雨が誘った旅立ち

 ぞくぞくと体を貫く悪寒が、胸の奥に隠されていた種火を燃え上がらせるのを感じた。
 窓から差し込んでいた西日は姿を潜め、部屋の中はいつの間にか薄暗くなっていた。外は小雨のせいか、いつもより暗い。

 時間と共に衝動は主張を強める。まだ駄目。もうちょっと。何度も繰り返した言葉を口の中で転がし、お茶と一緒に飲み込んだ。
 言葉は貯水庫にちゃぷっと落ち、波紋を作る。広がった波紋は全身を一瞬で掛け巡った後、水分の出口に切ない衝動として集結した。
 吐息と共に、あっ……と小さく声が漏れた。そわそわと落ち着きなく動く膝を両手で握りしめ、両足の間でぞわぞわと主張する切なさに耐える。まだ駄目だよ。言い聞かせるようにその言葉を唱えて、残りのお茶を一気に飲み干した。

 時間は夜の6時を少し過ぎたところだった。さーっと静かに鳴り続ける雨音を意識した瞬間、全身がびくっと震えた。
 雨音に誘われるように、お腹の中の水分がここから出せと暴れ出す。そんなに暴れないで。まだ駄目なんだから。お腹を庇うように体を丸め、何度か宥めようと両手でお腹を撫でる。
 お茶をたっぷりと注ぎ込んだお腹はふっくらと膨れていた。好奇心に誘われ、ほんの少しだけ手に力を入れる。普段の柔らかさは全く無く、かちかちで、分厚いゴム、例えば自転車のタイヤを触った時のようだ。

 もう少し、もう少しだけ。よくわからない誘惑に誘われて、手に力を入れてお腹を押す。押された部分はへこみを見せる。瞬間、出口に一気に水分が押し寄せるのを感じ、するのではなかったと後悔した。慌てて手から力を抜いたが、出口はきゅんきゅんと切ない衝動を強く訴えかけ続ける。
 駄目、駄目、駄目。体を丸めて、お腹を抱え、両手で少しでも楽になるようにと撫でる。じっとしていることが出来ず、両膝は開いたり閉じたりを勝手に繰り返していた。

 お願い、収まって。駄目、まだ駄目なの。太股を擦りあわせながら、私は無意識に部屋の中に視線を巡らせていた。
 過ごし慣れた薄暗い部屋。明かりをつけなくてもどこに何があるかはわかっていた。
 パソコンとキーボード、その横に置かれた空のペットボトルが2本、足下にはゴミ箱。無機質な茶色いフローリング、部屋の入り口、伸びた廊下。そして、何よりも見慣れた扉の先……! 

 その扉を見た瞬間、私は我を忘れていた。
 気付いた時には私は椅子から立ち上がっていた。そのまま歩き出そうとする足を慌てて制止する。そちらに気を取られている間に、思考が一気に緩む。もう駄目、もう行ってしまおうか。
 心が緩んだ隙を見過ごさずに、水分は一気に出口に押し寄せた。考えるより先に体が動いていた。気付いた時には右手が出口をぎゅうぎゅうと押さえていた。
 出ちゃう、出ちゃう、出ちゃう。それしか言葉を知らないかのように、同じ言葉が頭の中で回る。右手でそこを押さえながら、ただじっと見慣れた扉を見続けていた。

 雨音はいつの間にか大きくなって地面に打ちつけている。ばたばた、びちゃびちゃ。音に呼応して、貯水庫の水面が激しく波打つ。
 駄目、駄目、駄目、出ちゃう、おしっこ出ちゃう。部屋の中を当てもなくうろうろと歩き回る。おしっこしたい、凄くしたいの。もう行ってしまおうか。ゆっくり歩いても1分も掛からない。たった10歩、部屋から出て歩けばそれでたどり着ける。
 見慣れた扉の向こう、使いなれたお手洗い。行きたい、もう我慢できない、お手洗いに行きたい、おしっこしたい!

 叫び出したくなる衝動をぐっと飲み込む。駄目、まだ駄目。言い聞かせて、ふー、ふーっと熱い息を吐き出して、廊下へ行きたがる足を部屋の中に向ける。知らない。あんな扉知らない。行きたくない。まだ大丈夫なんだから。
 勝手に動きたがる足で部屋の中をさまよいながら、窓の外に目をやった。外は先ほどより暗くなり、大粒の雨が降り注いでいた。
 アパートの前の道を、自転車が1台駆け抜けていく。傘も差さず、大粒の雨でぼとぼとに濡れていることだろう。

 このまま、外に、行ってみようかな。

 雨と共に悪魔の囁きが降り注ぐ。自分の心臓がうるさいほど高鳴っていくのを感じた。
 これだけ雨が降っていれば出歩く人なんていない。例えいたとしても、薄暗いからよく見えるはずがない。
 傘を忘れた振りをして、濡れてしまえば――。
 雨音が、私の鼓動が激しくなって収まらない。天気が、私の呼吸が荒れる。景色に、私の思考にぼんやりと靄が掛かる。

 部屋着のTシャツの上から白いパーカーを羽織る。皺の寄ったグレーの膝丈スカートの埃を軽く払った。
 机の上に無造作に置かれていた鍵を手に取り、部屋から出た。玄関に一歩ずつ近付くにつれ、鼓動が大きくなっていく。見慣れた扉を通りすぎた時、全身がぞくっと震えた。大きく息を吐いて、衝動と鼓動を落ち着かせる。
 履きなれた黒いスニーカーに足を差し入れ、玄関の扉をゆっくりと押した。雨音が少し大きくなる。肩越しに部屋の中を見た。見慣れたはずの光景が随分遠くなったように感じた。
 傘は持たずに扉を閉めた。鍵を握った手が小さく震える。

 行ってきます。
 がちゃり、と鍵の掛かる音がやけに大きく聞こえた。

+++

 大粒の雨が降り注ぐ。髪が濡れて重くなる。衣服が雨を吸い込み、肌にぴったりと張り付いた。
 スカートに束の間だけ水玉模様が描かれたが、すぐに一色に染まった。水分を吸い込み、重くなった生地が足にまとわりついた。

 じっとしていると一気におしっこが押し寄せそうになる。何も考えずに兎に角足を進めた。
 どこに行こうかな。……どこで、しちゃおうかな。その光景を考えただけで胸が張り裂けそうだった。
 濡れるにつれて体が冷たくなっていく。冷えた体の中心で、たっぷりと溜められた水分が熱く沸き立っているのをありありと感じられた。
 長時間掛けてたっぷり溜められた熱い水は、早く出せとお腹の中で暴れ回る。切ない衝動のせいか、それとも冷えた体のせいか、全身が大きく震えた。

 寒い。けれど熱い。悪寒と高揚を感じながら、ただ真っ直ぐ歩き続ける。
 赤信号でいったん立ち止まると、その瞬間、一気に尿意が強まった。じっとしていると辛い。動いていたい。
 右を見ても左を見ても、車が来る気配は無かった。ごく僅かに躊躇したが、このままじっとしていると、ぐつぐつと温められた水分が一気に溢れ出しそうだった。
 小さく足踏みをしながら少しだけ待ち、そして耐えきれずに赤信号の横断歩道を渡る。車どころか人も来なかった。
 少し歩くと再び信号。赤信号だったけれど、やはり車も人もいない。こんな雨の中、出歩く人はやっぱりいないようだ。左右には注意しながら、今度は立ち止まらずにそのまま渡り切った。

 顔を伝う雨粒にも慣れてきた頃、公園が見えた。中を覗くと、当たり前だが誰もいない。滑り台やブランコに雨が降り注ぎ、砂場らしき場所は雨水が溜まって大きな水たまりになっている。
 ここで、しちゃおうかな。
 唾を飲み込み、公園に足を踏み入れる。全身ぐっしょりと濡れており、これ以上濡れるところは無いと言っても過言ではなかった。寒いはずなのに熱い。冷えきった体の中心で、膨れたお腹の中に溜められた熱湯が解放の瞬間を待ちわびているのを感じた。

 公園の奥まで足を進め、ぐるりと方向転換する。公園の入り口、その向こうの道路をぼんやりと眺めながら、自分の鼓動がどんどん高まるのを感じた。
 足を止めた瞬間、おしっこは一気に出口に押し寄せる。少しでも和らげようと小さく足踏みをするが、衝動はどんどんと大きくなっていく。とうとう堪えきれず、右手でスカートの上からぎゅうと出口を押さえてしまった。

 私は今、公園の真ん中で、子供みたいに出口をぎゅうぎゅう押さえている。もう押さえていないと溢れてしまいそうなくらい限界で、一分一秒でも早くお手洗いに行きたい。でも、この公園にはトイレが無い。
 トイレに行きたい、おしっこが出ちゃう、我慢できない。熱く火照った頭でただ同じ言葉を繰り返す。
 真っ直ぐ立っていることすら出来ない。ふっくらと膨れたお腹を抱えるようにお尻を突き出して前かがみになり、暴れる熱湯を宥める為に体を揺する。それでも全然収まらなくて、体をくねらせ、両手でぎゅうぎゅうと出口を押さえる。
 膝ががくがくと震える。寒いはずなのに熱い。全身が火照っている。
「あ、あっ、ああっ、」
 言葉にならない声が漏れだし、雨の中に消えていった。おしっこ出ちゃう、出ちゃう、もう駄目っ……! 短い息を繰り返し、私はぎゅうぎゅうと出口を押さえる。視界が霞む。頭がぼんやりする。
 もう駄目。我慢出来ない。おしっこ出ちゃう、私、公園で、おもらし、しちゃう……!

 視界が真っ白になり、体から力が抜け掛けた瞬間だった。
 ざあーっ!っと大きな音がした。一気に視界が明瞭になる。今まで聞こえなかった雨音が突然はっきり聞こえた。
 反射的に両手を出口から離し、その場から数歩後ずった。視線が音の方向、公園の入り口に釘付けになる。その先では大きなトラックが道路を走り抜けていった。

 それはほんの一瞬の出来事で、辺りはは再び雨音のみの世界になった。遠く感じた世界が一気に近付き、形を取り戻す。熱に浮かされていた思考が雨に冷やされ温度を失った。
 体がぶるっと震える。一瞬だけ消えていた尿意は再び形を取り戻し、強く切なく私に襲いかかった。耐えきれず、反射的に右手でぎゅうと出口を押さえた。

 やっぱり駄目……! 脳裏に先程のトラックが焼き付いていた。外に出てきたことを一瞬で後悔した。
 いくら雨が降っていようと、みられる可能性は充分にある。車は通る。人だって通る。今、この瞬間、誰かが公園にやってくる可能性だってある。
 帰ろう。帰らないと! 私は急ぎ足で公園を飛び出した。

+++

 一歩進むごとに、お腹の中で熱湯が揺れるのを感じる。先ほどまでは歩いていた方が楽だったのに、今はその振動が苦しい。
 早く、早く。必死に足を急かすが、大きく足を開けばそれだけで溢れてしまいそうで、ゆっくりとしか進むことが出来ない。
 ぐっしょりと濡れた服が体温を奪い、尿意をどんどん煽っていく。おしっこしたい、早く。こんなことなら出かけるのではなかった。大人しく部屋の中で我慢していれば良かった。どれだけ後悔しても今の状況は変わらない。
 大粒だった雨は徐々に勢いを弱め、今は小雨と言っても差支えない程度に降り注いでいる。

 一つ目の信号。赤色だったが、もうじっとしていられない。右を見て、左を見て。車は来ていない。立ち止まること無く、私は横断歩道を渡りきった。
 もう何でも良いから早く家に帰りたい。家に帰って、見慣れた扉を開けて、使い慣れたお手洗いでおしっこがしたい。あの時、お手洗いの扉を通り越えて玄関の扉を開けた自分の判断を、こんなに後悔するとは思わなかった。
 おしっこはお腹の中にたっぷりと溜められている。足を踏み出すことにちゃぷちゃぷと揺れ、その度に私は切ない衝動に身を捩る。早く、早く、おしっこしたい、お願い、早く。

 二つ目の信号。また赤信号だけど渡ってしまおう。そう思ったが、遠くから車が来るのが見え、仕方なく足を止める。
 たっぷり溜まったおしっこは揺れが収まると、今度は一気に真下の出口に押し寄せた。駄目、もうちょっとだからっ……! 膝をすり合わせて耐えるが、そんなことではもう収まらない。
 じゅわ、と出口が熱くなるのを感じ、反射的に右手で出口をぎゅうと押さえた。スカートの上からぐいぐいと出口を押さえるが、衝動は収まらない。
 駄目、まだ駄目なの、もうちょっと我慢しないと駄目だからっ……。頭ではわかるのに、体は言うことを聞かずにおしっこを排出しようとする。
 出口が再び熱くなり、ぐっと奥歯を噛みしめる。寒いはずなのに、全身が茹で上がったように暑かった。

 目の前を車が横切る。信号はまだ赤。でも渡っちゃおう。そう思ったのに、再び車が向こうからやって来るのが見えた。
 お願い、渡らせてよ。この信号を越えたら、アパートまでもうすぐなのに。泣きそうになりながら車を見つめる。真っ直ぐ立っていることも辛く、前かがみになってしまう。それでも辛くて、小さく足踏みを繰り返す。手を出口から離すこともできない。

 こんな格好してたらばれちゃう。頭ではわかるけれど、わかってもどうしようもない。
 少しでも手を離したら、足を止めたら、お腹を伸ばしたら、それだけでおしっこが一気に溢れだしてしまう。そんなことになったら……! 想像するだけで全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。そんなの駄目。我慢、我慢するの。絶対我慢しないと。

 先程見えた車が前を横切った。お願い、早く信号変わって。どれだけ見つめても信号は色を変えない。お願い、もう駄目、本当に駄目。トイレ行きたい、おしっこしたい! 声に出して叫びたくなるのをぐっと堪え、ただただ前を見つめる。

 後ろで、ばしゃっと音が聞こえた。肩越しに見ると、私が歩いてきた方向から車が近づいてくるのが見えた。
 血の気が一気に引いた。信号はまだ変わらない。違う、何でもないです、私、別に何も我慢してない。平気なんだから。
 車はゆるゆるとスピードを落とし、私の隣で停車した。まだ信号は赤。
 じゅわっと出口が熱くなる。寒いのに熱い。駄目、出ちゃう、お願い、早く。駄目、出ちゃう、押さえないと。でも押さえたらばれちゃう。どうしよう、どうしよう、どうしよう。出ちゃう、おしっこ出ちゃう。信号はまだ変わらない。お願い、早く、もう本当にっ……!

 膝ががくがくと震える。出ちゃう、出ちゃう、おしっこ出ちゃう、駄目、もう……! じゅわあっと出口が熱くなるのを感じる。手が勝手に出口を押さえた。スカートの上からぐいぐいと押さえるが、止まらない。じゅわ、じゅわと、熱湯が、熱いおしっこが溢れ出す。
 あ、ああ、だめ、だめっ、だめっ……! 両手で強くぎゅうと押さえる。でも収まらない、止まらない、駄目、溢れちゃう、おしっこ出ちゃう。
 出口が、押さえている手が熱い。

 足から力が抜け、その場にしゃがみ込む。駄目、まだ駄目、我慢しないといけないのに。出ちゃう、おしっこ、もう駄目、おしっこ出る、出ちゃう。

 じゅー、とくぐもった音がする。おしっこ出てる、噴き出して、下着にじゅーって当たっている。雨なんて比べ物にならないくらい大きな音だ。駄目、聞こえちゃう、でも止まらない。押さえても全然止まらない。びちゃびちゃと雨音よりずっと大きな音が辺りに響いている。
 おしっこ、いっぱい出てる。全然止まらない。熱い。手が、お尻が温かい。気持ちいい。おしっこ温かい。
 真っ白な世界。びちゃびちゃとおしっこの音。おしっこ出ちゃった。それしか考えられなかった。

 いつの間にか雨は止んでいた。お尻から滴る水滴が水たまりに落ち、ぴちゃぴちゃと音を立てる。
 隣にもう車は無かった。信号は青に変わっていた。

 ゆっくりと立ち上がる。足ががくがくと震えた。同じように、胸がばくばくとこれ以上無いほど高鳴っていた。
 足元には水たまりが広がっている。雨のせいに見えないこともない水たまり。でも、私にはそれが何故出来たのかわかっている。
 ……やっちゃった。お漏らししちゃった。外でお漏らししちゃった。
 見られたかもしれない。あの子、おしっこ我慢できずに、外でおもらししてるって思われたかもしれない。

 青信号の横断歩道をゆっくりと渡る。
 今まで感じたことの無い胸の高鳴りを感じる。荒い呼吸が、荒い鼓動が収まらない。苦しいほどの鼓動。寒いはずなのに熱い。
 帰ろう。……私、ちゃんと帰ることが出来るかな。高揚の中に不安がぼんやりと浮かぶ。不安なはずなのに、つい笑ってしまいたくなるような不思議な気持ち。

 もう、帰れないかも。ポケットの中で鍵が擦れた気がした。

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初出:2016年8月10日(pixiv) 掲載:2022年7月30日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。