Club Satisfy

 日も傾き始め、夕食には何を食べようかなんて考え始めた頃、俺のスマホがピロピロと鳴り出した。手にとって画面を確認すると、電話番号の上にはアルファベットのAの一文字。にやりと自然に上がった口角を元に戻しながら、何の期待もしていませんよと言った風を装いながら、俺は電話に出た。
『Club Satisfyです。ユウくん、今日の七時から大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫です」
『わかりました。それでは、六時二十分頃に車を向かわせますので、身支度などをお願いします。服装の指定は特にありませんので』
「わかりました」
 それだけの会話で電話は終わる。時計を見て、とりあえず顔を洗おうと立ち上がった。

 Club Satisfy。表面上の仕事内容は出張ホスト。しかし、その実体は女性用の出張風俗、女性が利用するデリヘルとでも言おうか。
 出張ホストを語っているため、サービス内容としてはデートやマッサージが一応主なものとなっていて、性行為については色々と問題となるために一応禁止はされている……表面的には。A曰く『今までうちの雇っているホストと客が性行為を行ったなんて報告やクレームは一度も来ていない』とのこと。報告が来ていないだけで実際には……といったところだ。
 性行為を求めているが、出会い系や売春なんてものには手を出したくない。ちょっと変わった性癖を持っていて満たしてもらえる場が無い。要は、恋愛感情は抜きで良いから、外に漏れる心配が無いという安心できる相手と安心できる関係を結びたい。そう言った女性は意外といるようで、Aのところには日々電話が掛かってくるらしい。事実、俺も何度もAから仕事の依頼を受けている。
 ちなみにClub Satisfyは店舗も構えていなければ、ホームページすらも存在しない。秘めた欲求を女性がどういった手段でClub Satisfyのことを知るのかについては、俺は全く知らない。A曰く、今日のこの発展した情報化社会においてでもネット上に下手に情報が流れない、非常に信頼できる方法なのだそうで。どう考えても俺にはそんな方法は思いつかないが、そこまで詳しく知りたいとは思わないので、下手に突っ込まないようにしている。

 俺とAは学生時代の友人だった。卒業後連絡を取り合うことが無くなって数年たったある日、Aから連絡が来たのが俺がこの仕事をするきっかけだった。俺に連絡をしてきた時点で既にClub Satisfyは稼動していて、既に数人のホストがそれぞれ十数回程は仕事を行ったことがあるとAは言っていた。一通り説明を聞いた後、俺は二つ返事でホストとして働くことを了解してしまった。
 俺の心を動かしたのは提示された金額だった。一回の仕事でもらえる金額が中々に美味しい。勿論、今のフリーター生活でも十分生活は出来ているが、もし月に一回でも仕事が入れば相当美味しい臨時収入が得られることになる。この話に乗らない手は無かった。

 顔を洗って、スーツに着替える。服装については客から色々指定が来ることもあるが、大体は自由だ。ただ、俺の持っている安っぽい私服で行くには少し敷居の高いところもあるので、俺は大体スーツで行くことにしている。このスーツも大して値が張るわけでは無いが、スーツで行って失礼な場所は無い上に、スーツというのは意外に客受けが良かったりする。
 鏡の前で髪型を整えていると、携帯がワンコールだけ鳴った。迎えの車が来た合図だ。ホストは客と酒を飲み交わすことが多いため、一応送り迎えがついている。飲酒運転なんて下らないことでこの商売を表に出すわけには行かない、というのはA談。

 家の前に停まった車に乗り込むと、運転手に客の名前とホテルの部屋番号を伝えられた。車は三十分ほどで大きなホテルの前で停車した。一言礼を言って、車を降りると、車はすぐに走り去っていった。
 高くそびえるホテルを見上げ、思わず感嘆の声を上げた。仕事で来るホテルはそこそこ高そうなところが多いが、ここはまた段違いだ。初めて来る場所だが、外から見ただけでも何とも高級そうなことが感じられるホテルだ。俺が泊まるようなことは人生で一度も無いのだろうなとしみじみ思う。
 中に入り、エレベーターに乗り込む。一緒に乗っていた客と自分とをこっそり見比べてみたが、場違いというわけではないようで少し安心した。本当にスーツは万能だ。
 目的の階で降り、部屋番号を順番に目で追っていくと、目的の部屋番号が目に入った。扉の前に立ち、スーツの袖やら裾やらを整えてから、深呼吸を一つ。この瞬間だけは何度経験しても緊張する。客と対面してしまえば、後はあれこれ考える余裕なんて無く、勢いに任せるままだけなのだが。

 大きく息を一つ吐いてから、部屋の呼び鈴を鳴らした。
『はい、どちら様?』
「Club Satisfyです」
『ああ! すぐ開けるわ、少し待ってね』
 少し物音がしたと思うと、扉がゆっくりと開けられた。黒く長い髪がゆったりと揺れ、覗き見た顔がにっこりと笑った。
「待ってたわ。どうぞ、入って」
「失礼します」
 普通の人だなとまず思った。正直、こういうサービスを利用する女性は外見なり内面なりに何らかの問題がある人が多いので、普通の人が出てきて少し拍子抜けした。
 進められるがままにソファに座ると、彼女は冷蔵庫から缶ビールを二本持ってきた。
「お酒は飲ませても大丈夫なんだっけ?」
「大丈夫ですよ。迎えが来るので」
「そっか。ビール好き?」
「好きです」
「良かった。実は仕事の関係で沢山貰っちゃって。一人じゃとても飲みきれないから困ってたの」
 差し出された缶ビールを受け取って、二人で乾杯する。フリーター生活では飲めるのはせいぜい発泡酒だ。
「……美味しい」
 自分でも驚くほど自然に言葉が漏れた。彼女はくすくす笑う。
 手渡された缶をあっという間に飲み干してしまい、空になった缶をソファテーブルに置く。すると、彼女は横から同じ缶をもう一本俺に向かって差し出した。
「お口にあってよかった。どんどん飲んで?」
「いや、でもあんまり飲むと仕事の方が……」
「良いの。私、セックスがしたいわけじゃないから」
 ね? と彼女は笑顔で俺に缶を握らせる。進められるのなら仕方ない、なんていい訳を自分にしながら俺は次の缶に口をつけた。本音を言うならば、めったに飲めない上手いビールをただ飲みたいだけなのだけれど。

 幸か不幸か、俺は一度もそんな客にはあたったことが無い。俺は他のホストと接触したことが無いが、A曰くは確かに性行為を求めない客はいるようだ。では性行為が無い客の方が楽かというとそういうわけではなく、性行為抜きの客の方が変わったことに付き合わされることが多いのだとか。本当のホストクラブのように酒を飲みながら会話を楽しむといった些細なこともあれば、一般人はとても手を出さないようなR指定がつくグロテスクな映画を一緒に見させられたり、料理の味見をして欲しいと出された料理がとても食えたものではなかったりといったこともあったらしい。

「良い飲みっぷりだね。まだ行ける?」
「まだまだ大丈夫ですよ」
「遠慮せずにどんどん飲んでね」
 ビールを飲みながら、彼女の様子を伺う。彼女もどうやら性行為を求めないタイプの客のようだ。では、彼女がClub Satisfyに電話をかけた目的は何なのだろうか。
「ユウくん、だっけ?」
 俺の前に新しい缶を置いて、彼女は俺の隣に座ると真面目なトーンで俺の名前を読んだ。返事をすると、彼女は不安げな顔で俺の隣に座り、少し間をおいて口を開いた。
「Aさんから、危ないことじゃなかったらどんな欲求も叶えてくれるって聞いたんだけど、本当?」
「はい。よっぽどのことじゃなければ、俺は何でもお付き合いしますよ」
「危ないことって例えばどんなこと?」
「例えば……人殺しとか心中とか? どう考えてもやばいって事以外だったら大丈夫だと思います。お付き合いするかどうかの判断は俺に任されてますし、仮にやばいことだったとしてもAも細かいことは耳に入らないみたいなんで」
「そっか。じゃあ、大丈夫かな」
「はい。気楽に考えてください」
 彼女は顔から不安の色を消し、自分の缶ビールに口をつけた。俺も話したことで渇いた喉をビールで潤す。
 今の相談の流れで彼女が望んでいることがわかるかと思ったけれど、そうはいかなかった。彼女の顔からは不安が消えていて安心したようだけれど、俺の不安は少し増す。一体どんな変わったことを望んでいるのだろう。何でもお付き合いする、なんて格好付けたことを言ったことを少し後悔した。
 けれど、隣に座ってにこにこと俺と雑談を交わす彼女はどう見ても普通の女性だ。もしかしたら、彼女が望んでいることは一般的にはごくごく普通のことで、彼女が単純に考えすぎている可能性もある。その可能性にかけて、俺は持っていたビールを飲み干した。

+++

 何本目かわからなくなったビールの缶をソファテーブルに置く。程よく酔いが回ってきて、非常に気分がいい。
 彼女は次のビールを出すために、冷蔵庫の前にいる。ソファに背中を預けて、壁に掛かった時計を見る。彼女が延長の連絡をAに入れていなければ、後三十分ほどで終了時間のはずだ。今までのところ彼女は特別変なことを俺に頼んではいなかった。ここに着てから俺がやったことは、高いビールをしこたま飲みながら、隣に座った彼女と些細な雑談を繰り広げたことだけ。きっと彼女は性行為を望まない客の中でも非常に良心的なタイプだったのだろう。
 彼女が戻ってきて、俺の前に缶ビールを一本置く。ソファテーブルの上には俺のが飲み干したビールの空き缶が何本も置かれていた。ざっと数えたところ、六本か七本。こんなに飲んだのは久しぶりだ。次の缶に手を伸ばそうとした瞬間、ぞくりと体に寒気が走り、その手を膝に戻した。
 これだけ飲めばその分の水分は体に溜まっている。溜まった以上は一度出さないといけない。
「すみません。トイレ、お借りします」
 そう言って立ち上がったところで俺の動きは止まった。ソファの前に立った俺の右手を、彼女が両手でぎゅっと握り締めている。彼女の行動の意味がわからなくて、ただ彼女の顔を見つめた。
「ねえ、私と取引しない?」
「取引、ですか?」
「これから三十分、ユウくんがトイレに行かなかったら私は一時間延長する。それからお店への代金と同じだけチップとしてあなたに払うわ」
「同じだけ、って……」
「今、トイレに行くなら延長はしない。あ、ちゃんとこれまでの代金は払うけど」
 彼女の真剣な顔にどこか興奮の色がにじんでいるように見えた気がしたが、それは気のせいだと勝手に思い込んだ。酒のせいか、きちんと頭が回っていないかもしれない。彼女の話を聞いて、頭に残ったのは汚いことにお金のことだけだった。
「三十分、ですね?」
「ええ、三十分。三十分たったらトイレに行っても良いわ。延長分の一時間は別に私は何も望まない。寝ててもいいし、残ってるビールを飲んでてもいいわ」
 そう言うと彼女は口を閉じて、俺の顔をじっと見つめた。無言の問いかけに、俺はソファに座るという行動で答えを示した。彼女は握っていた俺の右手を離し、飲みかけだった缶ビールを握った。

 たった三十分だ。三十分間ここに座っていたらそれだけでいつもの数倍の金額が俺の懐に入る。総思い、時計を見た瞬間、膀胱がずくずくと痛むのを感じた。
 先ほど彼女と会話を交わしていたときはたいしたこと無い尿意だったのに、ソファに座った瞬間、一気に尿意が高まった気がした。そんな一瞬で尿意が増すなんてあるはずない。トイレを三十分我慢しろという条件を出されたことで意識したから急に高まった気がしただけで、実際はまだまだ我慢できるはずだ。
「ビールのおかわりは?」
「いらない、です」
「そっか。遠慮しなくていいのよ?」
 遠慮しているわけじゃない。遠慮せずにしこたま飲んだせいで、今、俺の膀胱はこれ以上無いほどに水分を溜め込んで膨らんでいる。動けばちゃぷちゃぷと音を立てるのではないだろうか。
 トイレ、トイレ、トイレ。頭の中に浮かぶのはその言葉だけ。激しい運動をした後のように体中が熱いのに、下腹部の辺りには刺すような冷たさが襲い掛かっている。
「あっ……、は、あっ……」
 先ほどまで下らない雑談が出来ていたのに、今は意味を成さない言葉しか出てこない。膀胱が溜め込まれた水分を排出しようと収縮を繰り返す。体を少しでも動かせば膀胱から一気に溢れてきそうで、少し前かがみになった体勢のまま身じろぎ一つすることが出来ない。
 もうそろそろ時間だろうと目だけで時計を見ると、まだ十分ほどしか時間は進んでいない。もう三十分以上我慢していると思ったのに。それでも後たった二十分我慢すれば良い。たった二十分。それなのに、どうしてこんなに急に尿意が押し寄せてくるのか。ほんの少し前までは全然平気だったのに。
「っあ、ぁ……!」
 さっ、と全身の血の気が引くのを感じた気がした。ちょろ、ちょろと性器の先から雫が溢れ出し、じゅわと下着の中央が濡れる。意識するより先に、両手で性器をぎゅうと握りしめてしまった。
「大丈夫?」
 彼女が隣から声をかけるけれど、言葉の意味を頭の中で理解することが出来ない。ソファの上で前かがみになって、ひたすら尿意に耐える。もう頭の中にあるのはおしっこのことだけで、それ以外のことは欠片も考えられない。下腹部がずきずきと痛みを伴って、おしっこを排出しようと暴れている。もう何でもいいからトイレに行きたい。おしっこが出したい。

 ぴりりり! と突然、大きな音が鳴った。突然のことに体が跳ね上がり、じゅわっとおしっこが溢れて下着を濡らした。必死に止めようとしても、断続的におしっこがじゅ、じゅわと漏れ続ける。もうじっとしていられなくて、両手で性器を揉み、両足は足踏みをするようにがくがくと動かしてしまう。もう、もう嫌だ。もう何でもいいから出したい。お金なんて頭のどこにもなかった。
 隣から少しの間、話し声が聞こえたかと思うと、両肩にそっと手がのせられたのを感じた。体を前に倒したまま、ゆっくりと顔だけを上げる。涙で歪んだ視界が彼女の心配そうな顔を捉える。
「よく頑張ったね。三十分たったよ。立てる?」
 股間に手をやったまま、そろそろと立ち上がる。彼女は少し急ぎ足で白いドアを開けた。その先に待ち望んだトイレがある。引きずるように一歩一歩足を進める。もう少し、もう少しでたどり着く。あの中に入ってしまえば、もう我慢しなくても良い。

 ずるずると引きずるような足取りでやっとトイレの前までたどり着く。顔を上げるとそこには待ち望んだ白い便器が見えた。やっとだ。やっと、出せる。
 わなわなと震える手を股間からベルトに掛けた。手が離れた瞬間、また性器の先から雫が溢れてじわりと下着が濡れる。早く、早く外さないと。気持ちは焦るのに、震えた手では中々ベルトが外れない。やばい。早くしないと。泣き出しそうになりながら必死に手を動かすと、後ろから伸びてきた手が俺のベルトに掛かった。
「外してあげる。もうちょっとだけ我慢してね」
「あ、あっ、むり、もうむりっ……も、でるっ……! あ、あぁっ……!」
 ベルトが外れた瞬間、もう俺の我慢は限界だった。じゅわ、じゅわと途切れ途切れだった雫は一気に勢いを増し、水流となって滴り落ちた。慌てて両手で性器の先端を揉むけれど、おしっこは止まらなかった。
 激しく溢れ出したおしっこは水流となり、下着どころかズボンをもつき抜けて足元にびしゃびしゃと大きな音を立てて落ちていく。
「ふ、ぁ……あ、ああっ……」
 膀胱に溜め込まれたおしっこが一気に排出されていく快感に、声が勝手に漏れ出した。やっと出せた。頭にはそのことしかなかった。俺はただただ俯いたまま、待ち望んだ開放感にただ酔いしれてしまう。涙の溜まった視界に映った俺の足元にどんどん水溜りが広がっていった。

 たっぷりと時間をかけた後、俺の排泄は終わった。ズボンの真ん中からは雫が水溜りに落ちて、ぴちゃ、ぴちゃと音を立てていた。その音と、俺の荒い呼吸の音だけが静かな空間に響いていた。
 おしっこで濡れたズボンと下着が先ほどまでは暖かかったのに、今ではひんやりと冷たくなっている。便器を目の前に、ズボンも下着も履いたままでの放尿。それを世間ではお漏らしという。この歳にもなって、俺はお漏らしをしてしまった。しかも女性の前で。こんな失態をやってしまうなんて。羞恥でいっぱいいっぱいになり、今にも泣き出しそうになっていると、ベルトを掴んでいた彼女の手が俺の腰の辺りに回された。
「ごめんね、無理させすぎた」
 彼女の手がぽんぽんと俺の体を撫ぜる。その瞬間、俺は耐え切れなくて泣き出してしまった。使うことが出来なかった便器の前、失敗の証である水溜りの真ん中で立ち尽くしたまましゃくり上げて泣く俺を、彼女は後ろからそっと抱きしめてくれていた。

 高級ホテルというのは風呂もお金が掛かっているらしく、湯船は足をしっかりと伸ばせるほど広い。そんな広い湯船で、膝を抱えて湯に浸かっていた。
 泣きじゃくる俺が少し落ち着くと、彼女は俺を風呂場に連れてきてくれた。
「服は大丈夫だからお風呂に入っておいで」
 彼女の言葉に導かれるがまま、こうして風呂に入っている。体を温めていると段々と感情が落ち着いてくる。仕事としてきているのに客である彼女に甘えきっているなんて、Aに知られてしまったら呆れられるだろうか。
 そろそろ上がろうかと思っていると、突然体に悪寒が走った。先ほど羞恥を感じながらあれだけ出したのに、また尿意を感じてしまっている。どこか体がおかしくなってしまったのかと思ったが、冷静になればすぐに理由はわかる。ビールの、正しく言うならアルコールの利尿作用だ。しこたま飲んだのだから、それはトイレも近くなるだろう。
 尿意はあっという間に強くなっていく。早くお風呂から上がって、体を拭いて、服を着て、トイレに行かないと。けれど、便器の前には他でもない俺のせいで大きな水溜りが広がっている。だから、まずはそれを片付けないと……。
 そこまで考えると、体がまた尿意で震えた。この強い尿意で、今頭の中でなぞった手順をこなすことが出来るだろうか。
 答えを出すより先に湯船から上がった。湯船から洗い場に移動し、俺は脱衣所に行くのではなく、ゆっくりと排水溝の辺りに裸のまましゃがみ込んだ。ばくばくと心臓が激しく音を立てる。自分の家ならまだしもホテルの部屋、しかも自分が泊まっているわけではなく自分のお客様が泊まっている部屋の風呂場で俺は放尿しようとしている。罪悪感と羞恥心で心臓だけではなく、呼吸も荒くなり始めていた。
 湯船で温まった体は普段はなんとも無い浴室の常温ですらも寒さを感じてしまい、体が勝手に震えた。同時に、俺の性器からはおしっこが迸った。じょおおぉおぉお……とおしっこは勢いよく放物線を描き、水たまりを作ることなく排水溝に吸い込まれていた。先ほどと違い、おしっこは何にも遮られず、タイルに落ち続ける。
「はぁあぁぁっ……」
 開放感という名の快感で長いため息が漏れた。先ほども感じたけれど、排泄というのはこんなに気持ち良いものだったのだろうか。先ほどあれだけ出したのに、おしっこは止まる様子を見せずに放出され続ける。アルコールの利尿作用をこれほどまでに実感したのは初めてかもしれない。

 たっぷりと時間をかけて、おしっこはようやく終わった。一つ息を吐いて、シャワーで足元のタイルを一通り流す。見た感じではわからない、と思う。トイレで間一髪間に合わなくて漏らしただけではなく、風呂場で我慢できなくて放尿したなんて、彼女に知られたくない。
 風呂場から出て脱衣所に行くと、柔らかそうなバスタオルとその隣にバスローブが置いてあった。わかってはいたが下着は無い。仕方ないので、下着なしでバスローブだけを着て脱衣所の扉を出ると、ソファに座って缶ビールに口をつける彼女と目が合った。
 何を言ったらよいのかわからず、扉のまで立ち尽くしたまま彼女を見つめる。彼女はにっこりと笑って、ちょいちょいと手招きをした。
「お酒、飲む?」
「いえ……」
「そっか。あ、今ね、洗濯機回してるから安心してね。乾燥機付きだから、ちゃんと着て帰れるよ」
 手招きされるがまま、彼女の隣に腰を下ろす。彼女は俺が漏らす前までと同じように雑談を俺に振るけれど、俺は適当な返事しか出来なかった。

 スーツと下着が乾いて俺が着替えを済ませると、時間は丁度終了の頃となっていた。
 部屋の入り口で彼女と向かい合い、別れの挨拶を告げる。服が乾くまでの間、俺はほぼ放心状態で彼女の差し出す酒には口をつけず、それどころか会話もほとんどしない状態だった。
「これ、今日の分。ありがとう。あと、ごめんね」
 封筒の中身は今日の分の代金だ。普段ならば次の仕事に繋がるように何かしらの会話を交わすのだけれど、今はとにかくこの場から離れたくて仕方なかった。無愛想に封筒を受け取り、そのまま部屋を出ようとする俺の左手を彼女は両手で握った。
「来週の木曜日、私、またClub Satisfyに電話するわ。もし嫌じゃなかったら、あなたが来て欲しい」
 返事はしなかった。
「それでね、もし嫌じゃなかったら、なんだけど。おしっこ我慢してきて欲しい。嫌だったらいいの。ユウくんが来てくれるだけでも私は嬉しいから。無理は言わない」
「なんで、俺にこだわるんですか」
 扉の方を向いたまま、彼女に尋ねる。
「私、ユウくんのこと気に入っちゃったから。もう一度、お話したい」
「……」
「今日、凄く興奮した。多分、ユウくんだから興奮したんだと思う。」
「……」
「本音を言うなら、ユウくんのおもらしがもう一度見たい。でも、嫌なら無理は言わない。話をするだけでも良いから、また今度会いたい」
「……」
「引き止めてごめんね。あと、今日はありがとう。それとごめん。ゆっくり休んでね。じゃあ、お休み」
 彼女の手が俺の左手から離れる。振り向くと、彼女は少し困ったように笑っていた。開きかけた口を閉じ、何も言わずに部屋の扉を開いた。

 静かな廊下を歩きながら、手に持ったままだった封筒を折りたたんでスーツのポケットに入れる。すると、空っぽだったポケットに何かが入っていることに気付いた。エレベーターの中でポケットの中身を取り出すと、それは折りたたまれた封筒だった。一瞬、先ほど彼女から受け取った封筒かと思ったけれど色が違う。中身を確認するとサービスの金額の二倍程のお金が入っていた。慌てて彼女から受け取った封筒の中身も確認すると、そちらには正規の金額分のお金が入っている。
 これはいわゆるチップというやつなのだろうか。チップなんて貰うのは初めてで相場なんて良くわからないけれど、こんな額を貰ってもいいのだろうか。
 少し悩んで、封筒は折り目の通りに折りたたんでポケットにしまった。チップとして相応しくない金額だったとしても、引き返して返しに行くのもおかしな話しだと俺は思う。それに、別れ際の彼女の様子からすると、彼女にとってはチップというよりは慰謝料なのかもしれない。

 ホテルを出ると、迎えの車が既に来ていた。乗り込んで、彼女から受け取った封筒を運転手に渡し、交換に本日の給料の入った封筒を貰う。少し迷って、チップのことは言わないでおいた。
 走る車の中で流れる景色をぼんやり目に移しながら、頭の中に浮かんでいたのは、便器の前で力尽きてしまったあの瞬間。彼女に後ろから抱きしめられるような形で、力尽きてじょろじょろと漏らしてしまったときの感覚。
 あのとき感じたのは、性的な快感とはまた違った快感だった気がする。もう一度、あの感覚を……。
 そこまで考えてはっとする。車は既に止まっていて、いつの間にか俺の家の前に到着したらしい。運転手と二、三言葉を交わしてから、自分の部屋に戻った。
 靴を脱いで、スーツの上着も脱がずに寝転んだ。もう一度、あの感覚を味わいたいなんて。車の中で一瞬でも考えてしまったのは、きっと気の迷いだ。今日は色々あったので疲れているだけだ。
 うつらうつらとしていると、ぼんやりと彼女の顔が浮かんだ。来週の木曜日と言っていただろうか。別に彼女の言うとおりにする必要は無い。普通に行って、普通に会話を交わすだけで、仕事として給料が貰えるのだから。考えているうちに、いつの間にか俺は眠ってしまっていた。

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初出: 2013年9月11日 (pixiv) 掲載:2019年2月22日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。