趣味

 自分の周りで行われているやり取りが右から左へ抜けていく。集中して話を理解しようとしても、頭には別のことが詰め込まれていて全く入ってこない。ペン先を引っ込めたボールペンで資料を撫で回しながら、俺の意識は左手にされた腕時計の針にしか向いていなかった。

 頭の中では今日の朝からのことが自然と思い出されていた。
 朝の天気予報で今日は冷え込む、と言っていた通り、今日は普段よりは少し寒く感じた。そのせいか温かいコーヒーに口をつける回数がいつもより多くなっていたようで、普段は一杯しか飲まないコーヒーを三杯も飲んでしまっていた。
 飲む量が増えれば出す量も増える。その上今日はいつもよりもひんやりとしているのだから、トイレも近くなるのは当たり前だ。それなのに、俺は本日一度も会社のトイレに行っていなかった。

 午前中は集中していたのもあってか、尿意は全然感じていなかった。食堂で適当に昼食を終え、温かいお茶で一服した時点で初めて尿意を感じた。ぞくりと背筋を振るわせる悪寒にトイレに向かったのだが、運が悪いことに清掃中だった。
 午後一番で会議があることは勿論頭にあった。自分の腕時計を見ると、休憩が終わるまであと十分もなかった。下っ端の俺はホワイトボードやらプロジェクターやらの準備をしにいかなければならない。そろそろ向かわないと時間が足りなくなる。
 月に何度か行われる会議は早いときは三十分、長くても一時間程度で終わることが多かった。長くてもたった一時間だ。それならば会議が終わってからトイレに行けば良い。我ながら馬鹿な考えを抱え、俺は会議室へ向かった。

 そのときは馬鹿な判断をする程度の弱い尿意しかなかったのだ。けれど会議が始まってすぐに俺はその判断を後悔した。
 安っぽい薄いクッションの椅子に座った瞬間、下腹部にずっしりと溜まった水分を意識せずに入られなくなってしまった。膀胱にはこれ以上ないほどに水分が溜め込まれていて、それは通るべき道である出口をぐいぐいと圧迫した。飲んだ分は出さないといけない。当たり前のことだが、出すためには短くて三十分、長くて一時間、この状態で耐える必要がある。
 我慢しなければならない。震えそうになる指先を隠すために、ボールペンを握り締めた。

 ちらりと腕時計に目をやる。会議が始まってまた二十分程度。何とか会議に集中しようとしても、その度に尿意が体に悪寒を走らせ、その存在を大きくしていく。……トイレに行きたい。そんなことしか考えられなっていく。
 会話を断片的にしか聞けていないので、話の流れはほとんどわからないに近い。けれど話は盛り上がりを見せているようで、どうやら会議は長引きそうな感じだ。下っ端の俺に発言が求められることはほぼ無いというのがせめてもの救いだろうか。俺はとにかくあと四十分、尿意を耐え忍べばいい。

 腕時計に目をやる。先ほど見たときから五分も経っていない。四十分というのはこんなに長いものだっただろうか。
 ホワイトボードの前に立っている女性がボードに何か書いていく。ミミズの這ったような字でなんとかそれを資料の余白に書き写す。意味は全く理解できない。書き写してまた時計を見る。丁度秒針が一週回ったところだった。

 じわじわと強まる尿意は俺の意識を完全に奪っていく。聞こえてくる会話の内容が全然理解できない。頭の中にあるのはただトイレに行きたいということだけ。トイレに行きたい。おしっこがしたい。
 また女性がホワイトボードに文字を書き足す。真っ白なホワイトボード。視界の中で真っ白なボードが形を変えて、待ち望んでいる便器に形を変えていく。眼前に掃除が終わった後の会社のトイレが浮かんだ瞬間、じゅわ、と性器の先端から温かい雫が溢れ出す。意識するより早く、左手でズボンの上から性器の先を握り締めた。じゅう、と雫がいくらか溢れてそれは止まった。
 もう本当に限界だった。もう我慢できない。泣き出しそうになりながら壁にある時計を見る。会議が始まって四十分と少し。まだ十五分もある。おしっこ、おしっこ、おしっこがしたい。左手は何とか尿意を逃がそうと、机の下でぎゅうぎゅうと性器を揉み続けていた。今左手を離したら、朝から膀胱に溜め込まれた水分が一気に溢れ出してしまう。
 足が静かに震える。またじゅわ、とおしっこが溢れた。左手で強く押さえて押しとどめる。泣き出しそうになりながら周りを見渡す。皆がホワイトボードの方を見ていて、俺の方を見ていないのがせめてもの救いだろうか。顔が熱い。熱が出たときのように頭がぼんやりとしてくる。白くもやが掛かる思考の中、尿意だけが真ん中で芯を持って膨らんでいく。もう、もう、本当に溢れてしまう。我慢できない。おしっこがしたい……!

 またじゅわ、じゅわとおしっこが溢れる。痛いほど押さえているのに止まらない。やばい、やばい、やばい……! はっ、はっ、と犬のように短い呼吸を繰り返して、何とか尿意を逃がそうとする。
 目頭が熱い。泣き出しそうになりながら、壁の時計に目をやろうとしたときだった。

 がたん、がたん、といくつかの音がした。回りを見渡すと、席についていた人が各々立ち上がったところだった。前にいた女性はホワイトボードに書かれた字を消し始め、他の者は資料を持って、各々会議室を出て行く。
 会議が終わった! 瞬間で理解した。机の上の資料もそのまま、俺は勢いよく立ち上がり、体一つで会議室を飛び出した。

 建物の隅っこに位置する会議室からは、右に進めばトイレやら食堂やらにたどり着く。会議室のすぐ左にはガラス張りの扉があり、非常階段が上下に伸びていた。
 会議室を出て、右に曲がろうとして足を止める。またじゅわ、と下着に雫が溢れ出す。反射的に両手でスーツのズボンの前を握り締める。談笑しながらゆっくりと歩いていく上司や同僚の背中を見て、考えるより早く俺は非常階段への扉を慌しく開けて、外へ飛び出した。
 会議室は二階にあった。カン、カンと耳障りな音を立てる階段を駆け下り、一階に下りる。コンクリートが流されただけの床から地面の上に駆け下り、間髪をいれずに両手をベルトに掛けた。手を離した瞬間、またじゅわ、じゅわと断続的に雫が零れだす。
「も、出るっ……! はやくっ……、はやく、も、何で外れないっ……!?」
 うわ言が漏れ出る。激しく地団太を踏みながら、腰を上下に揺らして、必死に尿意を押さえ込むが、体はもう限界で、涙が勝手に零れてくる。
 おしっこ、おしっこしたい……! もう我慢できない……! 激しく体を揺らしながら両手でベルトをがちゃがちゃと動かす。
「でる、でるっ、あっ……、あっ、あああぁっ……!」
 じゅううぅう、と下着が重くなっていく感触。尿道を通る熱い水。この歳になっておもらしなんてと思ったのと、ベルトが外れたのはほぼ同時だった。
 慌てて下着の中から性器を取り出す。ちょろ、ちょろと細い水流を断続的に漏らしているその先端を会社の建物の壁に向けた瞬間、水流は一気に太さと勢いを増した。

 ぶしゅうぅううぅ、とホースで水を撒いたような激しい音が辺りに響いた。太い水流は白い壁にあたると、あちらこちらに飛沫を撒き散らしていく。
 長い安堵の息と同時に、大粒の涙が零れた。頭の中が感じたことの無い快感で痺れていって、何も考えられなくなりそうだった。待ち望んだ開放。気持ちがいい。排泄とはこんなに気持ちが良いものだっただろうか。
 性器の先から放出される水流は太く、じゅううぅうぅと激しい音を立てて流れ続ける。勢いはなかなか収まる様子を見せなかった。

 最後の一滴を出し切り、もう一度大きく息を吐き出した。白い壁は一部分のみがぐっしょりと濡れていて、日光を反射してきらきらと輝いていた。足元の地面には見事なほど大きな水溜りが出来ていた。
 性器を下着の中にしまい、股間の辺りが湿った下着に思わず顔を顰めた。ベルトを締めながらズボンの股間を確認したが、外から見たところ濡れているようなところは無いように思えた。
 何はともあれ、ズボンに被害が無いならば良かった。濡れた下着は気持ちが悪いが、我慢するしかない。

 先ほど駆け下りた非常階段をゆっくりと上りながら、ちらりと自分の排泄の後を見る。水溜りは思ったより大きくて、知らない人が見たならばバケツでもひっくり返したのではないかと思うかもしれない。
 自分があんなにもおしっこを我慢していたという事実を突きつけられているようで恥ずかしくなり、慌てて水溜りから目を逸らした。

 片づけをするために会議室に戻る。会議が終わって皆が事務所に帰ったと思っていたが、会議室には女性が一人残っていた。ホワイトボードの前に立って書記を勤めていた彼女は、開いた席で資料を広げて、なにやら書き込んでいたようだった。
 一言挨拶をして、俺は機材の片づけを始めた。結局使わなかったプロジェクターを倉庫に片付けに行った後、会議室に戻ってホワイトボードを拭く。

「ねえ、トイレは間に合った?」
 急に声を掛けられ、慌てて振り返る。先ほどまで会話を右から左に流していた耳だったが、彼女の言葉はしっかりと捉えて脳へと運ぶ。瞬間、自分が会議中に必死の形相で尿意に耐えていたのを見られていたことに気付いた。
 頭が真っ白になり、何も言葉が出てこない。真っ白な頭とは裏腹に、顔は熱く赤く染まっていく。どうしよう。なんと言えばいいのだろうか。呆然としている俺を見て、彼女は小さく笑うと、自分の資料を持ち、会議室の出口へ歩き出した。
「真正面だったからよく見えたよ」
「あ、いや、その……!」
「あんまり我慢すると病気になるから程ほどにね」
 彼女は会議室の扉を開けて外に出ようとして「あ、そうそう」と立ち止まり、窓を指差した。彼女の意図がわからずに彼女の指差す窓へ自分も視線を向ける。その瞬間、嫌な予感が頭を過ぎり、慌てて窓に駆け寄った。
「おしっこはちゃんとトイレでね」
 彼女は子供に言い聞かすような口ぶりでそう言い残すと、バタンと扉を閉めた。嫌な予感に襲われながら窓を開けて、慌てて下を見る。その瞬間、俺はその場にへたり込んでしまった。
 丁度真上だったのだ、この窓は。彼女は全て見ていたのだ。俺が会議中に必死にトイレを我慢していたのも、会議室を飛び出して非常階段を降りていったのも、そして外で思いっきり俺が放尿しているのも。

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初出:2014年5月14日(pixiv) 掲載:2022年7月30日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
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