ティーポットを温めて、茶葉をティースプーンにひと掬い。沸騰させたお湯を静かに注ぎ、少しの間蒸らす。蒸らしている間にカップを温めておく。茶葉を十分蒸らしたら、最後の一滴までをカップに注ぎ切る。最後の一滴、ゴールデンドロップまでしっかりと注ぎきることが大切。
教えてもらったことを頭の中で復唱しながら、同じように動作を繰り返す。紅茶を注いだカップを差し出すと、先輩は静かに口を付けた。いかがでしょうか。聞きたい気持ちをぐっと飲み込み、代わりに自分側のカップに注いだ紅茶を飲み込んだ。
違う、とすぐに分かった。先輩が入れた紅茶とは全然違う。顔に出ていたのか、先輩はカップを置きながらじっとこちらを見ていた。
「ナタリー」
「す、すみません」
「言葉が違う」
「あっ……、も、申し訳ございません」
「蒸らす時間が長い。茶葉も多い。もう一度」
「……はい」
何度目かの“もう一度”だった。漏れかけた溜息を飲み込みながら、代わりに自分のカップの紅茶を一気に飲み干した。私が紅茶を飲み終えた時には、すでに先輩のカップは空で、何事もないかのように静かに座っている。
冷めてしまったお湯に火をかけ、ティーセットを洗いながら内心溜息をつく。何分だとか何グラムだとか、絶対的な数値を何も与えられないまま、僅か2、3回教えられただけで、同じように美味しい紅茶を入れるだなんて、私には不可能にしか思えなかった。そんな思いを少しでも漏らそうものなら、先輩はその無表情のまま、氷のように冷たく鋭い声で淡々と言うのだろう。『この程度のことが出来ないなら、他のことは何も出来ない』と。
洗い終えたティーセットを拭き終えたあたりで、ちょうどお湯が沸いた。ポットとティーセット、紅茶の茶葉を持って、台所の横に置かれたテーブルへ近付く。かちゃ、と少しでも音を立てようものなら『物音を立てない』と小言が飛んでくる。ゆっくりすぎるくらいゆっくりした動きで、静かに道具をテーブルに置いた。
「始めます」
返事はなく、代わりに先輩は小さく頷いた。
多い、少ない、長い、短い。その言葉を何度も投げつけられ、何度も何度もやり直す。失敗した紅茶を捨てることは許されず、すべてを飲み干す。もう何倍目かわからない紅茶を飲み干すと、美味しいも渋いもわからなくなってきていた。今日はもう終わりにしませんか。視線で訴えかけるが、それは伝わらず、私はまた何度目かの”もう一度“を言いつけられる。
言われてしまうと従うしかない。もう何度目かもわからない洗い物をしようとしたところで、体がぶるっと震えた。これだけ紅茶を飲んだらお手洗いに行きたくなるのも当たり前だった。
「お手洗いに行ってきてもいいでしょうか」
恥を忍んで言い出したのに、先輩は壁掛け時計に目をやって「まだ休憩時間ではありません」と言うだけだった。お昼の休憩まであと二十分余り。それまで我慢しろとそう言いたいのかと思っていると、続けて「我慢できないのなら行ってらっしゃい」と言い放つ。投げ捨てるような言い方に、逆に行きづらく感じた。
「大丈夫です。続けます」
そうですか、と先輩はそれ以上のことは言わなかった。
ティーセットの洗い物を再開すると、意識しなかった尿意が一気に込み上げてくるのを感じた。水道からしゅーっと流れる水音が、むず痒い尿意を煽る。休憩時間に入ったらすぐにお手洗いに行こう。ずっしりと重くなったお腹を意識せずにはいられない。
そういえば、今日は朝起きた時にお手洗いに行って以来、一度も行っていない。先輩についてお掃除をして、その後はずっと紅茶の入れ方を教わっていた。週末に大勢のお客様をお迎えするが、人数の関係上で新人の私も立ち会わないといけない。その為にこの数日でしっかりと覚えてもらわないといけない。そんなことを先輩が淡々とした口調で言っていた。
紅茶だって、もう何杯飲んだかわからない。初めに先輩が、次に教えてもらいながら、その後は“もう一度”を何度も何度も数えきれないほど言われながら。五回か、六回か。もしかしたらもっと多いかもしれない。
じっと立ったままでいると、ずっしりしたお腹が重力に引っ張られるのか、色々な意識がそこに持っていかれる。ふっくらと膨らんだおへその下、内側から撫でられるような引っかかれるような、そんなもどかしい感覚から逃れようと体が勝手に動く。じっとしていることを意識していないと、足が勝手に動いてしまいそうだった。
もう少しなんだから。我慢、我慢と自分に言い聞かすけれど、そうは言っても、尿意は洗い物の僅かな時間だけでもどんどん強くなっている。
さっき、意地を張ったことを既に後悔していた。素直にお手洗いに行かせてもらえばよかったかもしれない。お手洗い、なんてお上品な言葉は頭の中で薄まり始め、その下にある慣れ親しんだ言葉が姿を見せる。おトイレ、行きたい。おしっこ、したい。ふっくらと膨らんだおへその下、そして足の付け根にぞわぞわと耐え難い欲求が走る。そこに触れたくなる思いを必死に押しとどめて、洗い終えたティーセットをテーブルへ運んだ。
音を立ててはいけない。じっと立ち止まったまま、そろそろとティーセットをテーブルに並べる作業が、苦痛で仕方なかった。膨らんだ膀胱が全身を切なく揺らす。ぶるっと身震いした時、ティーカップがお皿に当たって、かちゃっと音を立てる。
「も、申し訳ありません、」
先輩がこちらを見ているのが分かったけれど、そちらを見る余裕はなかった。じんじんとお腹が疼く。おトイレ、いきたい。でも、我慢しないと。でも、もう。ぐるぐる頭の中で言葉が回る。
まっすぐ立つと、大きく膨らんだ膀胱が引っ張られて、ぞくっと嫌な衝動を感じる。ああ、おトイレ、おしっこしたい……! 叫びだしたくなりながら、教えられた動作をただこなしていく。頭では何も考えられておらず、ただ体が動いていた。
茶葉をティーポットへ。そしてそこへお湯を注ぐ。こぽこぽと注がれた透明なお湯は茶葉を濡らし、色付いていく。その間にカップにお湯を注ぎ、温める。はやく、はやくはやく。ティーポットの中のお湯が、私のお腹の中のお湯が、こぽこぽと沸き立つ。もうこれ以上入らないというほどにお腹は膨らんでいるのに、紅茶はお腹へどんどん注ぎ込まれて溜まっていく。ぎゅうと足を寄せて、力を入れてせき止めるけれど、内側からぎゅうぎゅうと圧迫されると、もう泣き出したくなるほど辛かった。おトイレ、おトイレおトイレおトイレ、何でも良いからおトイレいきたいっ……!
震える手で紅茶を注ぐ。びちゃっと跳ねた紅茶がテーブルクロスを汚す。同時に、じゅ、と足の付け根が熱く濡れる。あ、あ、あ。声が出ていたかもしれない。紅茶を二つのカップに注ぎ切る。最後の一滴、ゴールデンドロップまで。
お湯の量が多すぎたのか、カップすれすれに注がれた紅茶がたぷたぷと揺れる。差し出したカップに先輩が口を付けた。
熱く濡れた下着が、再び濡れる。あっ、あっ、あっ。じっとしていられず、体が勝手に捩れる。両手でメイド服のスカートを固く握りしめる。そうでもしていないと、勝手にそこを押さえつけてしまいそうで。
ひく、ひくと足の付け根が、おしっこの出口が疼く。容量オーバーの膀胱に、紅茶が、おしっこが注ぎ込まれている。もうだめ、だめ、おしっこ、おしっこ。我慢、でも、もう。心の中で天秤が上下へ激しく揺れる。
じゅう、じゅ、じゅ。容量オーバーの、もう限界を超えた膀胱からおしっこが零れだす。それが呼び水になったかのように、尿意は今までにない大きな波となって襲い掛かった。足の付け根、おしっこの出口に内側から襲い掛かる強く激しい波に、私の指先は勝手に動き、ぎゅううっとそこをスカートの上から押さえていた。
「ナタリー!」
先輩の無表情が驚きで歪む。でももう他のことに気を配る余裕はどこにもなかった。
スカートの上からでも下着が熱く湿っているのがわかる。もうだめ、おしっこ、おしっこでちゃう、もれちゃうっ。
「あっ、あ、あのっ、あのっ……!」
「我慢できないのなら行ってらっしゃいと言ったでしょう」
「だってっ、だってっ……!」
ぎゅうと押さえているのに、我慢しているのに。わずかな隙間から滲み出る熱い雫がまた指先を濡らす。じっとしていられず、両足がばたばたと勝手に跳ねていた。
「早く行ってらっしゃい。場所はわかりますね」
与えられた許可に、私は心の底から望んだおトイレへ足を踏み出す。
お腹の中の容器はもう容量オーバーどころじゃないほどいっぱいいっぱいだった。テーブルの上のカップに注がれた紅茶なんて比じゃないほどたぷたぷで、ほんの少し揺れただけで零れてしまう。
もう少しだけ大人しくしていてほしいのに、頭以上に体が私のことを急かす。はやくしろと言わんばかりにお腹の中のおしっこは暴れまわり、出口を内側から強く叩く。だめ、だめだめだめ、おしっこ、おしっこでちゃう、おしっこ、おしっこ、おしっこっ。
ぶじゅっと、また熱い雫が零れた。その切ない衝動に、頭の中がぐしゃぐしゃになる。だめ、だめだめだめ、だめ、おしっこ、おしっこ、だめ。ほんの一瞬感じた解放感という名の快感を体が求める。だめ、だめなのに、おトイレまで行かないとだめなのに。
「ん、あっ、あっ、だめ、だめ、あ、あああぁ……っ!」
がくがくと震える膝から力が抜ける。体を支えようと、咄嗟にテーブルに片手をついたけれど、私はそのままずるずるとその場にしゃがみこんでいた。
最後の一滴、ゴールデンドロップが溢れる寸前だった容器に注ぎ込まれる。
ぶじゅっと、くぐもった水音が。そして、じゅーっと野太い音とともに、おしっこが溢れ出した。紅茶以上に温められたおしっこが、指先を、そして両足を濡らしていく。目の前が真っ白になり、体から力が抜ける。お腹の奥底、容量オーバーで泣いていた容器から、ものすごい音を立てて、おしっこが飛び出していた。
「んっ、あ、あぁっ……っ!」
下着の中でおしっこが渦巻く。スカートが、靴下が温かく濡れていく。気持ち悪さを感じなかったわけではなかったけれど、私の意識はそれ以上の快感を拾い上げる。苦しかった我慢からの解放感に、胸の底に溜まっていた空気があふれ出した。重く張り詰めていたお腹がどんどん軽くなっていく。ああ、とっても、きもちいい。
限界まで我慢した苦しみから解き放たれ、快感の最高峰へ上り詰めたのも一瞬のことで、私はすぐに我に返った。台所のテーブルの足元、しゃがみ込んだ自分の周りに大きく広がったおしっこの水溜まり。私のおしっこは下着もスカートも靴も靴下もぐっしょりと濡らしていた。
やっちゃった。我慢できなかった。おもらし、しちゃった。茫然とする中、頭上から声が聞こえた。
「大丈夫ですか、ナタリー」
先輩の鋭い声だった。その鋭さは幾分丸みを帯び、氷のような冷たさはほんのり生ぬるく感じられた。
「我慢できないのならもう少し早く行きなさい、まったくもう」
「すみません、」
「言葉が違う」
「申し訳、ございませっ……」
きちんと言ったつもりだけれど、声が震えてしまう。しゃがみ込んだまま俯いていると、優しい手に頭を撫でられる。涙腺が緩み、ジワリと視界が歪んだ。
「ここを片づけましょう。それから自室で本日の復習をして、今日は早く休みなさい」
うまく言葉が出ず、頷いて返事をする。先輩に手を引かれて立ち上がると、濡れたスカートからぴちゃりと最後の一滴が水溜まりへ落ちた。
片付けもほどほどに私は自室に戻された。『細かいことはやっておきます』と先輩は言うと、そのままお屋敷の方へ戻っていく。完全に他人の目から遮断された自室へ戻ると、本当の意味で力が抜けたようだった。その瞬間、ぶるっと体が震え、ほんのさっきまで感じていた苦しみがぶり返す。
慌てて自室のお手洗いへ駆け込み、着替えたばかりの下着を下ろした。お尻を下ろした瞬間、しゅいーっとおしっこが飛び出した。さっきあんなにしてしまったのに、お腹の中には既にたっぷりとおしっこが溜まっていたようだった。
用を足しながら、思い浮かぶのは先輩の顔だった。よく考えると、私と同じだけ先輩も紅茶を飲んでいる。その上、今朝、寝過ごしかけた私を起こしに来たのは先輩だった。きっちりと身支度を終えていた先輩は、その後はずっと私について仕事を教えてくれていた。私以上にお手洗いに行っていないのに、先輩は顔色一つ変えていなかった。おトイレ、遠いのかな。
おしっこを終え、身支度を整える。私もおトイレ遠くなればいいのにな。そうしたらあんな失敗しなくなるのに。
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初出: 2018年7月5日(pixiv) 掲載:2022年7月30日