課外授業として、今日は少し離れた芸術ホールに芸術鑑賞に来ていた。映画館のような柔らかな座席に座って劇を観るのは、普段の授業とは違う刺激があった。
ホールは冷房がよく聞いていた。今日は天気が良く、駅から少し離れたこのホールに辿り着くころには薄く汗をかいていて、初めはひんやりとした空気が心地よかった。でも、いざ劇が始まり、身動きが出来ない状態になると、それは寒すぎるくらいで、体がどんどん冷えていくのを感じた。
寒さに身を強張らせていると、じわじわと込み上げるものに気付いた。道中でお茶のペットボトルを買って飲んだ。到着してから、残りを飲み干した。体が冷えたから、催してしまったみたいだ。
劇が終わったら行こうとその時は思った。でも、少し気になる程度だった尿意はひんやりした空気のせいか、どんどん強まっていく。
じっと座っていると、お腹の下の方に重く溜まったものを嫌でも感じた。そっとズボンの上からそこを撫でて、とにかく今は我慢する。照明が落ちているおかげで、周りが薄暗くて良かったとこっそり思った。
我慢、我慢、我慢。頭の中で繰り返す。手はお腹の上に乗せたまま、下腹部をそっと温める。でもその手の下で膀胱がどんどん膨らんでいるのがよくわかった。どうしよう、トイレ、結構行きたい。先程取った水分がどんどん膀胱に送られているように感じる。
学校を出る前、トイレには行かなかった。ホールに到着した時、少しだけ尿意はあったけれど、トイレには行列が出来ていたので、真っすぐ座席に向かった。こんなことになるなら並んででもトイレに行っておけば良かったと思った。
トイレに行きたい。さり気なく膝を擦り合わせて、込み上げる欲求から何とか意識を逸らす。舞台上で繰り広げられる劇はもうストーリーがわからなくなってしまっていた。トイレ、トイレに行きたい。お腹を撫でて、欲求を少しでも落ち着けようとする。無理にでも劇に集中すれば何とかなると思ったけれど、頭の中はトイレのことでいっぱいで、全然集中出来ない。
はあ、と静かに息を吐く。ステージから横の通路にさり気なく視線を移す。薄暗い中、非常口の緑色のランプが点灯しているのがよく見えた。
トイレ、行ってしまおうか。そう思ったけれど、すぐにその考えを消す。場所は違えと、これも授業みたいなものだ。途中でトイレに立つなんて良くない。ちゃんと終わるまで我慢しないと。そう思いながらも舞台上のことは全く頭に入らず、ただただ終わった後にトイレに行くことしか考えられなかった。
ふう、ふうと静かに呼吸を繰り返す。トイレ、トイレ行きたい、はやく、はやく。劇をじっと見つめながらも、内容は全くわからない。ただ、その幕が下りて、終了の合図があるのを聞き逃さないが為の行動だった。
じっとしていると辛くて、両足がそわそわと動く。両手は膝の上で固く握りしめていた。ああ、トイレ、トイレ、トイレっ……! じわじわと体の内側から込み上げた感覚が暴れる。
お腹は苦しいほどに膨らんでいる。たぷん、と膀胱いっぱいにおしっこが溜まっているのがわかる。はやくトイレ行きたい、おしっこしたい、はやくはやくはやくっ……。
ぶるり、と体が震える。膀胱が震えて、中身を押し出そうとする。固く閉じた出口を抉じ開けるような感覚に、全身に力が籠った。あ、あ、だめ、我慢、我慢、我慢っ……! 学ランのズボンの上で痛い程握りしめた手は白く震えていた。
は、は、と呼吸を繰り返して、必死に我慢する。ああ、トイレ、おしっこっ……! 視線が非常口に向く。トイレ行きたい、おしっこしたいっ……! 腰が浮く。そのまま立ち上がって、非常口を出て、トイレに行きたい。でも、まだ劇は終わっていない。ぐっと息を呑んで、柔らかな椅子に座りなおして、大きく息を吐いた。
もう、結構時間が経ったはず。もうすぐ終わる、もうちょっとだから、我慢、我慢しないとっ。頭の中はトイレのことしかない。
終わった瞬間、何でも良いからトイレに行こう。だから、もうちょっとだけ我慢、我慢っ。そう思うのとは裏腹に、体はもう限界だと悲鳴を上げていた。おしっこがしたくて、出したくてたまらない。ゆっくりと深い呼吸を繰り返して、必死にその衝動を押し留める。
まだ舞台では劇が続いている。もう少し、もうちょっとで終わるはず。舞台を穴が開くほどに見つめながら、必死に我慢を繰り返す。
お願い、トイレ、はやくトイレ行かせて、お願いだからトイレ、おしっこっ……! じっとしていられず、時折お尻を浮かせて座りなおす。
両足はぴたりと寄せて、ゆらゆらと揺れてを繰り返す。膝の上で握りしめていた手は開いて、ズボンの上から太ももを握り締めていた。
体が熱い。火照った体をひんやりとした空気が冷やす。その瞬間、悪寒が走ってぶるりと体が震えた。
「っあ……!」
その衝動に小さく声が漏れた。ぞわぞわと嫌な感覚が波のように押し寄せる。膀胱は破裂しそうなほどに膨らんでいて、中身をぎゅうと押し出す。先端に向かっておしっこが押し寄せる感覚に、体が震えた。
だ、めっ、だめだめだめ、我慢、我慢、おしっこ、あ、あっ……! 体が強張る。必死に我慢しているのに、固く塞いでいるはずの出口に向かっておしっこが押し寄せる。
咄嗟に、太腿を握っていた手がズボンの中央に伸びていた。柔らかな布地の上から、出口をぎゅうっと握って物理的に塞ぐ。ぎゅ、ぎゅと繰り返し揉んで、荒れ狂う衝動を何とか誤魔化す。じわり、と先端が熱く濡れている気がするのはきっと気のせいだ。
トイレ、トイレトイレトイレ、おしっこ、おしっこしたい、はやく、はやくぅっ……! ぎゅうぎゅうズボンの前を押さえたまま、顔を上げる。舞台の上はまだ明るく、人が動いている。声が響くけれど、何を言っているのか全然わからない。ただ、まだ劇が続いていることだけは確かだった。
暗いとは言え、すぐそこには他の人がいる。そろそろと手を離して、再び膝の上に戻す。お腹を刺激しないように、出来るだけ浅く呼吸を繰り返す。おしっこ、おしっこしたい、トイレ、お願い、はやく終わってっ……! そうやって願っている間にも、一度は引いた波がまた押し寄せる。
あ、あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこしたい、おしっこっ……! 太腿を握りしめて必死に我慢するけれど、全然治まらない。熱いおしっこが固く閉じている出口に押し寄せる。あ、あ、あっ、あっ……! 熱い液体が隙間を縫うように押し出される。じゅわあ、と熱いおしっこが噴き出して、下着を濡らした。
咄嗟にズボンの上から出口を握る。あっ、ああ、やだ、おしっこ、おしっこでる、おしっこ、おしっこっ……! ぎゅうぎゅう塞いで、揉んで、必死に我慢するけれど、おしっこがしたいのは全然落ち着かない。下着がじっとり濡れているのがズボン越しでもわかった。
トイレ、お願いトイレ、もう無理、我慢できない、おしっこ、おしっこでる、でるっ……! ばたばたと両足を動かし、両手はズボンの上から出口をぎゅうぎゅう塞いで、もう溢れてしまいそうなおしっこを必死に堪える。
膀胱はこれ以上ない程に押し広げられて、中身が詰め込まれている。ずっしり重いお腹。ここにおしっこがたっぷりと溜まっている。苦しい。出したい。出したくてたまらない。
ふうふうと呼吸を繰り返す。手はズボンの前から離せない。おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ……! もう無理、本当に無理。自然と目が非常口に向いた。トイレ、行こう、もう本当に我慢できない。震える足に力を入れて、重い腰を持ち上げる。その瞬間、薄暗かったホールがじんわりと明るさを取り戻していった。
慌てて手を離して、座席に座りなおす。静かだった空間が次第に賑やかになり始める。そして、終了のアナウンスがホールに響き渡った。
終わった、やっと終わった。……トイレ、トイレトイレトイレっ! 隣が席を立つのを待ちきれず、自分の鞄を抱えて、その前を強引に通る。通路に出て、そのまま非常口の方へ早足に向かった。
スタッフの人が開けた扉から外へ飛び出す。ロビーのような広い空間に出て、辺りを見回す。トイレ、トイレどこ、トイレ、おしっこ……! 右は突き当りで何もない。左は廊下が伸びている。とにかくそちらへ走り出すとトイレの表示が見えて、それに従って廊下の角を曲がる。
その先も廊下が伸びていた。その奥に、待ち望んだ場所が見えた。すぐにでも駆け込みたいのに、それは出来なかった。
扉の無いトイレから人の列が廊下にまで伸びていた。女子の行列はともかく、男子の方まで人がずらりと並んでいて、見えるだけでも十人以上。中にも待っている人がいるかもしれない。どうしよう、こんなに待つ、なんて。列を見つめたまま立ち尽くしていると、自分の後ろから学生が数人現れて、列の最後尾に並ぶ。こうしている間にも待ち時間が増えてしまった。
どうしよう、どうしよう。もう膀胱は限界で、お腹にずっしり溜まったおしっこが今にも溢れてしまいそう。立ち尽くしている間にも鈍く重く体の中で響く感覚は段々と強まっていて、両足を擦り合わせてその衝動を必死に堪える。
無理、こんなに待てない、絶対無理! 泣きそうになりながら、列に背を向けて来た道を戻った。ホールの入り口まで来て、他のトイレが無いかと探してみたけれど見当たらない。出口がじいんとして、熱いおしっこが込み上げる。あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこっ……! 鞄を握りしめて、震える足を動かして、芸術ホールの入り口から外へと飛び出した。
課外学習後は現地解散となっていた。他の学生は数人で連れ立って、駅やバス停の方へ歩いていく。トイレ、どこかトイレ、トイレっ……! 辺りを見回しても、コンビニや公衆トイレは見つからない。
ぶるりと体が震える。じわり、と熱い雫が滲む感覚に、下着がじわりと熱く濡れる感覚に鳥肌が立つ。あ、あ、あ、だめ、トイレ、トイレ、トイレっ……! 心が引き千切られそうになりながら、足を動かす。
駅。そうだ、駅ならトイレがある。そこまで我慢、我慢しないとっ……! ゆっくり歩いていく人を追い越して、とにかく前に進む。トイレ、おしっこ、おしっこっ……! 泣き出しそうになりながら、日差しの下、駅までの道をひたすら歩いた。
+++
嫌な思い出が頭に過った。まだ幼かった頃。公園で友達と遊んでいた時、トイレに行きたくなった。でも、恥ずかしくて言い出せなかった。そのまま、我慢して、我慢して、我慢して。門限まであと少しというところで公園を出た。途中まで友達と話しながら歩いて、いつもの交差点で手を振って別れる。
友達が背中を向けた瞬間、俺は来た道を駆け足で引き返していた。家までなんて絶対我慢できない。公園にはトイレがあるからそこまで戻るつもりだった。
大した事無い距離なのに、その日はずいぶん長く感じた。途中で、おしっこが出口にぎゅううっと押し寄せて、出てしまいそうになって、慌ててズボンの上から先端を握った。恥ずかしい格好だったけれど、もう、そうしていないと我慢できなかった。
公園までの道中、何人かとすれ違ったけれど、手は離せなかった。恥ずかしくて、でもおしっこがしたくてたまらなくて、二重の意味で泣きそうになりながらとにかく走った。
おしっこは、じゅわ、じゅ、とちょっとずつ出て、下着を濡らしていた。それでも必死に我慢しながら、ちょっとちびりながらも、何とか公園に戻ることが出来た。
夕暮れ時の公園にはまだ疎らに人がいた。ズボンの前をぎゅうぎゅうと押さえたまま飛び込んできた俺に、視線が集まるのがわかる。恥ずかしくて泣きそうになりながら、でも手は離せなくて、両手でぎゅううっと出口を押さえたまま、待ち望んだトイレに駆け込んだ。
公園のトイレは薄暗くて、綺麗ではなかった。でも今はそんなこと構っていられない。奥には個室と清掃用具入れ。そして手前には手洗い場と、その隣には床から壁に向かって伸びた白い小便器がひとつ。そこに飛びつきたかったけれど、できなかった。
既に小便器の前には人がいた。自分より少し年上の男の子がズボンの前を寛げている。彼は驚いたようにこちらを見た。そして、じょぼぼぼ、と気持ちよさそうな水音が聞こえた。
その音に、俺の手の中がじゅわあっと熱くなる。
『あっ、あっ、あ、あっ……!』
痛くなるくらい、出口をぎゅううっと押さえる。目の前で始まったおしっこはとても気持ちよさそうで、水音はお腹を刺激して、我慢しているはずなのに、じゅ、じゅわ、とおしっこを引き出してしまう。
だめ、おしっこ、おしっこでる、でちゃう、だめ、だめぇっ……! 頭の中はぐちゃぐちゃだった。訳も分からず、トイレから外へ飛び出す。公園にいる人の視線が向いたけれど、構ってられない。ぐしょぐしょに濡れたズボンの前を握りしめながら、トイレの裏側に回った。
陰になった空間。人はいない。もうなりふり構っていられなかった。片手でズボンの前を下ろしながら、反対の手を中に入れる。出口からはしゅるしゅるとおしっこが出始めていて、俺はもう泣きながらそれを引っ張り出した。
ぴちゃぴちゃと手がおしっこに濡れる。その先端が灰色の壁に向く。しょろ、しょろと細く噴き出していたおしっこが壁に当たって、雫を撒き散らす。
『ぁ、あっ』
声が漏れると同時に、噴き出していたおしっこは勢いを強めた。ぶじゅううう! と野太い水音が響き渡り、太い水流が壁に当たる。びちゃびちゃびちゃ! と激しく飛沫を撒き散らしながら、お腹を膨らませていたおしっこをやっと出すことが出来た。
背筋にぞくぞくした快感が走る。頭が痺れるような心地よさに、熱い溜め息が漏れていた。支える手は小さく震えていて、それに合わせて水流もゆらゆらと揺れる。灰色の壁は黒く色を変えて、地面には大きな水たまりが広がっていた。
たっぷり時間を掛けて、やっとおしっこの勢いは収まる。最後に数度残ったおしっこを噴き出して、やっと荒れ狂う尿意は落ち着きを取り戻した。はあはあと大きく呼吸を繰り返し、肩を上下させながら、動くことも出来ずにその場に立ち尽くしていた。
気持ち良さが少しずつ薄れていき、それと入れ替わるように羞恥が込み上げた。立ちション、しちゃったっ……! しかも公園にはまだ人がいる。ぎゅうぎゅう前を押さえたままトイレに駆け込むところも、トイレの裏に駆け込むところも見られているはずだ。きっと、今のおしっこの音も全部聞こえてしまっているに違いない。
顔が熱い。恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。すっきり爽快な気持ちと、身を焦がすような羞恥が体の中で渦巻く。恥ずかしくて顔を伏せると、足元と壁が大きく濡れて色を変えていて、更に羞恥が増した。
とにかくこの場所を離れようと、下ろしていた下着とズボンを上げる。下着はぐっしょりと濡れて色を変えていて、それどころかズボンもしっとりと湿っていた。外から見た分にはわからないと思うけれど、濡れた下着は肌にぴたりと張り付いて、その妙な冷たさが気持ち悪い。
恐る恐るトイレの裏から顔を出すと、公園にはまだ何人かがいた。ベンチに座っていた男性の視線がこちらに向いて、ばちりと目が合う。その瞬間、恥ずかしくて、思いっきり走って公園から飛び出した。
+++
あんなことは二度と駄目だ。立ちションなんて、絶対に駄目だ。あの時のことを思い出しただけで恥ずかしくてたまらなくなる。
いつの間にか人の姿はまばらになっていた。記憶を頼りにとにかく前に進むけれど、なかなか駅が見えてこない。地下鉄だったので地下への降り口を探すけれど、その表示は全然見つからない。
行きもそれなりには歩いたけれど、こんなに距離があっただろうか。見落としてしまったかと不安になりながらもじっとはしていられなくて、とにかく前に進む。
ああ、だめ、おしっこ、おしっこしたい、おしっこ、おしっこっ……! 鞄をぎゅうと握りしめて、震える足を動かす。一歩踏み出すごとに、下腹部で重い塊がたぷんと揺れるのがわかる。膀胱はもう限界まで膨らんでいて、中には飲んだ水分がこれでもかと詰め込まれている。水風船は重くずっしりとしていて、早く中身を出したくてたまらない。
正面には信号がある。タイミングが悪いことに、赤色へ変わった瞬間を見てしまう。だめ、立ち止まると、絶対だめ、でる、でちゃう。適当な道を曲がって、とにかく立ち止まらずに歩き続ける。
トイレ、おしっこ、本当にだめ、もうむり、おしっこ、おしっこしたい、でる、でちゃうっ……! 歩いていると荒れ狂う尿意を少しだけ紛らわせるけれど、もう本当に限界だ。膀胱は破裂寸前、おしっこを出したくて出したくてたまらない。
知らない道を歩いて、歩いて、歩いて。正面が行き止まりだったので、適当な方向へ曲がる。そうしていると、いつの間にか裏通りのような場所に迷い込んでいた。人の姿は全くなかった。
体がぶるりと震える。うあ、あ、だめ、おしっこ、おしっこでる、でるっ……! 熱いおしっこが出口に向かって上り詰める。先端から、じゅわあ、と噴き出して、下着が濡れる。
咄嗟にズボンの上から出口をぎゅうぎゅうと押さえた。ズボン越しでも中が濡れているのがわかる。じっとり張り付いた下着の気持ち悪さに鳥肌が立つ。でも、お腹の中にはこれと比較にならない程におしっこが溜まっている。
裏通りには人の気配が全くなかった。左右に並ぶのは小さなビルばかりで、駅の入り口は全く見つからない。せめて、トイレが借りられそうな場所を探すけれど、シャッターの閉まった居酒屋や荷物の積まれたシャッターばかりで、そんな場所は全くない。
どうしよう、おしっこ、もう無理、本当に無理っ。片手でぐにぐにと出口を揉みながらとにかく歩く。数歩ごとにじゅわ、じゅ、とおしっこが先端から滲む。もう泣きたい気分で、目尻がかあっと熱くなっていた。こんなことなら芸術ホールのトイレに並べば良かった。それなら今頃はちゃんと済ませられていたはずなのに。
おしっこ、おしっこでる、でちゃうっ……! まう、いっそ、どこかの陰で。頭に過った悪い考えがどんどん大きくなっていく。立ちションなんて、良くない。そう思いながらも、視線がビルの隅へ向いてしまう。
あの、隅なら。あそこに隠れて、なら。あの電信柱の傍、なら。考えるだけでぞくぞくと悪寒が走る。出したい、おしっこ出したい、おしっこ、おしっこっ……!
もう本当に限界で、ぎゅうぎゅう押さえる出口はびしょびしょで。漏らしてしまう、と頭の隅に過る。それだけは嫌だ、絶対に駄目だ。でも、立ちションするなんて、そんなのっ……!
どうしよう、どうしよう。頭の中はぐちゃぐちゃで、疼く出口をぎゅううっと押さえたまま、そろそろと前に進む。
また体が震えて、じゅわあ、と手の中が温かくなる。あ、あ、あ、だめ、おしっこ、おしっこっ……! もう駄目、むり、もれる、おしっこっ……! もう駄目なんて言ってられない。このままだと漏らしてしまう。
意を決して、鞄から手を離した。どさ、と地面に鞄が落ちると同時に、空いた手は吸い寄せられるようにズボンの前へ向かう。ベルトに指を掛けて、辺りを見回す。どこか、隠れられる場所、おしっこ出来る場所、どこでもいい、おしっこ、おしっこっ……!
立ちションできる場所を見つけようとして、目にカラフルなものが映った。灰色の色褪せた建物の中で、ひとつカラフルに輝いた場所。何度も何度も見たことがあるものに、ベルトに手を掛けたまま駆け出していた。
向こうのビルの一階に見えたのはコンビニだった。そこならトイレを借りることができる。片手はベルトの金具に触ったまま、反対の手はズボンの上から出口をぎゅうぎゅうと押さえたまま、小走りにその場所へ駆け寄る。鞄をそこに置いたままだという事にも気付かなかった。
膨らんだお腹を抱えるように、腰が引ける。早く走りたいけれどもう限界で、気持ちだけが前に進む。それを何とか追いかけて、店の入り口の自動ドアへ辿り着く。ドアの開くスピードがやけに遅く見えて、僅かに開いた隙間に滑り込むように店の中へ飛び込んだ。
冷房のよく利いた店内で、額に浮いた汗が冷やされた。ぶるりと体が震えて、また手の中が熱く濡れる。あ、ああ、だめ、おしっこでる、トイレ、トイレどこっ……! 奥へ進みながら辺りを見回すと、レジにいた男性店員と目が合った。眠たげな目が驚いて丸くなり、こちらに向けられる。
「あ、あ、あのっ、トイレっ……!」
「……あっ、あっちですっ」
縺れた舌で何とか聞くと、それを遮るように店員が奥を指差す。そちらを向くと扉があって、引き寄せられるようにそのまま駆け寄る。ズボンの前をぎゅうぎゅうと押さえて、溢れそうなおしっこを必死に押し留めながら、反対の手で扉を開けて、中に飛び込んだ。
正面にはもう一枚扉があった。それから洗面台。この奥が待ち望んだトイレだとすぐにわかった。足踏みを繰り返しながら、片手を扉に伸ばす。開けて、中に飛び込んで、ズボンを下ろして。頭の中で描いていた一連の行動は一手目で躓いた。
扉が開かない。鍵が掛かっている。さっと血の気が引くのを感じた。嘘だ、やっと辿り着いたのに。膝が震える。押さえている出口からぶじゅ、とおしっこが噴き出して、下着を熱く濡らす。
「っあ、あ、やだ、トイレ、おしっこっ……!」
言葉がひとりでに飛び出す。もうむり、本当にむり、我慢できない、おしっこ、おしっこでる、でちゃう、おしっこ、おしっこっ……! お尻を突き出し、足踏みを繰り返し、ぎゅうぎゅうと出口を揉んで、千切れそうな思いで必死に堪えるけれど、もう本当の本当に限界だ。おしっこ、おしっこでる、でちゃう、もうむり、おしっこ、おしっこっ……!
扉を開けようとした手を握りしめて、扉を叩いた。どんどんどん! と大きな音が狭い空間に響く。頼む、お願いだから出てきて、トイレを使わせて。もう我慢できない、本当に無理だから、お願い、お願いはやく、おしっこ、おしっこっ……!
ノックの後、すぐに水を流す音が聞こえた。その音に、安心したのは一瞬。水音は呼び水のようにお腹をきゅううっと刺激して、おしっこが先端に向かって押し寄せる。
「あ、あ、あっ、あ、ああぁっ……!」
足踏みをして、膝を擦り合わせて、上下に揺れながら必死に我慢するけれど、もう全然治まらない。泣きそうになりながら、ベルトの金具を外し、ゆとりの出来たウエスト部分から手を突っ込む。下着越しにぐにぐにととにかく揉んで、おしっこを必死に押し留める。
もう下着はぐしょぐしょ、ズボンまで濡れてしまっている。それでもまだ全部出てない。おもらしだけは嫌だと、ほとんど泣きながら体の内側で荒れ狂う尿意に必死に抵抗する。
まだ中の人は出てこない。もう一度、扉を叩く。 出る、出る出る出る、おしっこ、おしっこでるからはやく、お願いはやくっ……! 上手く息が出来なくて苦しい。おしっこ、おしっこしたい、はやく、はやくはやくはやくっ、おしっこ、おしっこっ……!
がちゃ、と鍵が空く音がした。お尻を突き出して前屈みになって、ズボンの中に手を突っ込んだまま、顔を上げる。
開いた、中に入れる、トイレ、おしっこ、おしっこっ……! 気が緩んだのか、全身がぶるりと震えた。あ、あ、あっ、だめ、だめだめだめだめっ、おしっこっ……! ぐにぐに揉む手の中、先端に向かって熱いおしっこが満たされていく。ぶじゅう、とおしっこが溢れる。必死に塞ぐけれど、ぶじゅ、じゅうと噴き出しては止まり、また噴き出す。
だめ、でる、おしっこでる、でるっ……! 全身が焼けるように熱い。熱いおしっこが手を濡らす。太腿を伝って、ふくらはぎを伝って、靴下に染みるのを感じる。
「ぁ、あ、あ、あっ……!」
扉が開く。中から人が出てくる。それを押しのけるようにして、そのまま中へ飛び込んだ。足踏みを繰り返しながら、後ろ手に扉を閉めた。
じわじわ溢れるおしっこは止まらない。あ、あ、やだ、おしっこ、おしっこ、あ、あ、あああっ……! 息が苦しい。は、は、と短く呼吸を繰り返しながら、ズボンの前を下ろす。震える手でびしょびしょに濡れた下着から引っ張り出した。
既にしょろしょろと細くおしっこが出ていた。がくがくと大きく震える手でその先を白い便器の中に向ける。ちょぽぽぽ、と細い水音が響く。は、は、と短い呼吸を繰り返してから、ごくりと唾液を飲み込んだ。
ぶしぃぃぃぃ!
一瞬止まってから、鋭い水音が響き渡った。荒かった呼吸は一度止まって、それから大きく息が吐き出される。
「あぁ、あ、ぁ、はああぁ……!」
息に乗った声は甘く蕩けていた。
限界を超えたおしっこは気持ちよすぎて、快感が体の中を駆け抜ける。破裂寸前の膀胱から噴き出したおしっこは大きな水音を響かせて、太い水流となって噴き出して止まらない。
あ、ああ、でた、おしっこ、おしっこできた、やっとできたぁっ……! 手と足が震える。ぽかんと口を開けて、空を見つめていた。もう何もわからなかった。頭が真っ白で、ただただ気持ち良さだけが全身を満たしていく。
頭の芯がじいんと痺れる。気持ち良い。それしか自分の内側にはなかった。溶けてしまいそうな快感に、膝ががくがくと震えた。深い溜め息を吐き出す。安堵からか、涙が零れて頬を伝った。
重いお腹は段々と軽くなっていく。我慢しすぎたのか、おしっこは全然止まらない。爽快感と解放感が駆け抜けて、少しずつ落ち着きを取り戻してきても、まだおしっこはじゅううと噴き出していた。
こんなに出したのに、まだお腹に残っている。我慢、しすぎた。自分でも恥ずかしくなるくらいたっぷり出ている。こんなに我慢したのは、公園で立ちションしてしまったあの時以来かもしれない。いや、あの時よりも今日の方が我慢したかも。
終わらないんじゃないかと少しだけ不安になったけれど、たっぷり時間を掛けておしっこは終わった。はあ、はあと荒い呼吸を繰り返しながら、ぼんやりした頭で空を見つめていた。
余韻でぶるりと体が震える。おしっこ、でた。すっきりとした爽快感で、あれだけ重かった体は驚くくらい軽く感じた。気持ちよかった。全身が火照っていて、顔が熱い。頬に伝う涙か汗かわからないものを、肩で拭った。
服装を整えようとして、下着がぐっしょりと濡れていることに気付いた。それどころかズボンも濡れて、スニーカーの中では靴下がじっとり湿っているように感じる。ふと足元を見ると、僅かに水たまりが出来ていた。
間に合った、けど、どうしよう。着替えはない。仕方なくトイレットペーパーで下着の水分を拭き取ろうとしてみるけれど、ほとんど意味がなさそうだった。それでもある程度拭き取って、濡れた下着を履きなおす。気持ち悪かったけれど、ぐっと奥歯を噛んで堪えた。
学ランの黒いズボンは濡れても色は変わらない。外から見た分にはわからないと思う。でも手で触れるとしっとりと濡れているのがわかった。その部分もトイレットペーパーで拭いてから、ベルトを締めなおした。
最後にトイレットペーパーを取ってしゃがみ込み、床の水溜まりを拭く。こんなことなら、あのトイレの列に並んでおいた方が良かったかもしれない。そもそも、事前にちゃんとトイレを済ませておくべきだった。そうしたらこんなに我慢することにならなかったのに。
軽くなった頭に後悔が重く圧し掛かる。じわりと涙が浮かぶが、その瞬間、どんどんどん! と激しく扉がノックされて、驚きで涙が引っ込んだ。
誰かが外で待っている。慌てて床を拭き終えて、ペーパーをトイレの中へ捨てる。それから濡れた手も拭っていると、再び扉がノックされた。どんどんどんどん! 扉が破られてしまいそうな勢いに、大変だと慌ててトイレの水を流した。
扉を開けると、男の人がこちらを押し退けるように飛び込んできた。細身で今時のかっこいい感じの男の人だった。茶色い髪の下で、端正な顔が苦しそうに歪められていた。
慌てて横をすり抜けるように外へ出る。男性は前屈みの状態で中へ飛び込む。後ろに突き出したお尻を片手で押さえているのが見えてしまって、慌てて目を逸らした。
ばたん! と勢いよく扉を閉める音。それからがちゃ、がちゃと鍵を掛ける音が聞こえる。出来るだけ聞かないようにしながら濡れた手を洗う。鞄からタオルを出そうとして、鞄が見つからない。もしかして個室の中に置き忘れたかと思ったけれど、すぐに思い出した。道の真ん中に投げ捨てたままだ。すぐに拾いに行かないと。
仕方なく濡れた手を空で振って乾かす。それからトイレを出ようとすると、後ろからぼちゃぁん! と何かが水に落ちるような大きな音が聞こえた。
『んん、ぁっ……あ、はぁぁっ……!』
追いかけるように聞こえた溜め息にどきっとした。あの人、お尻を押さえていた。大きい方、我慢していたのかな。その場にいるのも悪いと思って、慌ててトイレから出て店内に戻った。
お店から出ようと出入り口に向かうと、レジの店員がこちらを見ていて目が合った。入店するときにズボンの前を押さえながらばたばたと駆け込んだのを見られていたことを思い出して、全身が熱くなる。俯きながら早足に店を出た。
先程、鞄を投げ捨てた場所に戻ると、何も変わらず鞄はその場所にあった。持ち上げて、ひとまず安堵した。それから駅に向かおうとして、今自分がどこにいるのかわからないことに気付いた。
とにかく、元来た道を戻ってみよう。最悪、芸術ホールまで戻れば道はわかるはずだ。
すっきりと爽快な気持ちとは裏腹に、じっとり濡れた下着と靴下の感触が気持ち悪い。今日は木曜日。下着はともかくとして、ズボンは今日洗って、明日までに乾くかな。頭の中に不安が浮かぶ。どうかこの良いお天気が一晩中続きますように、と心の中で祈りながら、元来た道を戻り始めた。
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初出: 2022年5月8日(pixiv・サイト同時掲載) 掲載:2022年5月8日