無事に鞄の修理も出来て、宿で一泊した翌日。荷物を買い足し、町を見て回り、次の町までそこまで距離が無いと知ったのはお昼を回った頃だ。
今から歩いて向かうには時間が微妙だった。野宿は出来る限り避けたいと思っていたところで、隣町へ向かう馬車が午後にひとつ出る事を教えてもらった。
それに乗ろうと決めたところで、小腹が空いていることに気付いた。馬車の時間まではまだある。軽食を取るにはちょうど良さそうだ。
馬車に乗ればこの町ともお別れだ。折角だし、この町の物をもっと食べようと名産品を使ったサンドイッチと飲み物を頼んで、近くのベンチへ向かう。
座ってから服の胸元を引っ張ると、スライムさんがぬるぬると出てきて私の膝へ降りた。途端に萎む自分の胸が悲しい。いや、これが本来の大きさだけれど。
「スライムさんは何が好きですか? サンドイッチ食べますか?」
とりあえずサンドイッチはひとり分にしておいた。足りなければ買い足せば良いと思ったし、どうせ次の町に着いたら夕食を取るだろうから、今はそこまでたくさん食べるつもりはなかった。
サンドイッチを差し出してみたけれど、スライムさんは興味を示さない。代わりに体の一部がするすると伸びて、ボトルに入ったジュースに触れた。
「ジュースが好きですか? どうぞ」
蓋を取って手渡すと、スライムさんはそれを自分の体の上でひっくり返した。そこは私の膝の上でもあるのでぎょっとしたけれど、膝は濡れることはなかった。
スライムさんの緑色の体にオレンジ色の液体がじんわりと染み込んでいく。ぶよぶよ揺れるように動いているのを見ていると、オレンジ色はだんだんと緑に溶けていく。
「食べ物より飲み物が良いですか?」
その通りとでも言うかのように、スライムさんは膝の上でべちゃべちゃと跳ねた。その体は水分を取ったからか、やや大きくなったようにも感じた。
スライムさんが全部飲んでしまったので、移動用に買ったジュースを鞄から取り出す。露店は馬車乗り場の近くだったので、馬車に乗る前にもう一度買えば何も問題はない。
それにしても、スライムさんが飲み物をメインにするなら、荷物として多めに持っておいた方が良いかもしれない。荷物がちょっと重くなるけれど、仲間の為だ、仕方ない。
せっかく鞄が修理出来たところだけれど、もしかしたら大きいサイズへ買い替える必要が出てくるかもしれない。貧乏なので、もう少し余裕が出来たら、だけれど。
サンドイッチを食べながら、ボトルに口を付ける。ここの特産品のフルーツを使ったジュースは酸味があり、後味がさっぱりしていて、とても美味しい。全部飲むつもりはなかったけれど、気付いた時にはほとんど底をついていた。
「このジュース、美味しいですね」
スライムさんはぴょんぴょん跳ねる。多分、そうだと同意してくれてるのだと思う。なんとなくスライムさんの伝えたいことがわかるようになってきた気がして、ちょっと嬉しくなった。
「折角だし、もう一本買って、半分こしませんか?」
サンドイッチの最後のひと口を飲み込んで、欲求に任せてそんな提案をしてみる。スライムさんは伸ばした体の先端でちょんちょんと私の鞄を突いた。多分、お金は大丈夫かと言っているのだろう。そこを突かれるのは正直痛い。
「少しなら余裕があるので大丈夫ですよ。この町に次はいつ来るかわからないし、ちょっとだけ贅沢しちゃいませんか?」
こんなことを繰り返しているから貧乏なのだとは自分が一番わかっている。でもここで我慢したら、この出会いは二度とないかもしれない。
そんな言い訳を見通しているのか、スライムさんはもう一度鞄を突いたけれど、しばしの後、その先は上へ伸びて丸印を作った。
「やったぁ! ありがとうございます! じゃあ買ってくるので、ちょっと待っててくださいね」
スライムさんをベンチへ残して、先程の露店へ走る。ジュースを二本頼むと、売り子のおばさんは私の顔を覚えていたようで豪快に笑った。
「あっはっは、お嬢さん、気に入ったかい?」
「はい! さっぱりしてて、酸味があって、すごくジューシーで、とっても美味しいです! 移動中にも飲もうと思って買い足しに来ました」
「それはありがとう。ああでも、これから馬車に乗るのなら、飲み過ぎには注意しなよ? 人によってはトイレが近くなるらしいから」
そうなんですか、と返事をしながらも、あまり深刻には考えていなかった。
どの町でも馬車乗り場には大概トイレがある。大体は乗車前に済ませるようにしているし、駆け込みでトイレに寄れなかったときでも、下りてすぐに行ける位置にある。
正直、馬車に関してトイレの心配は今までしたことはなかった。気にすることと言えば、あまり揺れないでほしいとか、空いていると良いなあとか、そんなことばかりだった。
「まあ、隣町までならそんなに掛からないから大丈夫だろうけど。馬車が来るまでもう少しだから、乗り遅れないようにね」
「はい、ありがとうございます」
ボトルを二つ受け取って、さっきのベンチまで急いで戻る。スライムさんはベンチの上でややぺったりとしていた。傍に寄ると途端に膨らんで、ぴょこぴょこと動き、お出迎えをしてくれる。
さっきはリラックスしていたのか、寝ていたのか。……スライムって寝るのかな。スライムの生態については詳しくないどころか、今まで興味を持つことすらなかった。わからないことだらけなので、意思疎通を図りながら色々教えてもらえると良いな、と思った。
ボトルをひとつは鞄へ。もうひとつは蓋を開けて、私が先に頂くことにする。やっぱりジューシーで爽やかで美味しくて、するする飲めてしまう。
飲みすぎていないか心配になって口を離すと、残りはちょうど半分ほど。スライムさんに渡すと、さっきと同じようにボトルをひっくり返して、溢れ出たジュースを全身で吸収していた。……その豪快な飲み方はデフォルトなのだろうか。
美味しいですね、なんて言っていると、遠くで低い鐘の音が聞こえた。馬車が到着した合図だ。
慌てて鞄を肩に掛けると、スライムさんはぴょんと私の肩に飛び乗って、慣れた様子で胸元へもぐりこんでいく。そのくすぐったさに少しは慣れたけれど、やっぱり背中がぞくぞくする。
ぽよんと膨らみ、窮屈になった胸元を確認してから、慌てて馬車乗り場へ走った。
+++
馬車に揺られて、おそらく十数分ほど。それなりに人が乗っていたものの、私も端の方で座ることが出来た。混雑している馬車に当たると、目的地に到着するまでぎゅうぎゅう詰めなんてこともあるので、今回は運が良かったと思う。
ただ、幸運があれば不運もある。この不運は半分、いやほとんどが自業自得としか言えないのが辛い。固い床の上、鞄を膝で抱えながら、頭の中で売り子のおばさんに言われたことがぐるぐると回っていた。
美味しい美味しいとたくさん飲んだジュースは体を巡って、あっという間に膀胱まで進んだようだ。お腹の下の方がずっしりと重くなっている。馬車が時折揺れると、それに合わせて体に溜まった水分がたぷんと揺れる。それが苦しくて、小さく息を吐いた。
おばさんの言う通りだった。飲みすぎるんじゃなかった。せめて、乗る前に済ませておくべきだった。今更考えたって仕方ないことを、さっきからずっと考えていた。
乗り場へ駆けつけた時には、既に馬車は出発の準備を終えていた。慌てて代金を払って飛び乗ると、それと同時に馬車はがたんと揺れて、町から出発した。
乗り遅れなくて良かったと一息つきながら、揺れる馬車の中でそっと腰を下ろす。トイレに寄れなかったと気付いたけれど、次の町に着いた時に済ませれば良いとその時は気楽に考えていた。
乗車前には水分を結構取っている。しかもそのジュースはトイレが近くなると売り子さん直々のお墨付きだ。こうなることはわかっていたと言っても過言ではない。でもその時はこうするしかないと本当に思っていた。
ああ、どうしよう。トイレに行きたい。すっごく行きたい。すごくすごく行きたい。お腹の下の方にたぷんと水分が溜まっているのがわかる。馬車に乗ったときにはほとんど感じなかった尿意が、座っているだけでどんどん強くなっていく。
馬車を降りたらすぐにトイレに行こう。さっきからそう考えては、次の町が見えないかと探してばかりいる。でも、どれだけ見回しても、視界にあるのはただ真っすぐ伸びる街道だけ。見通しが良すぎるのも困りものだ。
売り子のおばさんは、隣町ならすぐそこと言っていた。すぐというのはどれくらいを指すのだろう。三十分? 一時間? 三十分なら我慢できそうだけど、一時間は、ちょっと、厳しい、かも。そんな弱気なことを考えてしまう。でも厳しいと言ったって、到着するまで我慢するしかない。
長距離の馬車だと、途中で馬の休憩のために止まることもある。その時に近くの茂みで済ませる事も出来るけれど、町の人がすぐと言うくらいの距離で休憩を取るだろうか。それに、こんな見通しの良い街道で止まったところで、隠れられる場所なんてあるだろうか。
万が一、本当の本当に我慢できないときは、声を掛けて停めてもらうことも出来なくはない。たまに子どもや揺れに酔った人が馬車を止めてほしいという人もいる。でも、もう子どもじゃないのに、トイレが我慢できないからと馬車を停めてもらうなんて、想像するだけで恥ずかしすぎる。
色々考えている間にも、ぞわぞわとした感覚は強くなっていく。飲んだジュースがどんどんお腹の下へ送り込まれ、ずっしりと重くなっていくのがわかる。
ああ、どうしよう、どうしよう。早く着いてほしい。トイレ、はやく行きたい。はやく、はやく。
鞄をぎゅうと胸へ抱きしめると、胸元がもぞもぞと動いた。あ、と思って、慌てて鞄を離す。
「ごめんなさい、忘れてた。大丈夫ですか?」
小さな声で話しかけると、動きは更に大きくなる。潰してしまったかと心配していると、緑色の体の一部が胸元から伸びてきて、大丈夫だとオッケーサインを作った。ごめんなさいの意味を込めて、胸をそっと撫でて返事をした。
「すぐって聞いたのに、まだ着かないですね」
他の人がいる中で、胸の中にいるスライムさんに話し掛けるのもどうかと思ったけれど、気を紛らわせる意味もあって、ついつい言葉を続けていた。
「馬車は楽なんですけど、床が固いからずっと座っているのはお尻が痛いんですよね。あんまり動けないから体も強張るし、あと、その、トイレもない、ですし」
今の自分にとっては最後の言葉が本音だった。
トイレについては徒歩移動の時の方が心配で、馬車移動の時は乗り場にあるので探さなくてラッキーくらいに考えていたのに。まさかこんなことになるとは思わなかった。
「距離がそんなに無いなら歩くんですけど、今日は時間が足りないので馬車にしました。でも馬車ばかりだと体も訛るので、次は歩いても良いかも」
今の状態なら、時間的に厳しかったとしても歩いて移動すれば良かったとすら思っていた。日が落ちるまでに到着しないなら野宿すれば良い。一日くらいなら苦じゃない。
徒歩なら途中で好きな時に休憩出来るし、トイレも、最悪その辺でこっそり済ませられただろう。
この道は見通しが良いけれど、ちょっと道を逸れれば林がある。ひとりなら安全な場所を探すのが大変だけれど、今ならスライムさんに見張っててもらうことも出来る。それなら、ここまで我慢する必要もなかったかもしれない。
でも何をどれだけ考えたって、今の状況は何にも変わらない。私は馬車が到着するまで、トイレを我慢し続けるしかない。ぞくぞくお腹の奥が疼いて、尿意がきゅうきゅうと高まっていく。ああ、トイレ、トイレ、トイレっ……。
馬車はがたがたと走り続ける。その揺れにお尻の痛みとたぷたぷ揺れるお腹を抱えて、身を捩って、息を吐いて、何とか到着するまで我慢しようと耐え忍ぶ。
突然、馬車が大きく揺れた。驚いて、また鞄をぎゅうっと胸へ抱き寄せる。スライムさんが胸元でぐにゅぐにゅ動いたけれど、それ以上にお腹の疼きが深刻だった。
ああ、トイレトイレトイレ、トイレ行きたいっ、おしっこしたいっ……! もうお腹はいっぱいに膨らんでいるのに、まだジュースが注ぎ込まれている気がする。
あんなに飲むんじゃなかった。そう思っても、飲んだものは戻らない。飲んだ以上は、出口から出ていくだけ。もう入らないのに、トイレに行きたくてたまらないのに、その感覚は更に強くなっていく。
もうじっとしていられずに、体を揺すっていた。そうしていると少しだけマシになるけれど、ほんとに少しだけ。足の付け根、出口がぞわぞわする。おしっこしたい、すごくしたいっ……。全身がその感覚でいっぱいになる。
革の鎧の下に手を入れて、服越しにお腹を撫でる。そこはぽっこりと膨らんでいる。まるでスライムさんが入っているみたいだ。
でも、そこに入っているのは、さっきたっぷり飲んだジュースの成れの果て。弾力なんてないちゃぷちゃぷした水分なのに、お腹はかちかちに張り詰めていて、スライムさんが入っている胸よりも固かった。
あああ、トイレ、おしっこっ……! じっとしていないといけないのに、体がゆらゆら揺れる。でも、じっとしていられない。そうやって誤魔化していないと、出口のぞわぞわがどんどん強くなっていて、辛くて切なくてたまらない。
トイレ、トイレ、トイレっ、まだ着かないのっ? すぐ着くって言ってたのにっ……! 焦れた気持ちに急かされて、馬車の前方を見る。日が落ち始め、辺りはオレンジ色に染まり始めていた。まるであのジュースみたいだ。
たっぷり飲んだジュースが、鞄の中に入れた予備のボトルが、自分のお腹の中に消えたジュースが、揺れに合わせてたぷんと揺れる。
あ、あ、あっ、だめ、おしっこ、おしっこしたいぃっ……! ゆらゆら体を揺らしても全然治まらない。ひくひくと疼いて開いてしまいそうになる出口を、手でぎゅっと押さえる。そうするとちょっとだけ楽になるけれど、ずっとそんな格好をしている訳にも行かなくて、すぐに手を離す。
眩しい夕日の中、遠くに町の影が見えた気がした。僅かに見えた希望に、ちょっとだけ我慢が楽になる。
もうすぐ、もうちょっとで着く。はやく、はやく、はやくっ。尿意に急かされながら、切羽詰まった私はがたがた揺れる馬車を急かして、必死に我慢を続ける。
もう尿意は全然治まらない。時折、波が引くようにちょっとだけ楽になるけれど、次の瞬間には強くなって一気に押し寄せる。
その度にぞわぞわした尿意は強くなって、溜まりに溜まったおしっこが一気に出口へ向かうのがわかる。ああ、だめ、だめだめだめ、トイレ、おしっこ、もうちょっとだから、我慢、我慢っ……!
がたんと馬車が揺れる。スライムさんがぽよんと跳ねる。重たい下腹部が大きく跳ねて揺れて、ぶるりと震える。頭のてっぺんから足の先までぞくぞくが走り抜ける。
あ、あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこもれちゃうっ、お願い、お願いだからはやくっ……。膝を立てて座った状態で、さり気なく片手を膝下に入れて、出口をぎゅうっと押さえる。すぐに手を離すけれど、その瞬間、波はまた大きくなって押し寄せるから、またすぐに押さえてしまう。
体を揺するのに合わせて、胸の中でスライムさんがぽよぽよ揺れる。居心地が悪いのか時折もぞもぞと動くけれど、今の私はそうしないと我慢出来なくて、お尻をもじもじと揺らし続ける。ごめんなさい、ごめんなさいと胸の内で繰り返した。
遠くに見えた町は見間違いではなかったようで、その影は確かに大きくなっていた。
あとちょっと、もう少しっ……! 鞄を抱えて、体を揺らして、膝の下で出口をぎゅうっと押さえて、全身全霊で我慢を続ける。
お願い、はやくトイレ、ほんとにもう限界、おしっこしたい、でちゃう、もれちゃうっ……! 我慢を続ける体と同時に、頭もいっぱいいっぱいだった。町に着いた後の予定を考えていたはずなのに、全部綺麗に消えていた。とにかくトイレ、おしっこっ、それ以外は何にもなかった。
馬車が揺れる。町が近くなる。あとちょっと、もう少しっ、トイレ、トイレトイレトイレっ……!
馬車を降りたら、何でも良いからすぐにトイレ。もう恥じらっている余裕なんてない。本当に限界だった。
お腹が苦しい。手でお腹を撫でる。かちかちのお腹。もうこれ以上膨らんだら破裂しちゃうんじゃないか。それくらいいっぱいいっぱいで、苦しくて、辛い。
おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ、お願いトイレ、おしっこ漏れちゃう、お願いはやくっ……!
ぞくぞくするのが収まらない。ぞわぞわ、ぞくぞく。だめ、だめと必死に我慢を続けるけれど、破裂しそうなほどに膨らんだ尿意は暴れ続けている。
あ、あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこっ……! 出口がひくひくする。だめ、だめだめだめっ……。膝を寄せて、体に力を入れて、それでも全然治まらない。
がたんと馬車が揺れて、お尻が一瞬浮く。着地した瞬間、じゅ、とおしっこが一瞬噴き出した。
あっ、あ、あ、だめ、どうしよう、おしっこちょっとでちゃったっ……! 下着がじわっと濡れているのが気持ち悪い。これ以上なんて、絶対だめ。ひくひく疼く出口に力を込めて、手でもぎゅううっと押さえる。
外を見ると、町はすぐそこだった。あとちょっとっ、我慢、我慢しないとっ……! 折れそうな心を必死に奮い立たせる。
馬車は街中に入って速度を落とし、乗り場への道をゆっくり進んでいく。今すぐ飛び降りてトイレへ駆け込みたいのをぐっと堪えて、鞄を肩にかけた。片膝を立てて座りなおし、すぐに立ち上がれる体勢で馬車の到着を待つ。
はやく、はやくはやくはやくっ……! 外には賑やかな乗り場が、その端っこに小さな建物が見えた。その瞬間、ぞわぞわは更に大きくなって、お腹の奥がきゅううと疼く。
あ、あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこっ……! じわりとまた下着が濡れる。だめ、我慢、もうちょっとだから、我慢、我慢っ……! 全身が固く強張って、息を吸う余裕すらない。は、は、と短く息を吐き出しながら、馬車が止まるのを待つ。
ぎい、と鈍い音がした。乗り降りのための場所が開く。その瞬間、立ち上がって飛びつくように出口へ向かう。
ゆっくりと他の乗客が立ち上がっている中、私ひとりが射られた矢のように馬車から飛び降りていた。
代金が前払いで良かった。今のこんな状態でゆっくりお財布を開いている余裕なんて絶対になかった。
トイレトイレトイレトイレぇっ……! 久しぶりの地面を踏みしめて、最後の力で走り出す。胸のスライムさんはぽよんぽよんと揺れるけれど、かちかちのお腹は揺れることすらしない。もう隙間すらない程いっぱいいっぱいにおしっこが詰め込まれていた。
この町はとても大きくて、馬車の乗り場が複数あった。それらの前を走り抜けて、一番端にある建物へ。
トイレっ、おしっこ、おしっこ、おしっこっ……! もうだめ、限界、でちゃう、もれちゃう、おしっこ、おしっこもれる、でるぅっ……!
建物までは後もう少し。それなのに、足を止めざるを得なかった。
目の前にはずらりと並んだ行列。その先頭は目的の建物に続いている。十人、いやもっと多くて、数えるのも嫌になるほどの人数に血の気が引いた。
気付かなかったけれど、他の乗り場にもちょうど馬車が到着したところだったみたいだ。その乗客がトイレに殺到した結果が、この大行列だった。
トイレに行くには、おしっこをするには、この列に並ばないといけない。嘘だ、そんなの信じたくない。混乱した頭が現実を否定するけれど、行列は確かに目の前に存在している。
もうちょっと、あと少しを繰り返して、必死に我慢を続けた体から力が抜けそうになる。じわり、とまた下着が温かく濡れる。や、だっ、だめ、我慢っ、我慢しないとっ、でも、おしっこ、おしっこっ……! 大きな乗り場なので、周りにはたくさんの人がいる。こんなところでおもらしなんて、絶対に駄目だ。
我慢の限界で心も体も引き千切られそうになりながら、そのまま街中へ足を向けた。もう走る余裕もない。
速足で、乗り場から続く大通りをひたすら歩く。道沿いには色々なお店があって、見て回れたらとても楽しいだろう。でも、そんな余裕は欠片も残ってなかった。
きょりきょろ見回しながら探すのはただひとつ。トイレ、どこかにトイレ、どこでも良いからお願いっ……! 乗り場以外にもトイレはあるはず。足を進めながら必死に探すけれど、全然見つからない。
大通り沿いには無いのかと思って、適当な道を曲がってみたけれど、それでも見つからない。それでも必死に足を動かして、とにかく道を進んでいく。
本当に限界だった。我慢出来ているのが自分でも不思議だ。でも、立ち止まるともう駄目。我慢できない、ほんとうに、出ちゃうっ……!
このままだと、おもらし、しちゃう。考えたくない結末が、段々と近付いてきている気がする。逃げるために、必死に前に進む。足を止めたらその瞬間に追いつかれそうだった。
もう恥を忍んで誰かに聞こうか。そう思ったけれど、気付いた時には周りに人の気配は無かった。変な道に入り込んだみたいで、辺りはしんと静かだ。大通りに戻ろうにも適当に進んできたせいで、どちらに行けばわからない。
目の前が真っ暗になる。どう、しようっ、どうしようっ……! もう限界で、我慢が辛くてたまらなくて、じわりと涙が浮かぶ。足が震える。歩幅がだんだん小さくなる。
あ、あ、あ、だめ、おしっこ、もう、もうっ……。じわりとまた下着が濡れる。周りに人はいない。もう、無理、もう我慢できない。ほんとに出ちゃう。
漏らしちゃうくらいなら、いっそ、ここでしてしまおうか。そんなことが頭に浮かぶ。幸運なことに周りには誰もいない。手が自然と腰に向かう。
じわり、じわり、おしっこが溢れていく。あ、あ、だ、めぇっ……。咄嗟に手が両足の間へ、その奥の出口をぎゅううっと押さえる。それでもおしっこがしたいのは収まらない。もう前に進まない両足が、その場でぱたぱたと足踏みを繰り返す。
あ、あ、だめ、おしっこ、だめっ、もう、もうだめっ……! 必死に奮い立たせていた心が折れそうになった瞬間、もう駄目だと諦めかけたその瞬間だった。
ぽよぽよと揺れていたスライムさんが突然胸から抜け出した。普段なら外へ飛び出すのに、今は服の内側で下へ向かい、お腹のあたりにぺったりと張り付いた。その感触に身震いしていると、スライムさんはそのまま更に下へ進んでいく。
「す、スライム、さんっ……?」
咄嗟に呼んでみても、スライムさんは止まることなく、大きく膨らんだお腹を撫でるように触れてから、下着のウエスト部分を持ち上げた。
「え、や、ちょっとっ、なに、してるんですかぁっ……?」
声を掛けた時には、スライムさんは下着の内側へ潜りこんでいた。そのまま、両足の間を覆うように纏わりつく。
誰にも触れられたことがない、下着の内側の秘密の場所。スライムさんはそこを陣取ると、ぐにゃぐにゃと動いて体を伸ばす。前はおへその下あたり、後ろはお尻を覆うように。
「スライムさん、それっ……!」
ちょうど下着が隠しているのと似たような範囲がスライムさんによって覆われる。その行動が意味することはすぐにわかった。
スライムさんは、水分を吸収できる。今、覆っているのは、水分を吸収しようとしている場所は……!
「やっ、だめ、そんなの、ぜったいだめっ……!」
これじゃまるで、赤ん坊が付けるおむつみたいだ。
嫌だ、絶対にダメだと身を捩るけれど、スライムさんは動かない。
下着の中でぐにぐにと動かれると、足の間に変な感触がして、背中に悪寒が走る。ぶるりと体が震えて、じゅう、とおしっこが勝手に吹き出す。
今度は下着が濡れる感触はない。ただ、出口のあたりが熱くなっていることだけがわかる。ぐにゃぐにゃしたものが、ひくひく疼く出口に押し付けられて、熱いおしっこを吸い取っていく。
「あっ、あっ、だめっ、おしっこ、でちゃ、っ……!」
あ、あ、あ。吐き出す息に声が混じる。それに合わせて、じゅ、じゅう、とおしっこが噴き出す。
だめ、だめなのに、もうだめ、ほんとに、もう、だめ、おしっこ、でる、でちゃうっ……、でちゃうぅっ……!
「あ、あ、ああ、あぁぁっ……!」
もう、本当に限界だった。じゅううう、とおしっこが吹き出した。
一度出始めると止められなくて、勢いはどんどん激しくなっていく。体の中に水音が響き渡っていた。
あ、あ、だめ、おしっこ、でた、でちゃったぁっ……! 駄目だと思う気持ちはどんどん押し流されて、ぞくぞくとした快感が全身を走り抜ける。
おしっこ、すごい、いっぱいでてる、すごく、気持ちいいっ……! こんなに気持ち良いのは初めてかもしれない。かちかちに張り詰めていたお腹が少しずつ軽くなっていくのがわかった。
強張っていた体から力が抜けて、ぽかんと口を開けていた。大きく呼吸を繰り返すと、それに合わせてお腹が上下する。まだまだおしっこは止まらなくて、ぶじゅぶじゅと吹き出し続けている。
おむつのように纏わりついているスライムさんはおしっこの温度か、生温かくなっていく。吸収するためか、ぐにゅぐにゅと脈打っていて、その感触は気持ち悪くて、でも気持ちいいような気もして、初めての感覚で自分でもよくわからない。
ただ、勢いよく出ているおしっこは本当に全部吸収してくれていて、服も鎧も濡れている様子は全くなかった。
じゅうじゅう、おしっこは勢いよく出ていて全然止まらない。この状態だと動くことも出来なくて、道端なので隠れる場所も見当たらない。立ち尽くしたまま、ただお腹が空っぽになるのを待つだけ。
早く終わって。こんなところに誰かが来たらっ……。一瞬頭に過ぎった嫌な想像を裏付けるかのように、背後から足音が聞こえた。
膝は震えていて、両足は根が生えたように動かない。肩越しに足音の方を振り向くと、この町の人だろうか、鎧を付けていない普段着の男性がこちらに歩いてきていた。
若い、おそらく歳の近い男性に、思わず背筋が伸びる。そうしている間にもじゅうじゅうおしっこは吹き出していて、スライムさんが密着して吸収しているとは言え、傍を通れば流石にバレるんじゃないかと思うと、怖くて体が震えた。
男性は私の隣を通り過ぎる。軽く会釈をしてくれたので、私も同じように軽く頭を下げる。お願いだから早く行って。そう願っていたのに、律義にも男性は足を止めた。
「旅の方ですか? こんな路地にいるなんて、もしかして迷いましたか?」
その言葉には純粋な善意を感じた。強張る顔で笑顔を作って、返事をする。頬が引きつるのがわかった。
「そ、そうなんです。あ、あのっ、大通りに行くには、どちらに行けば、い、良いのでしょうか?」
声が震える。お願い、早く遠くへ行って。せめておしっこを止めたいけれど、体は言うことを聞かない。幾分勢いは収まったけれど、それでもお腹にはまたたっぷり残っていて、しゅうしゅうと噴き出し続けて止まらない。
「やっぱりそうでしたか。大通りならこの道を引き返して、二つ目の角を左へ曲がって、しばらく歩けば見えてきますよ」
「ふ、二つ目の角、ですね。ありがとうございます、助かりました」
早口にそう言って、強張った両足を必死に動かした。頭を下げて、後ろを向いて、震える足で歩き出す。右足、左足、右足。その間にも、おしっこは止まらない。でも、立ち止まったら怪しまれると、何とか歩く。
もう頭も体もぐちゃぐちゃだった。それでも教えてもらった二つ目の角を曲がって、崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
後ろから誰かが来ている気配はなかった。さっきの男性は追いかけては来なかったらしい。それに安心して、大きく息が漏れた。強張っていた体から力が抜けた。
しゃがみ込むと、お腹に力が入る。安心したのもあって、もう抵抗するものは何もなく、おしっこが再び勢いを増す。じゅうじゅうと音を立てながら、お腹は空っぽになっていく。ああ、あっ、おしっこ、とまらない、気持ちいい……。頭がぼんやりとした。ただ、その場にしゃがみ込んでいることしか出来なかった。
最後の一滴を出し切ると、ああ、と声が漏れた。
で、た。全部、出た。お腹は空っぽになっていた。はち切れそうなお腹はぺたりとへこんでいた。はあはあと呼吸に合わせてお腹が上下する。
すっきりした。おしっこ、気持ちよかったぁっ……! 全身が熱く火照っていた。解放感と引き換えに、重い疲労が全身に纏わりついていた。震える膝で、何とか立ち上がる。
全身を満たす爽快感の中で、下着のように纏わりついたぐにゃぐにゃだけが不快だった。その感触の気持ち悪さに自然と身震いする。
「スライムさん、もう、大丈夫……」
声を掛けると、スライムさんはぐにゃぐにゃ動いて、肌を伝ってお腹の方へ上っていく。ぞくぞくと全身に鳥肌が立つような感触に、体が強張る。
スライムさんはそのまま外へ出てきた。両手を広げると、そこへぴょんと飛び乗る。いつもより幾分重くて、一回り大きくて、生温かかった。
スライムさんはぶよぶよと膨らんだり縮んだりを繰り返す。飲みものを飲んだ後と同じ動き。多分、吸収しているのだと思う。かあっと顔が熱くなった。
「あ、ありがとうございました、助かりました……」
恥ずかしさを堪えて、お礼を言う。スライムさんは体の一部を伸ばすと、いつものように手を作る。親指を立てて、グッドポーズ。……何がグッドなのか、聞く気力はなかった。
+++
人の多いところに出るまでは、スライムは手の平に乗せたままにした。
「さっきの人に話しかけられた時、恥ずかしくて死ぬかと思いました……」
歩きながら、少しずつ落ち着いてきたので、そんなことを言う。スライムさんは大丈夫だとでも言うかのように、手の上で小さく跳ねた。
「あの、スライムさんは大丈夫ですか? その、綺麗じゃないもの、体に入れたから、心配で」
気になって気になって仕方なかったので、人通りに出る前に聞いてみる。スライムさんは手を伸ばして、親指を立てる。二度目のグッドポーズ。
それがどういう意味でのグッドなのか、私にはわからない。気を使ってくれているのか、それとも水分なら本当に何でも大丈夫なのか。聞く勇気はない。
「でも、本当に助かりました。ありがとうございます」
スライムさんがいなかったら、多分おもらししてた。もし、思い切ってあの場で下着を下ろして排泄していたとしても、途中であの男性が通りかかっていたはずだ。想像するだけで、羞恥で死んでしまいそうになる。
スライムさんは気にするなと言うかのように手を振ると、その手で自分の体をべちべち叩く。真意はわからないけれど、多分、任せろ、みたいな意味だと思う。……何を任せろなのか、考えたくはなかった。二度とこんな思いはしたくなかった。
今後は絶対にトイレを済ませてから馬車に乗ろうと心に決めた。あと、水分は取り過ぎない。
大通りが近づいてきたので、スライムさんは定位置の胸へ移動した。ぽよぽよ揺れる胸がいつもより大きく感じるのはきっと気のせいという事にしておく。
スライムさんには言えないけれど、ちょっとだけ安心したこともある。
旅は色々困りごとがある。トイレの問題もそのひとつ。野外でもどこかで用が足せれば良いけれど、上手くいかないときもある。
そんな時、本当にどうしようもない時は、今回みたいにスライムさんに助けてもらうことが出来るとわかった。本当に最終手段だけれど、あるのとないのとは大違いだ。
それに、この方法なら今回みたいに馬車の中で催してしまっても、服の中に入ってもらって吸収してもらうことが出来そうだ。……想像して、再び顔が赤くなるのを感じた。
食料の問題もあった。仲間がいれば、その分、必要なものも増える。スライムさんは飲み物だけで良いとは言え、ふたり分の飲み物の確保が難しくなることだってあるだろう。
そんな時、スライムさんは、最悪、私の、その……、お、おしっこでも何とかなるという事だ。万が一の際はひとり分の水分で、私たちふたりともが何とかなる。
前向きな解決方法に安堵する反面、恥ずかしいのは変わりない。
万が一の手段のひとつにしておくだけで、出来ることならこんな機会は二度とないことを祈らずにはいられない。賑やかな大通りを歩きながら、そんなことばかり考えていた。
+++
宿に戻り、少しの休憩の後、夕食にした。私はサラダとパン、後何かのお肉を。スライムさんにはジンジャエール。それからふたり分のジュースを部屋のテーブルに並べて、夕食を始めた。
「スライムさんは飲みものだと何が好きですか?」
ジンジャーエールのボトルをひっくり返しているスライムさんに声を掛ける。
スライムさんはぶよぶよと体を膨らませたり萎めたり。何でも好き、と言っている気もする。気を使ってくれているかもしれないけれど。
「じゃあ、この中だとどれが好きですか?」
お水と、ジュースと、今飲み終えたジンジャーエール。そのボトルを三つ並べると、スライムさんはジュースのボトルをちょいちょいと突いた。
「甘い方が好きなのかな。これからはジュースメインにしましょうか。他にも何か気に入ったものがあったら教えてくださいね」
私がそう言うと、スライムさんは机の上でうにょうにょとこちらに近付く。食器を避けて傍まで寄ると、するすると伸びた体の先端が私のお腹をちょんちょん突いた。
それがどういう意味か考えようとして、すぐにわかった。かあっと顔が熱くなるのを感じた。
「そっ、それは、飲み物じゃ、ないっ、ですっ……!」
そう言っても、スライムさんは先端を広げて、お腹を撫でるように擦る。その感触はなんだか慈しむようで、つい絆されそうになるけれど、それだけは絶対に駄目だ。
「絶対、だめ、です! ばか!」
スライムさんはしゅんと萎むと、うごうご机の上を動いて、再びジンジャーエールのボトルまで戻った。
「……ちなみに聞きますけど、スライムさん的には、お、おしっこの方が、栄養がある、とかじゃないですよね」
今後のために、恥を忍んで聞いてみる。もし、本当はその方が栄養があるとか、調子が良くなるとか、そういう訳ならちゃんと考えないといけない。
スライムさんは再び体の一部をうねうね伸ばす。それから、ジンジャーエール、ジュース、お水、私のお腹と指差していく。
「えっと、栄養としては全部同じ、ってことで良いですか?」
その通りの丸印。それを見て、ほっとして、それからもう一度羞恥が込み上げた。
「じゃ、じゃあ、今後もジュースでお願いします!」
サラダの残りをフォークに突き刺して、口に運ぶ。スライムさんは伸ばした先端でもう一度私のお腹を撫でると、ゆっくりと縮めていく。なんだかそれが残念そうな仕草に見えて、余計に恥ずかしくなった。
この作品はノクターンノベルズとpixivにも掲載しております。
このサイト上にある画像・文章の複製・転載はご遠慮ください。
初出: 2021年8月15日(pixiv・サイト同時掲載) 掲載:2021年8月15日