こんなに切羽詰った状況になったのは何年ぶりだろうか。せかせかと足を進めながら、頭の中にあるのは尿意だけだった。バイト中にじわじわと膨らみ続けた尿意は今は破裂しそうな程の大きさになっている。本当だったらバイト終了と同時に店のトイレを借りるつもりだったのに、間が悪いことに他のバイトが清掃を始めたところだった。
バイト先から本来なら歩いて十分ほどの距離なのに、いつも通る道は今日から工事中で通行止めだった。慣れない道を選んだ結果、行きは倍の二十分程度は掛かったはずだ。夕暮れの明るい道で倍は掛かったのだから、日が完全に暮れてしまった今では更に時間が掛かるかもしれない。
じわじわと俺を苦しめる尿意に耐えながら、一度足を止めて辺りを見回す。公園の一つでもあれば公衆トイレに駆け込めるのに、見た限り住宅しかない。その上街灯がほとんど無くて薄暗くて、自分の進んでいる方向が正しいのか非常に不安になってくる。
単純に外が寒いのと、体の中に溜め込まれた水分が外に出せと足掻いているのとで、体がぶるっと震えた。変に公園に期待するよりも、家に帰ることを優先した方がいいのかもしれない。
立ち止まっている足はいつの間にか自然と足踏みを繰り返していた。もうじっとしていることも辛いほど、切羽詰っている。とにかく前に進むことを考えて、足を進めた。
体感時間で二、三分程歩みを進めたとき、交差点に出くわした。相変わらず街灯は疎らで、自転車や車のライトの光も全く見ていない気がする。
今まで進んできた方向からすると、自宅に向かうには左に曲がるのが正しいと思う。けれどその反対側、俺の位置から右に曲がった道の少し先にはぼんやりと光る街灯が見えていた。薄暗いのではっきりとは見えないが、街灯の辺りはコンクリートの地面が少し奥に入り込むように伸びており、その道を囲んでいるのは植え込みやフェンスのように思える。
普通の住宅には到底見えないそれは公園の入り口にしか思えなかった。今の俺にはまさに砂漠で見つけたオアシスに違いない。本当は走り出したかったが、ぱんぱんに膨れた膀胱は激しく動けばその中身を勢いよく放出し始めそうで、俺は前かがみになったまま、のろのろとした歩みで進むことしか出来なかった。
やっとの思いでたどり着いたそこは予想通り公園だった。決して大きいとはいえないその敷地内にぼんやり見えるのは砂場と滑り台、ブランコ、そして中から明かりが漏れる四角い建物。やっと、やっとたどり着いた。待ち望んだ開放を迎えられる場所に思わず安堵の息が漏れると同時に、全身に鋭い悪寒が走った。瞬間、じゅわっと雫が溢れ出して下着を熱く濡らした。
反射的に両手で性器の先端を押さえ、その場にしゃがみ込んでしまう。ただじっとしているのが辛くて、その場でゆらゆらと体を揺すって激しい衝動に何とか耐える。激しい衝動は中々収まらず、性器の先端からはじわり、じわりと断続的に雫が溢れるのが止まらない。もうあと少し、ほんの少し我慢すれば正しい場所で全てを放出することができるのに。
全身で息をしながら、震える足で恐る恐る立ち上がる。泣き出しそうになりながら性器は両手で握り締めて、前かがみになって一歩、また一歩と歩みを進めた。誰が見てもおしっこを我慢していることがわかるだろうが、他人の目を気にしている余裕は無かった。とにかくおしっこがしたい。頭の中にはそれしかなかった。
一歩、また一歩。足を進めるほどに待ち望んだ建物は近づいてくる。もう数歩でたどり着くと思ったところで、俺は後ろから足音が聞こえてきたことに気付いた。ばたばたと激しい足音は明らかにこちらに近づいてきていて、一瞬で俺は忘れていた羞恥を思い出してしまう。こんな姿を見られたら……! 考えるより先に手は性器から離れていて、溢れそうになったおしっこを必死に体で押しとどめる。
一体誰がと後ろを振り向くと、公園の入り口から激しい音を立てながら真っ黒な人影が駆け込んできたのが見えた。人影はスピードを緩めることなく、こちらに近づいてきて、俺の隣を通り過ぎていく。トイレの中から漏れる明かりでわかったのは、その人影が学ランをきた男子学生であることと、彼が俺と同じように泣き出しそうな顔をしていたということ。
俺の隣を駆け抜けていった学生はそのまま飛び込むように四角い建物に入っていった。学生の両手は黒いズボンの真ん中をきつく握り締めていたように見えた。彼も同じなのかもしれない、といっぱいいっぱいの頭の片隅で思った。
学生の存在に呆気に取られていた俺を引き戻したのはやはり激しい尿意だった。じゅわっとまた雫が下着を濡らし、離していた両手はまた股間を握り締めてしまう。彼と同じようにとは行かなかったが、俺も同じように四角い建物に足を踏み入れることが出来た。
中に入ると同時に聞こえてきたのは、勢いよく扉を閉めるバタンという大きな音と、切羽詰った学生の声だった。
「や、ぁ……! あ、あっ、でる、あぁ、っあ、ぁあっ……!」
ばたばたという足ふみの音と、がさがさという衣擦れの音。思ったとおり、彼も切羽詰っていたようだった。
早く俺も、と思ったところで、俺はわが目を疑った。ぐるりと建物の中を見渡しても目当てのものが見つからない。建物に入って正面の壁には一枚の扉、右手には手洗い場とくすんだ鏡が壁に取り付けられており、左の壁には均等な感覚で張られたタイル以外は何も存在しなかった。本来ならばあるはずの男性用の小便器がなぜか存在しないのだ。
女子トイレと間違えたかと思ったが、建物は一つしかなかったし、この建物への入り口も一つしかなかった。ということは、男女共用なのだろう。女性が入っても問題ないように個室しかない形式なのかもしれない。
ということは。頭で考えをめぐらせながら、俺の目は目の前にある扉に釘付けになっていた。この扉の先に俺の待ち望んだトイレがあるに違いないのだ。それなのに、俺はそれを使えない。
「出るっ、出る……! も、なんでっ……!」
相変わらず激しい足音と衣擦れの音が扉の向こうから聞こえている。絶望的な気持ちになりながら、俺はただ扉を見つめることしか出来ない。何とか尿意を逃がそうと両手で揉み続けている性器の先からじゅうぅ、と雫が溢れて、下着を濡らしてしまう。足踏みをして、腰を上下に揺らして、何とか我慢を続けるしか俺にはできない。
おしっこしたい、おしっこしたい、おしっこしたい……! 頭にあるのはそれだけで、今望んでいるのはそれだけなのに、どうしてそれが叶わないのか。どうすることも出来ない生理的欲求に耐えるのが辛くて、もう泣き出したかった。
学生が数回短く息をするのが聞こえたかと思うと、次の瞬間、ぶしゅぅうぅうっ!と激しい水音が、そして水流が激しく水面を叩く音が建物内に響き渡った。水道を勢いよく捻ったような、そしてその水道から出た水流が浅く水が張ったバケツに叩きつけられるようなその音に、俺はぞくぞくとした悪寒を下腹部に感じた。
扉の向こうで、学生は俺が待ち望んだことをしているのだ。我慢に我慢を重ね、決壊寸前まで膀胱に溜め込まれたおしっこを、白い便器に向かって勢いよく放出しているのだ。本当だったら今頃は俺がその開放を迎えていたはずなのに。
それを決定付けるかのような安堵の長いため息が聞こえてくる。激しい水音は途切れることなく続いていて、それは今にも切れそうな俺の我慢の糸を断ち切ってしまえと甘い誘いをしてくる。
痛いほど握り締めた性器の先端からはじゅわ、じゅわとおしっこを下着へ排出し始める。おしっこ、おしっこ、おしっこ、もうおしっこが出る。もう我慢できない。ズボンの上から性器を握り締めた手が妙に暖かさを感じている気がする。
ぼろぼろと涙が溢れてくる。潤んだ視界で捉えている扉はまだ開く気配を見せない。もう何でもいいからおしっこがしたい。扉越しに聞こえる水音は勢いをなくしたものの、まだ聞こえ続けている。俺もおしっこが出したい。何でもいいし、どこでもいいから、おしっこがしたい。
べそをかきながら何となく視線を右の方に向ける。くすんだ鏡ごしに泣きじゃくった顔の俺がこちらを見つめている。ぶるっと体が震えて、また手が暖かくなる。もうこのまま出してしまえば楽になれるだろうか。扉は開かない、他にトイレは無い、このままおしっこを我慢し続けたところで。
酷い顔の自分を見ているのが嫌で鏡から視線を外そうとして、その鏡の下に手洗い場があることに気付いた。それとほぼ同時に俺はそこに駆け寄る。そこが決して用を足す場所じゃないことなんて頭には無かった。俺を苦しめるおしっこを受け止めてくれる場所ならばどこでもよかった。
足踏みをしながらズボンのチャックをずらし、下着から性器を取り出した。その瞬間、性器の先端からは溜め込まれたおしっこが勢いよく噴射された。噴射されたおしっこは放物線を描き、白い手洗い場に激しい音を立てて落ちていった。ぶしゅうぅうぅ、と水音は先ほど扉越しに聞こえていたものよりも激しい気がする。そして水面ではなく白い陶器に直接叩きつけられたおしっこは激しく雫を飛び散らせながら、排水溝に渦を巻きながら吸い込まれていく。
思わず長い安堵の息が漏れた。心の底からの快感を感じた。気持ち良い。開放感でまた涙が溢れた。ぼんやりと眺めていた鏡には今にも溶けるんじゃないかというほど快感に酔った顔が映っていた。下に目をやると、黄色く色づいたおしっこが白い陶器を流れている。その色のコントラストが妙に恥ずかしく感じた。
最後の一滴を出し切った時、自然と安堵のため息がまた漏れ出た。先ほどまでの苦しさは全て放出されたようで、今の俺の体は開放感しか感じなかった。全てから開放されたような、こんなすっきりしたのは久しぶりかもしれない。
手洗い場には俺の出したおしっこの痕跡は全くなく、全て排水溝へ流されたようだった。性器をしまって、手を洗いながら自分の姿を確認する。顔は泣きじゃくったせいで目の辺りが赤くなっていたし、ズボンは濃い色のものだから目立たないとは思うものの、真ん中の辺りが濡れて色を濃くしている。ズボンまで染みてしまっているのだから、下着は言わずもがなだ。ぐしょぐしょに濡れてしまっていて気持ちが悪い。脱いでしまいたいが流石にここで脱ぐわけには行かない。
もう日も暮れて暗いから、早く帰ってしまったほうが良いかもしれない。濡れた手を拭いてトイレを出ようかと思ったとき、後ろからぎいと鈍い音が聞こえた。振り向くと、先ほどまで開く気配を見せなかった扉がゆっくりと開いた。個室内から出てきた学生と目が合うと、彼はかあっと頬を赤くする。何となく視線を下にやると、彼の黒いズボンの真ん中は少し色を変えているようで、まるで何かで濡らしてしまったように見えた。何かというのは言わずもがな。
視線を交わして、そのまま俺は建物を後にした。外は相変わらず暗くて、俺の異変はわからないだろう。歩き出すと濡れた下着が肌に張り付いていて気持ちが悪い。早く脱いで風呂に入りたい。ただ、何より思ったのは、少し待ってでも店でトイレは済ませるべきだということだった。
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初出:2013年11月10日 (pixiv) 掲載:2019年2月24日