※大スカ(浣腸・排泄)描写があります
石造りの床を靴が叩く音がしたので、慌ててベッドから体を起こした。地下では物音がよく響く。音はひとつでは無い。複数人がこちらに近付いているとわかった。
簡素なベッドに腰掛けて、正面の鉄格子を見る。音は段々と近付いてくる。余計な緊張を避ける為に身構えないつもりだったが、やはり体に力が籠ってしまう。息を吸って、吐いて、ただ前に目を向けることだけに集中した。
少しすると、鉄格子の向こう側に人が現れた。何度も顔を見た不愛想な男が一人、暗い顔をしたメイドが二人。そして、見たことのない男が一人いた。
「調子はいかがですか、姫君」
不愛想な男が柔らかい口調で言う。質の良い衣類を身に着けた男は屋敷の主人だった。そして、私をここへ閉じ込めた張本人だった。
返事はしない。口を閉じて、ただ前を見る。余計な反応を決して見せないように、気を張っていた。
私の無反応はいつものことだとわかっているのだろう、主人は何も言わずに、隣に控えるメイドへと顎をしゃくる。それを合図に、メイドの一人が扉の鍵を開けて、もう一人が大きな籠を運び入れた。
「お掃除ですか?」
口を開いたのはもう一人の男だ。ここに閉じ込められて数日経つ。メイドは毎日違った人が来るが、男は屋敷の主人以外には見たことが無かった。
背が高く、主人とは正反対の柔和な雰囲気を纏った男だった。主人はああ、と短く返事をした。
一人のメイドが私の傍に近付く。わざわざ返事も反応もしてやらない。けれど、その動きには意識を向けていた。
「失礼いたします」
メイドは声を掛けると、私の手へ触れようとした。不躾な行為に苛立ちが募り、その指先が私に触れる前に叩いてやる。ぱちんと子気味良い音が地下に響いた。
メイドが小さく悲鳴を上げて、手を引っ込める。その様子を見て、主人が眉を顰めた。
こんな風に抵抗したところで意味が無いことは知っている。メイドの手を叩こうと、爪を立てようと何も変わらない。けれど、易々と従うのは癪だった。
もう一人のメイドは慌てたように籠を置くと、私の傍へ近付いた。そいつも私へ触れようと手を伸ばす。もう一度叩いてやろうと思ったが、もう一人が素早い動きで私の手へ金属の輪を通した。
私が反応する前に、かしゃんと音がした。いつもの事だが、不快な瞬間だ。私の両手は手錠で繋がれていた。抵抗しようにも輪を繋ぐ鎖は短く、両手はもう自由には動かせない。溜息は出さずに飲み込んだ。
「どうぞ、隣のお部屋へ」
メイドが少し震えた声で言った。仕方ないので立ち上がる。裸足で床を踏むと、石の冷たさと硬さが足の裏から伝わった。
メイドに続いて鉄格子の扉を通る。二人の男の前を進んで、向かう先は隣の牢だ。
そこは先程まで居た場所と殆ど変わらない。石造りの壁と床。遙か高い位置に窓が一つあって、日差しが僅かに降り注ぐ。隣との違いは、置いてあるのがベッドか椅子か、くらいなものだった。
決して広くはない空間の真ん中に置かれた椅子に座る。床が不安定なので、体重を掛けるとかたんと揺れた。座り心地は良くない。けれど冷たい床に座るよりはましだった。
メイドは私の様子を一瞥してから牢を出る。両手を手錠で繋がれて、逃げ出すことは出来ないのに、扉には律儀に鍵を掛けられた。
「隣に移ってもらって、その間にお掃除。良いですね、清潔な環境は大切です」
姿は見えないが、男の話し声が聞こえた。
「お食事は?」
「一日三食、運ばせている。食事の間は見張りを立てている。確かに食べているようだ」
「なるほど。では入浴は?」
「壷に湯を運んできて、体を拭いてもらっている。流石に浴室を使わせるのは難しい」
「牢に入れている割には、意外と良い環境を与えられているのですね」
「当たり前だ。姫には五体満足、健康な状態でこの場所にいてもらうことに意味がある」
屋敷の主人の言葉に、不快感が込み上げた。
何が良い環境だ。何が健康な状態だ。突然攫っておいて、こんな地下牢へ閉じ込めておいて、よくそんなことが言えたものだ。
+++
私は攫われた。訳も分からぬままに知らない屋敷へ連れてこられたかと思うと、そのまま地下の牢へと押し込まれた。
困惑している私の前に、不愛想な男は現れた。そして鉄格子の向こう側で、恭しく頭を下げた。
『姫君には乱暴なことをしました。必ず無事にお返ししますが、暫くはここで過ごして頂きます』
その男の顔は一度だけ見たことがあった。父の仕事の関係者だった。
『我々は現在、とある交渉をあなたのお父君と行っている最中です。
此方の条件は決して難しいものではありません。ですが、お父君は今まで話を聞こうとすらしなかった』
その声色に、ぞくりと悪寒を感じた。
『姫君をお預かりしていると先程伝えたところ、初めて耳を傾ける気になってくれたようです。大切にされているようですね』
怖いと心が叫んでいた。体が震えそうになるのをぐっと堪えた。
『このまま進めば、お互いに良い条件で纏まるでしょう。
此方の話をきちんと聞いてもらう為に、姫君には暫くここにいて頂きます。
勿論、身の安全は保障します。危害を加えるつもりはありません。不自由はあるとは思いますが、少しの間、我慢してください』
男の言葉に返事はしなかった。落ち着かなくてはいけないと、浅い呼吸を必死に繰り返した。
父の仕事について詳しくは知らない。この男がどのような条件を出してどのような交渉をしているか等、子どもの私には想像もつかない。
けれど、私が下手な姿を見せれば、こいつはそれを利用する。父に何かしらの揺さぶりを掛けるだろうと思った。
私が足を引っ張るわけにはいかない。今の私にできるのは、絶対に弱みを見せないことだ。愛嬌を振りまく必要は無い。好かれる必要もないが、わざわざ嫌われる原因を作ることもない。プラスもマイナスも無く、ただフラットであることを意識する。
胸を張り、凛と佇み、自分というものを強く保つ。偉大な父のようには出来ないだろう。それでも気高く、強い姫であろうと自分に誓った。
与えられた食事は普段と比べると粗末ではあったが、口を付けた。着替えは薄く肌触りが良くない布地であったが、身に着けた。ベッドは簡素で粗末だったが、夜はそこで過ごした。
自室に比べれば、何もかも足りない空間に不満は湧き上がる。けれど食事も衣類も寝台も我慢は出来た。
ただ一つ、トイレだけは辛くてたまらなかった。
牢の隅に置かれた蓋付きの壷がトイレの代わりだった。石の壁と床に囲まれた狭い牢に身を隠せる場所など無い。せめてベッドの陰で、と思ったが、ぴたりと壁に寄せられていて隙間は無い。
使いたくなかったが、食欲や睡眠と同じく、生理現象からは逃れられない。結局我慢できなくなって、人気が無い時を見計らって、出来るだけ静かに用を足した。けれど、我慢した分、たくさん出てしまう。ぴちゃぴちゃと水音がしてしまって、恥ずかしさに体の温度が上がった。
付近には基本的に人がいないが、地下牢の入口には見張りが立っている。地下は音がよく響くので、この水音も聞こえているかもしれないと思うと、体が震えた。
排泄する時も嫌だったが、それ以上に嫌だったのは、壺を下げられる時だ。
清掃の際、壺は蓋をしたまま持っていかれて、新しい空の壺が置かれた。下げられた壷がどうなるかは見ていないが、おそらく誰かが洗うのだろう。
その際に排泄した物を見られているなんて、考えるだけでも嫌だった。恥ずかしくて、情けなくて、全身が震えた。そのまま消えてしまいたいと心の底から思った。
それでも、弱みを見せたくない一心で必死に耐えた。壷を下げられる時、泣き叫びたくなる程の羞恥を感じながらも、ただ静かに座っていた。
絶対に弱みを見せてやるものか。今は耐えて、後で父へ全て言いつけてやる。関わった奴ら全員に酷い思いをさせる瞬間を思って、この最悪な環境を必死に耐えた。
+++
「姫とお話させていただいても良いですか?」
「構わんが、何も話さないだろう。父親によく似て、頑固者だ」
「まあ、それはそれで」
足音が聞こえて、鉄格子の向こう側に男が姿を現した。今まで屋敷の主人が連れてきたのは、メイドか兵士ばかりだ。このような普通の男が来たのは初めてだった。
「ごきげんよう、お姫様。調子はいかがですか?」
返事はしない。わざわざ視線も向けない。愛想良く振舞うより、下手に反応を見せる方が良くない。ただ大人しく、背筋を伸ばして座っていることに徹した。
「僕はこちらの御主人に、お姫様を診てほしいと頼まれて来ました。まあ、医者みたいなものだと思ってください」
男はにこにこと笑みを浮かべている。雰囲気にも表情にも柔らかさがあるが、その奥にどこか不気味なものを感じた。屋敷の主人以上に、こいつには気を許してはならないと、心のどこかが警告していた。
「聞いたところ食事はきちんと取られているので、栄養面は問題ないでしょう。夜は眠れていますか?」
わざわざ答えてはやらないが、ベッドは硬くて布団は薄いので、眠りは浅かった。そもそも、何の罪も犯していないのに牢に押し込められて、しっかりと眠れるはずがないだろう。
けれど、いつまでここにいるのかわからない状態で、ずっと起きていては体が持たないので、出来る限り眠るようにしていた。
危害を加えるつもりはないとの言葉の通り、夜に人が来ることは今のところ無かった。何の物音もしない地下は不気味な程に静かで、寝返りでベッドが軋む音がとてもよく響いた。
男はしばらく無言でこちらを見ていた。私の返事を待っているのかと思ったが、その視線は肌の上を這うように向けられている。
気持ち悪くて鳥肌が立つが、背筋を伸ばして椅子にただ座っていた。絶対に反応してやるものか、と自分を奮い立たせる。
「どこか痒かったり痛んだりしませんか? 苦しかったり、辛いところは? 火照りや寒気は大丈夫ですか?」
私からの返事は無いとわかっているだろうに、男は話し掛け続けていた。無視してただ座っていることに徹するが、いい加減に鬱陶しくなってくる。掃除はまだ終わらないのだろうか。
苛立ちを感じ始めていると、男は視線を横へ向けた。その先は私が先程までいた場所、メイドが清掃を行っている牢だ。
「食事、睡眠。あと確認できていないのは、排泄ですね。ちゃんとおトイレは済ませられていますか?」
その言葉に、心臓が大きく跳ねた。必死に平静を繕うが、強張った体の内側では激しい鼓動が繰り返されていた。
「ご主人、清掃はいつもこのメイドさんが行っているのですか?」
「数人が交代で行っている」
「では後で他のメイドさんともお話させていただけますか? 確認したいことがありますので」
体の温度が一気に上がった。止めろ! と思わず声を上げたくなったが、ぐっと堪える。膝の上で握り締めた手に力が籠って、少し震えていた。反応してしまえば、何かあると言っているようなものだ。
弱みを見せる訳にはいかない。けれど、男が何を確認するのか、その結果何が分かってしまうのかは簡単に想像できた。
声を上げても上げなくても同じことになる。それならば、今はただ黙って座っている方が良いのだろうか。自問しながらも何も行動は起こさなかった。起こせなかったのかもしれない。
男はもう一度こちらへ視線を向ける。そして、上から下までもう一度舐めるように見てから、私の前から姿を消した。
嫌な視線から解放されて、緊張が解ける。背中が丸くなりそうだったが、意識して伸ばした。見える範囲にいないだけで、すぐそこに人がいる。弱っている姿は見せない。強くあり続けないといけない。
少しすると、今度はメイドが姿を見せた。牢の鍵を開けて、扉を引いた。
「お待たせいたしました」
そう言いながら、メイドは扉の傍でこちらを見る。警戒しているのか、傍には近づいて来なかった。
椅子から立ち上がると、手錠に繋がれた手が重く感じる。私が牢から出ると、メイドは出口を塞ぐように間に立った。逃げることを警戒しているらしい。今の状況で足掻いたところで、醜態を晒すだけに終わるだろう。余計な抵抗はせずに、大人しく足を進めた。
穏やかに笑う男、不愛想な屋敷の主人、そして不安げなメイドの前を通って、元いた牢へと入る。中は特別変わった様子は無い。ベッドシーツが替えられて、床が掃かれて、隅に置かれた壷が交換された。その程度だろう。
大人しくベッドへ腰掛けると、メイドが近付いてきた。おどおどした様子で手錠の鍵を開けると、金属の輪を外す。また叩かれるとでも思ったのか、メイドは手錠を持って慌てて離れていった。
メイドが外へ出ると、すぐに扉の鍵が掛けられた。不愛想な主人はメイドと医者らしき男を連れて私の前を離れていく。床を叩く足音が幾つも響き、段々遠くなっていって、やがて聞こえなくなった。
地下はしんと静かになる。呼吸を繰り返し、十数えてから、ベッドに横になった。はあ、と息を吐き出す。やっと気を抜くことが出来る。自由になった手でお腹をそっと撫でた。
清掃が終わったならば、暫くは誰も来ないはずだ。周りに気を配りながらも目を閉じる。とても疲れた。少しだけ眠ろうか。耳が痛くなるほどの静けさを聞きながら、ひとつ息を吐いた。
その後、昼食を運んで来たのはメイド一人だけだった。びくびくした視線を感じながら、食事を口へ運ぶ。城で食べていたものと比べると味気ないけれど、食べ続けると流石に慣れる。けれど、今は食欲が無くて、半分程残して手を止めた。
夕食を運んできたのも、入浴代わりの湯を持ってくるのも、メイド一人だけだった。屋敷の主人も医者を名乗るあの男も姿を現すことは無かった。
妙な雰囲気で笑うあの男のことは気になっていた。柔和な笑みも、舐めるような視線も、思い出すと吐き気がする。
確認したいことがあると言っていた。今、最も触れられたくないところに触れられそうで、不安が膨らんでいく。
体の不調もその原因も、私自身が一番わかっている。それを暴いてどうするつもりだ。薬でも処方してくれるつもりか。頼むから、そっとしておいてほしい。もう関わってくれるな。明日は来ないでくれ、と心の底から願った。
+++
朝、身支度を整えていると、足音が聞こえた。慌てて髪を梳いて、ベッドに座る。ひとつ息を吐いてから、心を落ち着かせた。
足音は複数で、何やら物音も聞こえる。朝食を運んでくる時に多少の物音はするけれど、ここまで騒がしくはならない。一瞬、あの医者の顔が浮かんで、嫌な予感がした。
足音が近付いてくる。そして、ぎい、と鉄格子の扉が開く音が聞こえた。がちゃがちゃと騒がしい物音が地下に響く。しゃんと背中を伸ばして座りながらも、普段と違う様子に意識を向けた。
どうやら隣の牢で何かをしているようだ。囚人でも運ばれてくるのだろうか。そうだとしても、わざわざ隣の牢に入れなくても良いだろう。
突然の変化と未知への不安が気に障る。苛立ちを覚えていると、鉄格子の向こう側に人が現れた。昨日来たあの医者だった。
一番見たくなかった顔に感情が波立つ。けれど、余計な反応を見せては、何が弱みにつながるかわからない。落ち着こう、と胸の中で繰り返しながら、いつものようにベッドに座っていた。
柔和な笑みは視界に入ってはいたものの、わざわざ目を向けることはしない。医者らしからぬ薄汚れたシャツが視界の中心にあった。
「おはようございます、お姫様。起こしてしまいましたか? それだったら申し訳ない」
昨日も含めてこちらからは一度も話していないのに、男は気にした様子もなく、ぺらぺらと口を動かす。その裏で、足音が遠ざかるのが聞こえた。隣の牢にいた誰かが出て行ったようだ。
一体、何が起こっているのだろう。気にはなるが、変に身構えているのを悟られたくはない。姿勢を正し、表情を整えて、ただ前を向いていた。
「昨日も言いましたが、僕はあなたの体調を診てほしいと頼まれて来ました。まあ、医者みたいなものと思ってください。訳ありの方御用達、のね」
声は出さず、ごくりと唾を飲む。体が緊張で強張るのがわかった。
「昨日は色々と見たり聞いたりしてみたのですが、少し気になるところが見つかりました」
心臓が跳ねる。ぐっと喉の奥が詰まる感じがした。
「あなたがここに来てから一週間程になると聞きました。その間、一度もしていないみたいですね、うんち」
その言葉を聞いて、全身の温度が一気に上がった。息が浅くなり、胸が上下しているのがわかった。
無表情に徹しているつもりだが、本当に出来ているかはわからない。それでも虚勢を張った。絶対に弱みだけは見せないと、頭の中で必死に繰り返した。
「お世話役のメイドさんに確認しましたが、あなたのうんちを見た人はいませんでした。流石にこの場所では隠せる場所も無さそうです。
聞けば、ここ二日程は食事も残しがちだったとか。お腹も随分張っているでしょう。お若いのに肌も荒れているように見えます。便秘をあまり軽く見てはいけませんよ」
うるさい! と声を上げそうになった。何でも良いからこの男の口を塞ぎたかった。
こちらが隠していること、絶対に触れてほしくないことを不躾に暴き、へらへらしながら言葉を並べて、何が楽しい。
憎しみが湧きあがって止まらない。絶対許さない。城に戻ったら、最初にこいつのことを父に伝えて、痛い目に合わせてやる。無神経な物言いを心の底から後悔させてやりたくてたまらなかった。
そもそも、こんな状況で出せるはずが無いだろう。壷は一日一度メイドが交換する。いくら蓋がされているとは言え、必ず蓋は開けられる。自分が出したものを何故よく知らない他人に見られないといけないのか。
本当なら、おしっこだって見られたくないのだ。けれど、流石にそちらは我慢出来なかった。漏らすくらいなら、と恥を忍んで壷に用を足した。壷が運ばれる際、ちゃぷちゃぷと水音が聞こえると、舌を噛み切りたい程に恥ずかしかった。
長くいれば、催す瞬間はあった。けれど、絶対に嫌だと我慢した。
ここから解放されれば、自分の部屋の清潔な個室で、誰に見られる訳でもなく用を足すことが出来る。その時が早く来るのを信じて、我慢を繰り返して、気付けば一週間経っていた。
便意を我慢する経験なんて今まで殆ど無かった。一日に一度、必ず出していたものを堪えるのが辛いと初めて知った。お腹は重く、体はだるくて気持ち悪い。吐き気もある。それでも、あの壷にすることだけは、出したものを誰かに見られることだけは絶対に嫌だった。
いつの間にか、自分が男の顔を真っすぐ見ていることに気付いた。耳障りな言葉は聞き流して、時が経つのを待つつもりだったのに、今は柔和な笑みを感情のままに睨みつけていた。男はただ穏やかな笑みを崩さない。それが余計に私を苛立たせる。
「本来なら食事を変えたり、マッサージなんかをして、ゆっくり経過を見たいところですが、僕もこう見えて忙しい身でして。明日にはここを離れないといけません。
なので手っ取り早くいきましょう。準備は出来ています」
男はそう言うと、懐から鍵を取り出した。何をするつもりか訝しんでいると、男は鍵で扉を開き、牢の中へと入ってきた。
男の背後で鉄格子の扉は開かれたままだった。見たところ、何かを持っている様子もない。
背が高い男ではあったが、あまりの不用心さに、どうとでもしてやる自信があった。体に触れようとするならその手を叩いてやる。顔に手を伸ばせば噛みついてやる。屋敷の主人に雇われたのなら、どうせ私に危害を加えることは出来ない。出来る限りの抵抗をしてやろうと身構えた。
男は傍で立ち止まり、私へと手を伸ばした。その手を思いっきり叩いてやると、ぱちんと音が地下に響く。男の手は宙で固まっていて、いい気味だと笑ってやりたくなった。
もう一度叩いてやろうと思っていると、突然、男は私の手を掴んでしまう。慌てて反対の手で引き剥がそうとしたが、力が強くてびくともしない。その手首を掴んで爪を立てても、男は私の手を離さない。
「やめろっ! 私に触れるなっ!」
怒りのままに声を上げる。私の声が地下に響く。それに対する返答はなく、代わりにかしゃんと硬い音がした。聞き覚えのある音と感触がして、見れば私の手には手錠が掛けられていた。すぐに反対の手にも輪が通されて、私の両手は繋がれてしまった。
男は私から手を離した。その手首には私が爪を立てた跡が痛々しく残っているにもかかわらず、その表情は穏やかだった。
「良かった、ちゃんと声は出るようですね。ストレスから声が出なくなる人もいるので、安心しました」
男はあまりに落ち着き過ぎていて、気味が悪かった。何を考えているのか、何がしたいのか理解が出来ない。
こいつ一人くらいどうとでも出来ると思っていたのに、力では敵わないと知ってしまい、喉の奥が震えた。怖いと思った。なんなんだ、こいつは。何をするつもりなんだ。手錠が手首に重くのしかかる。指先が震えるのを、指を握り込んで必死に抑えた。
「さて、移動しましょう。立てますか?」
怒りのままに男を睨みつける。おそらくだが、隣の牢に連れて行こうとしているのだろう。先程の騒がしい物音は何かを用意していたに違いない。それが何なのかは全く分からないが。
未知への恐怖で息が詰まり、喉の奥が苦しくなる。握り締めた手が震える。感情を誤魔化そうと思うけれど、抗えない。
ただ、男の言うことに大人しく従うつもりは無かった。隣の牢へは行きたくない。何が用意されているかなんて、見たくも知りたくもない。
「立てないですか? 仕方ないので、可愛いお姫様に触れる光栄をいただきましょうか」
男は私の肩に触れる。手錠で繋がれた手で払いのけようとしたが、簡単に押さえられた。男の手は腰を掴み、お尻を支えて、私の体を軽々と持ち上げた。
「やっ、やめろっ! 降ろせっ! 触わるなっ! お前みたいな奴が私に触れて良いと思うなっ!」
声を張り上げて、思うがままに言葉を投げつけるが、男は私を下ろさずに、そのまま牢を出て行ってしまった。
「やめろと言ってるのがわからないのかっ! ふざけるなっ! 降ろせっ!」
地下に響く自分の声は思ったよりか細かった。父のように強く威厳のある声は私には出せていない。それが歯がゆい。されるがままに、何にも抗えない自分が情けなかった。
体を捩って、足で男の体を蹴ってみるけれど、男は全く気にせぬ様子で足を動かしていく。辿り着いた先は想像していた通り隣の牢だった。まだ抱き上げられた状態なので、中がどうなっているかわからない。嫌だと私の全てが叫んでいるけれど、今の私には何も出来なかった。
男は牢の真ん中で私を下ろした。何も纏わない足の裏に冷たい石の温度が伝わる。すぐに男から離れようとしたけれど、足が縺れて、二、三歩後ずさるのが精一杯だった。
後ろへ下がった時、背中に何かが触れた。驚いて振り向くと、天井から吊るされた長い鎖が静かに揺れていた。いつもはこんなものは無い。おそらく男が用意させたものだ。
一体何の為に、と訝しんでいる間に、男は天井から垂れる鎖を掴むと、その先端を私の手首へと巻き付けてしまった。
咄嗟に振り解こうとしたけれど、鎖はしっかりと絡み、手錠と繋がれてしまっていた。鎖の長さは私の視線の高さ程で、手首が持ち上げられて降ろすことも出来ない。
なんとか解きたいと思っても、手錠で繋がれた両手の指は鎖との繋ぎ目に届かない。振っても、引っ張っても、外れる様子は無い。鎖が揺れる音だけがむなしく響いていた。
「あんまり動かすと、擦れて痛くなりますよ」
私の正面で男が言う。その後ろにある鉄格子がいつもより冷たく見えた。視線を上げて初めて、天井から吊り下げられた鎖の他に、男が何を用意したのか知ることが出来た。
壁際に大きな桶が置かれていた。それが何なのかはわからない。ただ、嫌な予感がした。視線が引き寄せられるのを男も気付いたのか、口を開いた。
「気になりますか? すぐに準備しますから、少しだけお待ちください」
そう言うと、男は何故か桶には触れず、こちらへと近付いてきた。
「や、やめろっ、近付くなっ! お父様に言いつけるぞっ! お前なんか、どうとでもしてやれるんだっ! 私に触るな、近付くなっ! 聞こえていないのかっ! 来るなと言っているんだっ!」
必死に、喉の奥から声を張り上げる。自分の細い声が嫌になったのは初めてだった。不自由な手の代わりに足を動かして抵抗するけれど、男は気にした様子もなく、距離を詰めた。
男は近付くと、私が身に着けている白いワンピースのお尻部分をおもむろに捲り上げた。突然の不躾な行為に、喉の奥から悲鳴が漏れた。
「きゃっ……、や、やめろっ、やめろって言ってるだろうっ!」
「そう怯えないで。痛いことはしませんから大丈夫ですよ」
露わになったお尻に男の手が触れる。その感触に身の毛がよだつ。嫌悪感と恐怖に体が震えてしまう。男は私の下着を掴むと、何の躊躇いもなく、そのまま一気に膝の辺りまで引きずりおろした。
「やっ、いやっ、やめろっ、触るな無礼者っ! 離せっ、離してっ!」
必死に体を動かして抵抗する。何かで固定されているのか、捲られたスカートは不思議と後ろ側だけ落ちてこない。お尻は露わになったままで、覆い隠す下着すら脱がされてしまった。手で隠すことも出来ず、羞恥で全身が燃え上がる。生き恥を晒している気分だった。
「脱がせるのは難しそうですね。まあ、替えは用意して貰えると思うので、一枚くらい良いでしょう」
男の手は半端な位置に下ろされた下着に触れる。それから、ぱちんと音が二回聞こえて、足に触れる布の感触が消えた。慌てて下を見ると、下着は脇の部分が切られて足元に落ちていた。男がそれを拾い上げて、懐にしまった。
体の前側はワンピースが垂れて隠しているが、後ろ側は大きく捲り上げられていて、お尻が露わになっていた。隠すものは本当に何もない。
恥ずかしくて、居た堪れなくて、全身が羞恥で熱くなる。平静を繕おうとする思いはもう無く、こんなことをした男を全力で睨み付けた。怒りで打ち震えているのか、それとも恐怖に身が竦むのか。足が震えるのが止まらなかった。
「では、早速始めましょう。そのまま長い時間を過ごすと、風邪を引いてしまうかもしれませんからね」
男が傍を離れる。向かう先には大きな桶があった。近くへ屈むと、その陰に置いてあった何かを手に取る。何を持ったのか分かった時、思わず声が漏れた。
透明の筒状の物だった。大きな筒の中に、少しだけ小さい筒が入っていて、先端は細くなっている。注射器だと思ったけれど、見たことあるものよりずっと大きい。男が両手で持つ程の大きさだ。
男は注射器の先端を桶に入れると、お尻の部分をゆっくり引いていく。筒の中に透明な液体が満たされていくのが見えた。
両手を繋がれた理由。お尻を露わにされた理由。下着を脱がされた理由。注射器の針をどこに刺すつもりなのか、嫌でも想像してしまう。
……いや、だ。いや、いやっ、嫌、絶対に嫌だっ! 痛い思いはさせないと言っていたじゃないか。怖くて、本当に嫌で、逃げる為に必死に腕を動かすけれど、鎖も手錠も外れない。がしゃがしゃと鎖が揺れる音が地下に響く。
そうしている間にも、男が近付いてくるのがわかった。手には大きな筒があった。見間違いではなく、それは確かに大きな注射器だった。
「い、やっ……、来ないでっ、来るなっ! やめろ、やめろと言っているんだっ! 聞こえないのかっ!?」
一心不乱に声を張り上げる。怖い。足が震える。吐き出した息に悲鳴が混ざる。
離れようと後ずさっても、鎖が私をその場へ繋ぎ止める。少しでも距離を取ろうとした結果、手を前へ、お尻や足を後ろへ引いた体勢になっていた。
「大丈夫ですよ。痛くはないですから」
「う、嘘だっ、嘘をつくなっ! そ、それを、お、お、お尻に、刺すんだろうっ!? やめろ、近付くな! 離れろっ!」
唇が震えて、上手く話せない。それでも死に物狂いで言葉をぶつけると、男は一瞬だけ足を止めた。それから、ああ、と何か呟くと、柔和な笑みを更に深くした。
「何か勘違いされていますね。刺したりはしませんよ。ほら、針も何も付いてないでしょう」
そう言って男は注射器を私の前で持ち上げた。透明な液体に満たされた注射器は、確かに針はついていない。先端は尖ってはいるものの細い筒のようになっているだけで、体に刺さるような細さはなかった。
それなら、どうするつもりなのか。奥歯を噛み締めて、男の顔をじっと睨む。男はやはり柔らかく笑って口を開いた。
「浣腸は初めてですか? 飲み薬だと効くまで時間が掛かるので、お尻から直接お薬を入れるんです。
大丈夫。五分くらい我慢したら、お腹に溜まったうんちが全部出て、すっきりできますよ」
ひ、と声が漏れた。想像するのもおぞましい行為に、全身の血が冷えていく。嫌、だ、そんなの、絶対嫌だ。注射も嫌だけれど、浣腸なんて、もっと嫌だ。
首を左右に振りながら、もう一歩後ずさったけれど、鎖がぴんと張ってそれ以上は下がれない。そうしている間に、男は私の後ろに回り込んでしまった。
お尻に男の手が触れる。その生温かい体温に、体が震える。足で男の体を蹴ってみるけれど、力が全然入らない。
「い、やっ、いやだ、やめろっ、やめなさいっ! お願い、本当に嫌だっ、いやっ、やめてっ……!」
身体を捩って、足で蹴って、腕を振って、必死に足掻く。鎖ががしゃがしゃ鳴る音が響く。繋がれた手は外れない。逃げられない。嫌だ、本当に嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。
「あんまり暴れると危ないですよ。これ、硝子ですから、割れたら大変です。お尻が切れちゃいますよ」
その言葉に、体がびくりとと跳ねた。痛いのは嫌だ。でも、お尻に入れるのも嫌だ。心の底からそう思うのに、逃げる術はない。
手足が震える。歯がかちかちとなる。呼吸が浅くて苦しい。怖い、嫌だ、本当に嫌だ。心が張り裂けそうな程に叫んでいた。
「そう、大人しく出来て良い子ですね。じっとしていたら、すぐに終わりますよ」
「……や、いや、やだ、やめて、本当に嫌、やめて、やめてっ……!」
お尻に固く冷たいものが触れる。ひ、と喉の奥で声が漏れた。注射器の先端はお尻の間へ入り込み、その奥へと当たる。お尻の穴にきゅっと力が籠もった。
「はい、力を抜いて。深呼吸してみましょうか」
そんなことを言われて素直に出来る訳が無い。抗いたいのに、何の抵抗も出来ない。固い感触は更に押し当てられる。嫌だと首を振っても、どれだけ体に力を込めても、注射器の先端はお尻の穴へ入り込んでしまった。
異物感しかなかった。未知の感覚に全身が強張る。訳がわからなくて怖い。体の震えが止まらなかった。
「や、やだ、い、やっ、いや………ひあぁっ……!」
突然、お尻の中に冷たい液体が流れ込んできて、情けない声が漏れた。気持ち悪い。鳥肌が広がる。背筋がぞわぞわする。
「あ、あぁ、や、いやっ、やめて、やめてっ……」
「大丈夫、大丈夫」
注射器の先端から噴き出したお薬が、お腹の中に広がっていく。嫌だと首を振っても、入ってくるのが止まらない。開いた口から情けない声が漏れた。
おぞましさに吐き気がする。嫌悪と拒否で体が震える。口から苦悶の声が零れるのと同時に、ぐるぐるとお腹が嫌な音を立てるのが分かった。
ここに閉じ込められて、何度も感じた衝動。嫌だと見ないふりをし続けた感触。
「あ、あっ、や、ぁ……」
全身から汗が噴き出す。お腹が捻じれるような感触。体が重くて、苦しい。
足の爪先が震えて、床を掴もうとする。粗い呼吸を繰り返しながら、無機質な石造りの床を見つめていた。
他の事は全くも考えられなかった。……トイレ、に、行きたい。お腹が、痛い。苦しい。……うんちが、したい。この苦しみの原因を出したくてたまらない。今まで感じた便意の何倍も強くて、びくりと体が跳ねた。
「うん、ちゃんと全部入りましたね。よしよし」
「ぁ、だめっ、あぁっ……!」
お尻から注射器の先端が抜ける。その瞬間、我慢していたものも出てしまいそうになって、情けない声が漏れた。身を切られる思いで、疼くお尻の穴を必死に締めた。
だ、めっ、トイレ、トイレに行きたい、うんちがしたいっ……! お腹が苦しくて、全身から汗が噴き出した。寒いのに熱くてたまらない。
「お、お願い、っ、外してっ、これを外してっ……」
必死に訴えかけるけれど、声が上手く出ない。細い声は男に届いているのかわからない。
何の返事も無いので、恐る恐る顔を上げると、男はいつの間にか桶の傍にいた。手にはあの大きな注射器がある。その先端を再び桶の中へ入れるのが見えて、ひ、と声が漏れた。
液体がまた注射器を満たすのが見える。男がそれを手に近付いてくる。嫌だと首を振っても、男はただ静かに笑っていた。
「お薬がもう少し残っていたので、入れちゃいましょうか」
「む、むり、むりっ、入らないっ……」
既にお腹は張り詰めていて、限界で、今にも出てしまいそうだった。それなのに、更にお薬を入れるなんて、絶対に無理だ。
男は私の声が聞こえているはずなのに、何も言わなかった。ただ静かに私の後ろへと回り込む。心の底から抵抗したいと思うけれど、お腹は限界ぎりぎりで、我慢できているのが不思議なくらいだ。余計に動いたら、その瞬間に限界を迎えてしまいそうで、されるがままになるしかなかった。
お腹がぐるぐると唸っている。溢れないようにお尻の穴を必死に閉じているけれど、ひくひく疼いて、今にも中身を吐き出しそうだ。けれど注射器の先端は無慈悲にも突き立てられた。
「ぁっ、あ、い、やぁっ……!」
お尻に硬い感触。異物感。嫌悪感。違和感。嫌だと抵抗しても、注射器から噴き出した液体がお腹に注がれていくのがわかった。
「あ、あぁ、や、めて、む、り、もうむりっ、入らないっ、ほんとにもう入らないっ……!」
ぱんぱんのお腹にまだ追加が入ってくる。必死に訴えるのに、薬は無理やり入れられて、破裂しそうなお腹を更に膨らませる。
嵐の前の空模様のように、お腹がごろごろと暴れる。お腹を下した時のような便意に、顔が引きつる。膝が震えて、吊り下げられた手に体重が掛かった。手錠の輪が肌に食い込んで痛むけれど、荒れ狂う便意はそれ以上で、お腹が張り裂けてしまいそうだった。
「うん。ちゃんと全部入りましたね」
「う……、あ、あぁっ……」
出さないようにお尻を必死に引き締めると、その隙間から注射器の先端が抜かれた。その刺激にお尻の穴がひくひく疼く。唇を噛み締めて、必死にお尻に力を込めた。
「では、五分くらい我慢しましょう。そうしたら、出しても良いですからね」
男は注射器を桶に入れると、鉄格子を背景に、私の正面で腕を組んで立っていた。舐めるような視線を向けられている。けれど、それ以上に体の中で暴れる衝動が辛かった。
お腹の中で嵐が荒れ狂う。苦しい。痛い。気持ちが悪い。寒気が広がる。ごろごろと唸って、溜め込まれたものを出そうとしている。刺すような便意に、鳥肌が広がる。お尻の穴寸前まで熱いものが迫っているのがわかった。
「お、ねが、い、っ、トイレ、にっ……」
重い頭を持ち上げて、なんとか男を見る。トイレに行きたい。他のことは何も考えられない。必死に訴えるが、男はただ柔和に笑うだけだ。
「一分くらいは経ったかな。もう少し頑張りましょうね。ああ、時間が来たらちゃんと言いますから、数える必要はないですよ」
「と、いれっ、おねがい、トイレっ……、お願い、トイレに行かせてっ……!」
ぎゅるるる、とお腹がうねる。痛みと激しい衝動に顔が引きつる。痛い、痛い痛い痛い、お腹が痛い、トイレ、トイレに行きたい。うんちがしたい。他のことはどうでも良くて、今はただトイレに行って、この苦しみから解放されたかった。
「大丈夫、トイレの心配はないですよ。合図をしたら、そのまま出してください。
メイドさん達にお掃除を頼んでいますから、終わったら綺麗に片付けてくれます」
その言葉に全身の温度が一気に下がった。
「い、いやっ、そんなの絶対嫌っ! お願い、外してっ! これを外してっ、トイレ、トイレに行かせてぇっ……!」
壷に入った排泄物を片付けられるだけでも恥ずかしくてたまらなかった。それなのに、このまま床に出して、それを片付けられるなんて、耐えられない。そんな思いをするなら、死んだ方がましだ。
お腹が唸る。溜まりに溜まった中身を外へと運び出そうとうねるのがわかる。嫌だと思うのに、便意は信じられない程に強く、お腹が痛くてたまらない。お腹の底で、ごぽ、と嫌な音がする。
出したい。お尻がひくひくしてる。痛い。苦しい。震えが止まらない。冷や汗が噴き出して、全身がびっしょり濡れている。
あ、あぁ、だめ、トイレ、トイレっ、トイレに行きたい、うんちがしたいっ……!
「お、ねが、い……、といれ、にっ……!」
「残り二分くらいですよ。頑張って」
「むり、もう、むりっ、といれ、トイレに行かせてっ! お願い、トイレっ、なんでもするからっ! おねがい、トイレ、トイレっ……!」
男は何も言わない。視界が歪む。耳鳴りがして、世界が遠くなっていく。ただ、苦しさだけがあった。お腹が低く唸りを上げる。うんちがしたくて、他のことは全部どこかへ行ってしまう。
あ、あ、だめ、だ、めっ。うんち、うんちしたい、で、ちゃう。だめ、トイレ、トイレに、はやく、はやくっ、といれ、うんち、あ、あ、ああっ……。
「っ、ぁ、あっ……!」
ぶじゅ、とお尻に嫌な感覚が広がった。生温かい液体が一瞬噴き出して、全身にぞっと寒気が走った。
あ、ああ、あっ、だめ、で、る、でる、うんちでちゃう、もうむり、だめ、うんち、うんち、が、で、る、でちゃう、あ、あぁぁっ……!
「と、いれ……」
「あともう少しですよ」
「……む、り、もうむりっ、といれ、トイレに行かせてっ、お願い、もうでちゃうっ、うんち、うんちでちゃう、でる、おねがいといれ、うんちでる、でる、やだ、だめ、あ、あぁっ……!!」
涙が溢れる。自分でも何を言っているかわからない。ただ助けを求めて声を張り上げる。地下に自分の声が反響するのが、とても遠くに聞こえた。
出る、うんちが出る。でちゃう。もう我慢できない。
ぶじゅ、と熱い液体が噴き出す。だ、め、だめ、なのに。お尻の穴がひくひく疼く。じゅ、ぶじゅ、と薬が溢れて、濡れて、足に伝って。
「あ、ああ、で、る、でるでるでる、うんち、でるっ、でちゃう、だめ、だ、めっ、あ、ああ、あっ、ああああああっ……!」
ひくひく疼いていたお尻の穴が、内側から大きく広げられて、薬が勢いよく噴き出した。ぶじゅううう、と激しい勢いで通り抜けていく感触に、ぽかんと口が開いた。
「あ、あ、ああ、あぁっ……」
もうここがどこで、自分が誰で、何をどうすべきかなんて、何もわからなかった。ただお腹が痛くて、うんちが出したくて、それ以外は私の中に無かった。
お尻を大きく広げて噴き出す液体に混じって、固い塊が通り抜ける。ごつごつした感触に背筋がぞくぞくした。
お薬は一気に溢れ出した。あまりの勢いにお尻がじんじんする。液体を出し切った後も、余韻でお尻の穴が閉じては開いてを繰り返す。
やっと出せた。快感で頭の芯が痺れる。余韻で、はー、はー、と粗い呼吸を繰り返していると、再びお腹がぐるぐると唸りだした。あ、ああ、うんち、うんち、でる、でる。抗う気持ちは消えていて、体は欲求に任せてお腹に力を入れる。
「あ、あ、あっ……」
ずるり、と重い塊が這いずり出して、お尻を内側から押し広げた。ずっと我慢し続けたものがゆっくりと頭を出す。
「ん、んん、んんんぅっ……!」
ただ出したくて、体に力を入れる。お尻の穴がこれ以上ない程に広げられて、硬く歪なものが出てくるのがわかる。
「ん、んぅ…………ふぁぁっ……!」
ずるずるとうんちは長さを伸ばし、ぶぼっと下品な音と共に一気に吐き出された。その気持ちよさと開放感に、あられもない声が漏れた。
余韻でお尻がじんじんする。呼吸を繰り返している間にも、お腹がぐるぐる唸るのが止まらない。まだ、出る、出ちゃう。もう何も考えられず、欲求に任せて息む。
またお尻の穴がぐわっと開いて、うんちが出てくる。さっきよりは細く柔らかいものがべちゃ、べちゃと足元に落ちていく。いっぱい出ているのに、全然止まらない。それでも少しずつお腹が軽くなっていくと、突然、ぎゅるるる、とお腹が大きく唸る音が響き渡った。
「う、あっ、ぁ……」
もう我慢しようと思う気持ちすら無かった。楽になりたくて、お腹に力を入れる。ぶちゅ、ぶちゅと緩いものがお尻から噴き出して止まらない。
お腹が痛い。もう何も考えられない。痛くて苦しくて気持ち悪いものを全部出したくて、無心で息んで排泄を続けた。
静かに呼吸を繰り返す。全身、汗でびっしょりと濡れていた。
お腹の痛みはやっと治まっていた。息を吐くと、ぶるりと体が震える。じいんとお腹に鈍い感覚が広がって、あ、と思った時には遅かった。
おしっこがひたひたと噴き出す。ワンピースの前側は垂らされたままなので、出たおしっこがぶつかって濡れていく。このままでは駄目だと思ったけれど、体は全く動かなかった。
おしっこは止まらない。吊り下げられた手に体重を掛けたまま、立ち尽くしていた。
頭がぼんやりする。お尻かじんじんしていた。頭がぼんやりする。世界が真っ白で何もわからない。ただ、足の裏に生暖かい温度が広がっていくのを感じた。
おしっこも、うんちも、全部出た。お腹は空っぽだった。重くて苦しい物は全部無くなっていた。
「良かった、すっきりしましたね」
突然聞こえた声に、びくっと体が跳ねた。その瞬間、世界に色が戻っていく。
あの男は変わらず柔和に笑いながら、私の正面に立っていた。
「いっぱい出ましたね。これだけ溜まっていたら辛かったでしょう。良かった良かった」
不躾な言葉に顔が熱くなった。怒りをかき集めて男を睨むけれど、力が入っていないのは自分でもよくわかっていた。
男が足を動かして、こちらに近付く。反抗したかったけれど、もう気力も体力もなくて、恨めしい視線を向けるが精一杯だった。
男は近付いてくると、私の手に触れる。かしゃかしゃと音がした後、手錠から鎖が離れる。その瞬間、体が崩れ落ちそうになったけれど、男はしっかりと私を受け止めた。
「おっと。お疲れですね。お隣まで運ばせていただきましょう」
背中側で何かごそごそしたかと思うと、捲られていたスカートが降りてきて、裸のお尻を覆い隠した。そして、ここに来たときのように抱き上げられる。体を動かす気力はなく、大人しく抱き上げられていた。
床から離れた足から、雫がぽたりと落ちる。足の裏は生温かく濡れていて、その気持ち悪さに身震いした。
見たくないと思いながらも、足元を見てしまう。石造りの床には大きな水溜まりが広がっている。その先に広がっているものを想像してしまい、慌てて目を背ける。
私の反応に男は何やら気付いたのか、私を抱き上げたまま、その場でぐるりと方向を変えた。
「ほら、見てください。たくさん出ましたね」
鉄格子が背中側になり、奥の壁が視界に入る。その光景に思わず息を飲んだ。見たくなかったが、見てしまっていた。
私が立っていた場所から壁まで、床はびっしょりと濡れていた。それだけではなく、壁は何かを吹き付けたように鋭く水跡が広がっている。何がどうなってその跡が残ったのかは、考える必要も無かった。
水溜りの中にはごつごつとした固形物が落ちていた。そして、天井から垂れる鎖の付近には、歪で大きな塊が積み重なって、小さな山が出来ていた。液体も固形物も、全部私のお腹に入っていたものだ。
歪で大きな塊が床に落ち、その上には粘土のようなものが乗り、更に泥のようにぐちゃぐちゃなものが掛けられていた。長期間溜め込まれていただけあって、においは酷く、胃の奥から込み上げるものを堪える。
目を背けるが、においだけは否応なしに感じてしまう。おぞましい光景だった。そして、それを自分が作り上げたという事実に、体が震える。嫌だと全てを否定するが、そうはいかないと軽くなった体が物を言う。このまま消えてしまいたいと強く強く思った。
男は光景を見せつけるようにしばらく立ち止まった後、ゆっくりした足取りで牢から出た。
「すみません! 終わりましたので、お掃除をお願いできますか?」
男はやや声を張って言葉を発した。それを合図に、階段を下りてくる足音が響いた。
人が、来る。牢の中はひどい状態だ。これを見られることになる。自分でも直視したくない光景だ。身を裂かれそうな羞恥に涙が込み上げたが、必死に堪えた。
弱みを見せてはいけないと、まだ心の隅で思っていた。この男の前で散々な醜態を晒したことはわかっていたが、それでも虚勢を張らずにはいられなかった。
元いた牢へ連れていかれて、そっと床に下ろされた。いつの間にか湯の入った桶とタオル、そして着替え一式が置かれていた。
「お掃除が終わったら、メイドさんが片付けに来てくれますからね」
男はそう言うと、着替えの横に白い布を置く。私から脱がせた下着だった。
男は私の手から手錠を外す。もう、その手を叩こうとは思わなかった。自由になった手はその場に下ろすことしかできなかった。
「さて、僕の仕事も終わりましたので、失礼させていただきますね。
さようなら、お姫様。もうお会いすることは無いでしょうが、どうかお元気で」
男はにこやかにそう言うと、牢から出て、扉の鍵を掛ける。そして鉄格子の向こう側で一礼すると、姿を消した。
何もできず、そのまま立ち尽くしていた。少しして、まだ拭いてもいないお尻と濡れたワンピースの不快さを思い出して、のろのろとタオルに手を伸ばす。汚れたワンピースを脱ぎ、一糸纏わぬ姿になったところで、地下に響く声が聞こえた。
「ああ、結構汚してしまったので、お掃除が大変かもしれません。お手数おかけします」
あの男の声だった。その後、足音が地下に響いて、すぐ傍で止まった。隣の牢の前で立ち止まったのだとわかった。
「っ、うわ……、なにこれ」
「……すっごいですね。うわあ、ひどい」
女の声だった。おそらく、清掃のメイドなのだろう。二人いるようだった。
「……マスクしておいて良かった」
「床、水で流しましょうか。石造りで良かった」
繰り広げられる会話に、体が震えた。
今、あの光景を見られている。私が出したものを、床にぶちまけたものを、全部見られている。恥ずかしくて、情けなくて、消えたくて、体の震えが止まらない。
震える手でタオルを持ち、お湯で濡らしてから汚れた下半身を拭う。清潔になっていく体に、お湯の温かさに、緊張が解けていく。
「我慢してこんなことになるなら、普通に壺に出してくれたら良いのに」
聞こえているとは思わないのか、それとも敢えて聞こえるように言っているのか、メイドの声は丸聞こえだった。
涙が零れる。駄目、我慢しないといけない。隣のメイドがいつこちらに来るかわからない。泣いているところなんて、絶対に見せてはいけない。でも、涙が止まらない。
重かった体は楽になって、体は拭いて綺麗になっていくのに、心はぐちゃぐちゃで、零れる涙は全く止まらない。膝が震えて、その場に崩れ落ちる。声を殺して、静かに泣いてしまった。
+++
それから数日後、私は無事に解放された。安心できる自室で静かに呼吸を繰り返すと、本当の意味で体から力が抜けた。
一週間と少しの日々は、絶対に思い出したくない最悪の思い出だ。それなのに、あの柔和な笑みが頭から消えない。
けれど、あの男自身も言っていたように、二度と会うことはないだろう。忘れてしまおうと目を閉じて、自分のお腹をそっと撫でた。
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初出:2023年8月29日(pixiv・サイト同時掲載)
掲載:2023年8月29日