れていた。
 中には誰もいない。念のため、ぐるりと見回してみたけれど、隠れられそうな場所は無い。開いた窓に近付いてみる。二階とは言え、ここから誰かが飛び降りることは不可能ではないと思う。一応外を見下ろしてみたけれど、人やモンスターの姿は無かった。

「いない、ですね」
 スライムさんはべちゃべちゃと飛び跳ねながら部屋の中を行ったり来たりしている。その姿を見ながら窓から離れると、強い風が勢いよく吹き込んで、硝子のない硝子戸を激しく揺らした。戸は勢いよく壁に叩きつけられて、ばん! がん! と大きな音が鳴った。それは先程廊下で聞こえた音とよく似ていた。
 音の正体を知って、長く息を吐いた。スライムさんも気付いたようで、部屋の中央で動きを止めていた。しばし見つめ合って、自然と苦笑いが込み上げた。剣を握る手からも力が抜けた。

「何もいなくて良かったです。戻りましょうか」
 そう言って、入ってきた扉へ向かう。そこで、閉じた覚えがないにも関わらず扉が閉まっていることに気付いた。
 ノブに手を掛けて、先程とは逆に押してみたけれど開かない。何度か試してみたけれど、変な閉まり方をしたようで、固く閉ざされていて動かない。
「え、うそ、だぁ……」
 締まった扉を見つめたまま、思わず固まる。この剣以外、荷物は全部廊下に置いたままだ。食べ物や飲み物、そして何より全財産が入っている。万が一盗まれたら大変だ。

 それと、もうひとつ大切な問題があった。先程まで気を張っていたので意識の外にあったけれど、緊張の糸が途切れると、途端に体の中を満たすものに意識が向く。ぶるり、と体が震えた。寝巻用の薄いワンピースの下で、両足を擦り合わせた。
 トイレ、どうしようっ……! ぞわぞわと込み上げる感覚は先程までよりずっと強くなっている。降り注ぐ雨がお腹の中に注がれているような錯覚に陥るくらい、尿意は強くなっていた。
 部屋の外に出たからと行ってどうにかなるわけじゃない。でも、この部屋の中にいてもどうすることも出来ない。崩れたベッドの辺りにしてしまおうか、と頭に過る。でも、部屋の中で用を足すことには抵抗がある。それならまだ廊下の方が良い。
 さっきはとんでもない想像をしてしまったけれど、階段を下りた所からしてしまえば良いんじゃないかと、頭の中には浮かんでいた。床板が抜けているところなら、雨水と一緒に土に吸い込まれてわからなくなるだろう。

 もう一度扉を押すけれど、びくともしない。思い切ってぶつかってみようかと思ったけれど、今、そんなことをしたら我慢できなくなりそうなくらい、お腹にはおしっこが溜まっている。
 もじもじと体を揺すって、込み上げるおしっこを必死に我慢する。そんな状態では満足に力を入れることもできなくて、扉をどれだけ押してみても、ぎいぎいと鈍い音がするだけだ。
「あ、い、てよぉ……!」
 扉に寄りかかって、ぐいぐい押す。おしっこ、おしっこしたい、おしっこはやくぅっ……! ぞわぞわした尿意は全然落ち着かなくて、どんどん膨らんでいく。体の内側でむず痒く暴れる感覚に、体がぶるりと震える。おしっこ、おしっこ、おしっこっ……!

 べちゃべちゃと音が近付く。視線を落とすと、スライムさんが足元に飛んでくるのが見えた。足踏みを繰り返す私の傍で、心配そうにこちらを見ているように見えた。
「スライムさんっ、扉、開けるの手伝ってくださいっ……!」
 体がみょんと伸びて、自分の体をべちべちと叩く。任せとけの合図もいつもなら頼もしく感じるけれど、今はその時間すら惜しい。おしっこ、おしっこしたい、はやくおしっこ、はやくっ……!

 スライムさんは少しへこむと、勢いよく飛び上がって扉にぶつかった。必殺の体当たりに、扉がみしりと軋む。でも、また扉は開かない。その間にもおしっこはどんどん込み上げる。あ、あ、だめっ、おしっこ、おしっこでちゃう、おしっこっ……!
 スライムさんは一度下がって、再び扉に体当たりする。先程より勢いは強いけれど、それでも扉は軋むだけ。
 もうお手伝いすらできなくて、私はその横で足踏みを繰り返していた。体を捩って、必死に我慢を続けるけれど、もう本当に限界だ。
 だめ、おしっこ、おしっこでちゃう、おしっこ、おしっこっ……! スカートを握りしめて、体を捩って、溢れそうなおしっこを必死に堪える。

 あ、あ、だめ、だめだめだめ、おしっこ、あ、あ、あっ……! 我慢しているのに、おしっこが落ち着かない。あっ、や、あ、あっ……! 体がぶるりと震えて、熱いおしっこがじゅわ、と滲む。乾いていた下着に熱く濡れた感覚が広がる。背筋にぞわりと悪寒が走った。
「あ、あ、だ、めぇっ……」
 剣を握ったまま、反対の手でスカートの上から出口をぎゅうっと押さえた。だめ、でちゃう、おしっこ、おしっこっ、おしっこっ……! ぎゅうぎゅう押さえて、足踏みを繰り返して、泣きそうになりながらおしっこを我慢する。扉はまだ開かない。

「だ、め、だめ、だめ、だめっ……」
 でる、でちゃう、おしっこ、おしっこ、おしっこっ……! ぎゅうと押さえているのに、おしっこがしたくてしたくて堪らない。
 じゅわあ、と指先に温かい感覚が広がる。は、は、と短い呼吸を繰り返す。おしっこ、おしっこ、おしっこっ……! 両足を擦り合わせて、もじもじと体を捩る。だめ、おしっこ、おしっこ、おしっこっ……!

「も、う、むりっ……、だめ、だめ、おしっこ、おしっこむり、でちゃう、おしっこ、でちゃ、うぅっ……!」
 は、は、と短い呼吸を繰り返す。おしっこがしたくてしたくて、もう他のことは考えられなかった。おしっこ、何でも良いからおしっこ……! 周りを見回す。もう無理、だめ、おしっこでる、でちゃう、むり、だめ、だめぇっ……!
 ぎゅううっとおしっこの出口を押さえたまま、扉に背中を向けて、そのまま足を動かした。肌身離さなかった剣すらも今は邪魔で、床に投げ置く。がしゃん! と硬い音が響くのを聞きながら、開いた手を前に伸ばして、窓枠の僅かなでっぱりを掴んだ。

「あ、や、あ、でちゃう、おしっこ、おしっこっ、あ、あ、あ、あぁっ……!」
 他の手段は思い付かなかった。先程、廊下でありありと想像してしまった光景が形を変えて、はっきりと色付いていく。
 掴んだ窓枠に体を引き寄せた。片足を窓に掛けて、ぐいと足の付け根を外へ向かって突き出す。幾分落ち着いた雨粒が静かに体を濡らしていくが、そんなことには構っていられなかった。
「あ、あ、あ、あぁぁっ……!」
 ぶじゅう、と出口が熱く濡れる。ぐっしょり濡れて下着が張り付く。もう余計な動きをすることもできなくて、張り付いた下着を指先でぐいいっ! と横へ引っ張った。

 限界寸前まで溜め込まれていたおしっこが、露わになった出口からぶしぃいいいぃ! と噴き出した。雨粒を掻き分けるように、野太い水流が窓から外へ飛び出していく。放物線なんて描かない、真っ直ぐな直線が雨の線を切り裂いた。
「あっ、は、あぁぁぁぁっ……!」
 背筋にぞくぞくしたものが走る。我慢して我慢して、やっと出せたおしっこはとても気持ち良くて、ぽかんと開いた口から息と共に声が漏れた。蕩けた声は雨音に溶けていた。
 いっぱいに膨らんでいたお腹がへこんでいく。ぐいと横に引っ張った下着はじっとりと濡れている。雨粒に体が濡れる。着替えがないとか、とんでもない事をしているとか、そんなことは頭になかった。
 ただ気持ち良くて、頭が真っ白で。ざあざあと響く雨音は頭の中にはなくて、代わりにじゅうじゅうと激しい勢いで噴き出すおしっこの音が体の中に響き渡っていた。

 開けたままの口から呼吸を繰り返す。我慢しすぎたのか、おしっこは全然止まらない。腰をぐいと突き出した変な体勢なので、次第に膝が震えてくる。その頃にはやっとお腹も軽くなっていて、残っていたおしっこが勢いなくちょろちょろと出て、やっとおしっこは止まった。
 胸いっぱいに空気を吸い込んで、大きく呼吸を繰り返す。先程まで重かった体はとても軽い。爽快感に満たされて、余韻で体がぶるりと震えた。
 おしっこ、しちゃったっ……。窓の外をぼんやり見ながら、自分のしたことを改めて実感する。頭がじわじわと熱くなってきて、自然と俯いた。
 下着から指を離して、元の位置に収まる。ちょっとだけ、間に合わなかった。じっとりと濡れた布地が肌に張り付く感触に、顔の熱が増した気がした。窓枠から足を下ろし、床に立つ。くしゃくしゃになったスカートを整えて、後ろを振り向いた。

 空っぽの手が落ち着かない。そうだ、剣! さっき投げ捨ててしまった剣を求めて部屋の中を見回すと、それは思ったより近くで見つかった。
 ぐにゃりと伸びた緑色の二本の手が私の剣を持ち上げていた。扉の前にいたスライムさんはいつの間にか部屋の中央にいて、じっとこちらを見ていた。
「あ、それ……、ありがとうございます」
 剣を受け取ると、スライムさんはその場でびょんと跳ねた。それから、ちょいちょいと私の足を突いて、その先を扉に向けた。扉はまだぴたりと閉まったままだ。スライムさんの体当たりでも扉は開かなかったみたいだ。
「一緒に押してみましょうか。それなら流石に開くかも」
 生理現象から開放された今なら、ちゃんと力を入れることが出来そうだ。スライムさんの先端が丸印を作って、びょんびょんと跳ねた。

 一緒に扉に近付いて、せーのの合図で一緒に扉を押す。思いっ切り力を掛けると、ぎぎぎと鈍い音がする。駄目押しとばかりに力を掛けると、扉は勢いよく外に向かって動いて、私はその勢いで外に転げ出た。咄嗟に手を付いたので顔は打たなかったけれど、体のあちこちをぶつけた。痛かった。
「いたた……。でも開きましたね、良かった」
 床に座ると、スライムさんがぴょんぴょんと跳ねながら近付いてくる。私の前まで来ると、びょんびょんとその場で跳ねて、体の一部がするすると伸びる。その先端は人の手のように広げられて、私も同じように手を広げた。
「ハイタッチしましょうか。いえーい」
 べち、と鈍い音がして、手がぶつかった。

 荷物は何一つ変わらず、その場にあった。干していた鎧や衣類もそのままで、閉じ込められていた間に誰かが来るようなことはなかったようで、心の底から安心した。
 それから、どうしようかと目を伏せた。寝間着のワンピースの内側、両足の間でじっとりと張り付いた感触。下着の替えはもう無い。もう一枚の下着は雨でぐっしょり濡れて、今まさに干しているところだ。一夜の間にある程度乾いてくれたら良いんだけれど。

 少し悩んだけれど、これ以外思い付かなかった。思い切って、スカートの中に手を入れて、下着に手を掛ける。そのまま足首までするすると下ろして、足を抜く。手の中で、下着の一部がじっとりと濡れているのがわかって、頬が熱くなった。
 荷物はそのままにして、階段に向かう。雨音に床が軋む音が混じる。そのまま一番下まで降りたところで、びょんびょんとスライムさんが跳ねる音が聞こえた。
「あの、すぐ戻るから上で待っててもらって良いですよ?」
 そう言ってみても、スライムさんは私のそばに近付く。私が手に持っているものを気にしているように見えるのは気のせいだろうか。
 仕方なく、スライムさんと一緒に一階に降りた。あちこち天井が抜けて、室内なのに上から雨水が降り注いでいる。それでも雨の勢いは随分落ち着いているので、あちこちから細い水流が降り注ぐ程度にはなっていた。
 床がきれいな場所を選んで、出来るだけ水の勢いの弱そうな場所に近付く。それから、水流の中に手を突っ込んだ。

 冷たい雨水が手を濡らす。それから、握っていた下着を広げて、流れ落ちる雨水に晒した。汚してしまった場所を少し擦る。それから、たっぷり濡れた下着を軽く絞って水気を切った。
 ちらりと視線を落とす。スライムさんは濡れない位置から、じっとこちらを見ているように感じた。相変わらずどこが目かわからない。けれど、途轍もない視線を感じる気がするのは何故だろう。
「ちゃ、ちゃんと間に合ったんですよ! ただ、ちょっとだけ汚しちゃって、そのまま履いてるのも嫌だったからっ……」
 スライムさんは喋らない。でもこちらを見る様子は何か言いたげに感じて、つい言い訳を並べていた。

 私の言葉に反応してか、スライムさんは体の一部をするすると伸ばした。何をするのかと思っていると、その先端は私のスカートをちょいちょいとつつく。その内側のことを指摘されているのだとわかって、顔が熱くなるのを感じた。
「い、今だけですから! 明日になったら少しは乾いてるはずですから! し、仕方ないじゃないですかぁ……!」
 もう一度水気を切ってから、下着を伸ばす。それから二階に戻る為に、再び危なげな床を歩く。スライムさんはぴょんぴょんと跳ねて後ろをついてきた。
 二階に戻って、手すりに今洗った下着を干す。私の衣類がずらりと並んで、すっかり私の物干し竿になった手すりに、恥ずかしさと居たたまれなさを感じて、誤魔化すように笑った。

 床に座る。ワンピースの中、何も纏わない体は解放感がありすぎて、落ち着かないし恥ずかしい。はやく乾きますように。壁に背中を預けて、ふうと息を吐いた。
 流石に疲れた。少し眠ろうかな。剣を握り直していると、スライムさんが傍に近づく。私の隣を陣取ると、みょんと伸びた体がスカートの上から私の膝をぽんぽんと撫でる。その感触につい頬が緩んだ。
「明日はお天気だと良いですね」
 そう言って、目を閉じる。明日はベッドで眠れると良いなあ。硬い床と壁に体を預けて、うつらうつらと意識が遠くなっていく。

 ぽんぽんと膝を撫でるスライムさんの先端は、布地の上から膝を撫でて、そのままするすると体を辿る。そして、ちょん、と両足の付け根を突かれて、重かった瞼を慌てて持ち上げた。
「なっ、何してるんですかぁっ!」
 伸びた体の先端は私の声に驚いたのか固まる。それから、じわじわと動いて私のお腹に向かう。おへその辺りを数度優しく撫でると、するすると戻っていった。
「も、もう、寝ましょう! 明日は街に辿り着くんですから!」
 そう言って、もう一度目を閉じる。もうスライムさんの感触はない。でもすぐそ傍いるのはわかって、なんだかとても安心した。
 おやすみなさい。呟いてから、あくびが漏れた。うとうとしながら、弱まった雨音を聞いていた。

この作品はノクターンノベルズpixivにも掲載しております。

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初出: 2022年6月19日(pixiv・サイト同時掲載) 掲載:2022年6月19日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。