量ってみましょう

 トイレから戻ると、彼女は壁の傍で立っていた。そうして待ってくれる光景はいつも通りなのに、今日は何故か気になってしまった。
 伏せられた目も無表情な顔も退屈そうで、一瞬怒っているようにも見えた。手持無沙汰にスマホを触っているものの、それもあまり乗り気ではないようだった。
 待たせている罪悪感から慌てて傍に寄る。彼女は俺に気付くと、顔を上げてふっと笑った。怒っている訳ではないとわかり、安心する。けれど、先程の不安は心の片隅に残っていた。

 ショッピングモールを出て、彼女の家に向かう。ふたり並んで歩く道中、聞くべきかどうか何度も迷いながらも、結局口を開いた。
「あの、変なこと聞くんですけど」
「ん、どうした?」
 彼女はいつものようにのんびりと返事をくれた。
 口を開いておきながら、続きを言うまでに何度も躊躇ってしまう。もごもご言葉に悩む俺に、彼女は何も言わず、ただ静かに待っていてくれた。

「……俺、トイレ近いですか」
 隣を歩く彼女がこちらに視線を向けた。その目は驚いたように丸くなっていて、まじまじと俺の顔を見る。そんな視線の先にいるのが居心地悪くて、顔を伏せながら誤魔化すように勢いよく言葉を繋げた。
「あ、いや、その、買い物の間、何度も待たせて悪いなと思ったから。それに、俺、飲み会とかでもよくトイレ行くから、もしかしたらトイレ近いのかなってふと思っただけ。別に大した意味は無くて、ほんとに何となく思っただけで」
 俺が色々と捲し立てるのを聞いているのかいないのか、彼女は首を傾けて、小さく声を漏らした。

「気にしたこと無かったな。そうやって言われると……どうなんだろ」
 YESでもNOでも無いその答えに胸を撫でおろす。気にしていないことを知って一安心したものの、自分で色々と言葉を重ねながら、確かに俺はよくトイレに行くなと改めて思っていた。
 今日は午前中に待ち合わせて、軽く歩いた後に昼食を食べて、買い物をして、今は夕方。わざわざ数えてはいないけれど、今日彼女と会ってから四回はトイレに行ったと思う。
 飲み会の時もそうだ。アルコールが入ると更に回数が増える。そういう場は大して長い時間でもないのに、自分でも呆れるくらいトイレに行っている気がする。

「まあ、言われてみたら、確かに私よりはよく行ってるかも。でも気にしなくて良いんじゃない? 生理現象なんだし」
 先程感じた安心が一瞬で砕ける。やっぱりそうなんだ。彼女もそう感じていると思うと、自分の鼓動が少し早くなった。
「いや、でも、それで何度も待たせるの悪いじゃないですか」
「そう? 気にしたことなかった。むしろちょこちょこ行ってくれると、私も行きやすくて有難いけどな」
「そうなんですか?」
「他の人は知らないけど、私はそう。だから別に気にしなくて良いと思うけど」

 優しい慰めの言葉に息を吐く。気にしなくて良いと言ってくれるけれど、一度意識すると気になって気になって仕方ない。言葉を返せなくなった俺に、彼女はからっと笑った。
「もしかしたら膀胱が小さいのかもね」
「……やっぱそうなのかな」
「そうだとしても、日常生活で困ってないなら大丈夫だよ。気になるなら一回量ってみたら?」
 返事はしたけれど、その後のことはあまり頭に入ってなかった。
 彼女の家に辿り着き、いつものようにのんびり過ごさせてもらう。この話題に触れることは互いに無かったけれど、頭の片隅には焼き付いたようにずっと居座っていた。

 +++

 膀胱の容量は成人で最大500~600ml。ちなみに尿意は250ml程度溜まると感じるらしい。
 つまり、限界まで我慢した尿がペットボトル1本分に満たなければ、膀胱は小さいと言えるということだ。

「それで、500mlのペットボトル持って、うちに来たの?」
 俺の説明を聞いて、彼女は苦笑いを浮かべた。
「私は構わないけど、うちで試すの? ひとりの方が良いんじゃない?」
 それは言われると思っていたけれど、何も言葉が返せなかった。
 実は数日前、ひとりの時に自宅で試してみた。けれど、その時は全然駄目で、ボトルの半分くらいしか溜まらなかった。自分では我慢したつもりだったけれど、ひとりだと緊張感が足りないみたいだった。
 だからと言って、外で試す勇気は無い。なので、せめて気を許せる人の近くでやろうと思った。けれどそんなことは言えず、適当に言葉を濁す。
 彼女は何かを察したような顔をして笑う。何も追求せず、いつものようにお茶を出してくれた。

「まあ、ごゆっくり。今日は泊まっていくの?」
「え、帰るつもりでしたけど」
「いつも思うけど律儀だね。遠慮しなくて良いんだよ」
 その言葉にいつも甘えそうになるけれど、駄目だと自分を律する。
 勿論、泊まったことはある。何度か泊めてもらっているし、夜には一緒に寝るし、そういうこともした。だからと言って、いつも泊まるのは悪いし迷惑だろう。体目当てのように思われて、嫌われたくはない。

「あんまりしょっちゅう来ると、邪魔でしょ」
「ん、全然? なんなら一緒に住もうか」
 その発言にびっくりして、飲んでいたお茶を吹きそうになった。
「っ、そ、そういうこと、軽々しく言うのどうなんですか!」
 思わず声を荒げたけれど、彼女はからからと笑うだけだった。
「君だったら全然良いのに」
「…………」
「でも、ここは二人住むには狭いからなあ。引っ越す時に改めて考えようか」
 思いもしなかった話題に何も返事が出来なくなった。彼女は何故かとてもご機嫌で、にこにこしながら俺の頭を撫でた。これだと恋人というより弟だ。けれど、そんな扱いも悪い気はしなかった。

 +++

 のんびり会話をして、なんとなくテレビを見て、時には昼寝をしたり散歩に出掛ける。彼女と過ごす時間は大体こんな感じだ。特別な何かをするわけじゃないけれど、一緒の空間にいるのはとても心地よくて好きだった。
 テレビにはよくわからないドラマが流れている。ぼんやりそれを眺めながら自然と席を立ちそうになって、そこで目的を思い出した。
 俺が腰を上げたことに気付いたのか、彼女は見守るような柔らかい目を細めた。
「トイレ行きたくなった?」
「……まあ、ちょっとだけ」
「まめにトイレに行くのが癖になってるのかもね。それなら、実際我慢したら結構大丈夫なのかもしれないよ」
 そういうものなのかな。ひとまず座りなおして、残ったお茶を飲み干した。
 一度意識したからか、お腹の下の方が少し重いように感じる。出来る限り気にしないようにして、再びテレビに視線を戻した。

 思い返せば、確かに彼女の言う通り、何かのタイミングには必ずトイレに行くようにしていた。今日も、家を出る前に行って、彼女の最寄り駅に着いた時も行っておいた。
 その瞬間のおかげか、ここ最近でトイレを我慢した記憶は無い。……一つだけあると言えばあるけれど、あれはカウントしない。どこぞの悪いおねーさんが未成年にお酒を勧めたのが悪い。俺のせいじゃない。
 今では正式にお酒を飲めるようになり、飲み会にも何度か参加した。その時もまめにトイレに行ったからか、ぎりぎりまで我慢するようなことにはならなかった。
 そういうことなら確かに自分が思っているより我慢できるかもしれない。そう思うと、少し安心できた。

 座布団の上で足を少し動かす。一応、目はテレビに向いていたけれど、ドラマの内容は頭の中を素通りしていた。
 気にしない方が良いと思えば思う程、気にしてしまう。ぞわりと体の中に悪寒が広がったのを逃がすために、静かに息を吐いた。
 ふと視線を動かすと、こちらを見る目とぶつかった。からりと笑う彼女に、何見てるんですかと敢えて見つめ返してみたけれど、その表情は全く崩れなかった。
「……なに」
「いや、何でも。お菓子食べる?」
「食べる」
「ポッキーとプリッツどっちが良い?」
「トッポ」
「両方持ってくるからそれで我慢して」

 彼女が立ち上がって部屋から出ていく。部屋に一人きりになった瞬間、気を張っていたのが少し解けて、背中が丸くなった。
 トイレに行きたい。ぞわぞわした悪寒が纏わりついて離れない。体を揺すって、嫌な感触から気を紛らわせてみるけれど、何より気持ちが落ち着かない。
 すぐそこにトイレがあるという状況への安心は確かにあった。量る為のペットボトルもトイレに置いてきた。万が一ぎりぎりになっても、大丈夫だとは思う。
 Tシャツの上から自分のお腹を撫でる。まだ、平気。だけど、トイレに行きたい。頭の中がじわじわと侵食されていくのを感じる。静かに息を吐くとと同時に、彼女が戻ってくる足音が聞こえたので、慌てて背筋を正した。

 彼女が机に並べた中にはトッポもあった。冗談だったのに。
 お菓子を食べて、お茶のお代わりを貰う。落ち着かない感覚は段々と強くなっていた。結構な時間、我慢したと思う。そろそろ良いんじゃないか。手を拭いてから立ち上がろうとすると、彼女が小さく声を零した。
「ん、もうトイレ行くの?」
「そう、ですけど。結構我慢したし」
「そうなんだ。別に止めるつもりは無いけど、まだ平気そうに見えるけどな」
「そんなことわかるんですか」
「何となく? ぎゅーって押さえちゃうくらいまで我慢するのが限界かと思ってた」
「……っ、そ、そんなの、人前で出来る訳ない」
「私は気にしないよ。見たことあるし」
 彼女はそう言ってから、慌てたように口を噤む。その言葉に顔が一気に熱くなった。

「……あれは、違う。ノーカウント。覚えてない。知らない。あんなの無し」
「ごめんごめん、そうだった。別に何も無かったよね。悪いおねーさんに唆されただけだもんね」
「そう。俺のせいじゃない」
 その場にもう一度座りなおして、そっぽを向いた。別に大して怒ってないけれど、彼女の反応が気になって、敢えて不貞腐れたふりをしてみる。
 わざとらしく顔を背けていると、口元に何かが当たる。固い感触とチョコレートの甘い香りがして、視線だけ向けると、彼女はトッポを摘まんで、その先端を俺の口に当てていた。からっと笑うその表情に言いたいことがあったけれど、向けられたその先に嚙みついたので何も言えなかった。

 ドラマはいつの間にか終わっていて、今はニュース番組が流れている。ぼんやりと眺めながら適当に言葉を交わしていたけれど、段々と集中力が落ちていくのがわかった。
 お腹の下、足の付け根がぞわぞわする。体の中に重い塊を感じた。姿勢を正すふりをして、体を揺すって嫌な感覚を誤魔化す。
 トイレ、行きたい。少し前からあり続ける感覚はいつの間にかとても大きくなっていた。
 もう充分だろう。そろそろ行っても良いんじゃないか。でも、もう少しだけ頑張ってみようかと思う自分もいる。
 何か、きっかけを探していた。先程のやり取りもあってか、何も無しに立ち上がる事に抵抗があった。あと五分だけ我慢したら。このニュースが終わったら。これを食べ終えたら。そうやって少しずつ時間を引き延ばす度に、腰の辺りに嫌な感触が響いて、ぞわぞわと悪寒が広がる。

 口に残ったチョコレートの味をお茶で流す。トイレに行きたいとずっと思っているのに、つい飲み物を口に運んでしまうのは何故なのか。
 喉を流れた液体がお腹まで落ちていくのがわかる気がする。既にたっぷり溜まっているそこへ、更に液体が流れ込む感触。膨らんだ膀胱が更に大きく広げられる感触。ぞわりと体が震えて、思わず背筋が伸びた。
 トイレ、行きたい。トイレトイレトイレ。他のことは全部頭から追い出されて、トイレのことでいっぱいになる。
 もう、良いかな。もう、流石に良いだろう。そう思うのに立ち上がれない。もじもじと体が揺れてしまう。机の上に散らばった空き箱が視界に映っていた。息を吸って、吐いて、嫌な衝動を必死に堪える。

 顔を上げると、視線を感じた。彼女がこちらを見ていた。何も言っていないのに、何が言いたげに見えた。目が合った瞬間、全身の温度が一気に上がった気がして、体が強張った。
「大丈夫?」
「……まだ、平気」
「あんまり無理しない方が良いよ」
「無理してない。全然大丈夫。平気」
 トイレの事しか考えられないくらいなのに、つい意地を張ってしまう。言葉が嘘ではないと見せつけるように、残っていたお茶を一気に飲み干した。彼女は小さく声を零したけれど、それ以上は何も言わなかった。

 座布団の上で体を揺する。トイレ、トイレトイレトイレ。背筋に悪寒が走って、全身がぶるりと震える。お腹の中にずっしりと重い物がある。たぷんと揺れて、震えて、熱い液体が押し寄せるのを感じた。
 思わず全身に力が籠る。だ、め、絶対だめ。我慢しないと。押し寄せる波に呼吸が浅くなる。体が小さく震えていた。
 と、いれ、トイレ、トイレ……おしっこっ。浅い呼吸で白む頭に、言葉が浮かんでは消えていく。おしっこ、おしっこしたい、はやく、もう、無理、だめ、トイレ、行かないと。

 自分の鼓動がとても大きく聞こえていた。へその下辺りにずっしり溜まったものがある。まるでそこが心臓になったかのようにどくどく脈打って、たぷんと溜まった中身を押し出そうとする。
 あ、あ、だめ、トイレ。トイレ、行かないと。ばくばくと煩い鼓動に急かされて立ち上がろうとしたけれど、その瞬間、熱い液体が押し寄せるのを感じて、思わず固まった。
 今、動いたら、まずい。ぴたりと固まったまま、ただ呼吸を繰り返すことしか出来ない。
「大丈夫?」
「……だ、い、じょーぶ」
 全く思っていないのに、強がりが勝手に零れた。まだ見栄を張ろうとする自分に呆れて、でもそんな余裕がある事には少し驚いた。

 指の先まで体が強張っていた。トイレ、おしっこ、おしっこ。息を吐く。体の中で嫌な感覚が暴れていた。ああ、だめ、トイレ、はやく、はやくトイレ、お、しっこっ……。
 下腹部が大きく張っていた。ずっしりと重くて、苦しい。中身がたっぷりと詰め込まれていて、もうこれ以上膨らまない。はやく中身を出せと体が訴える声で頭が少し痛んだ。
 波が引いては押し寄せる。じくじくと刺すような鈍い感覚に、肌を搔きむしりたくなる。自分の膝を強く握りしめて、襲い来る衝動に必死に耐えていた。

 ぶるりと全身が大きく震えた。あ、ああ、だめ、おしっこ、でる、あ、だめ、トイレ、トイレっ! これ以上我慢できない。本当に無理、だめ、このままじゃ、おしっこ、出る。
 頭の中がかき混ぜられたようにぐちゃぐちゃになる。荒れ狂う生理欲求に急かされて、とにかく立ち上がろうと片膝を立てた。その瞬間、お腹の中がきゅうと縮んで、全身が大きく震えた。
 あ、あ、むり、だめ、出る、おしっこっ……! 考えるより先に手が動いて、ズボンの上からひくひく疼く先端をぎゅっと握った。あ、あ、だめ、トイレ、おしっこ……! 全身が火照ったように熱くて、背中に汗が伝った。

 で、る、だめ、でる、でる、おしっこ、おしっこっ……。お腹が苦しい。出したい、何でも良いから、おしっこしたい。叫びたくなる衝動に体が震える。
 子供みたいに、ズボンの前をぎゅうぎゅう握って、溢れそうなおしっこを必死に我慢する。手を離すことは出来なかった。
 もう何でも良い、はやく、はやくトイレ、おしっこっ! 手で出口を塞いだまま立ち上がろうとしたけれど、足が震えて上手く動かない。何とか座布団の上で片膝を立てたものの、また大きな波が押し寄せて、その状態から動くことが出来なくなった。

「……だ、大丈夫? 立てる?」
 すぐそこにいる彼女の声がとても遠くに聞こえた。口を開いたけれど、何にも言葉が出てこなくて、頷いて返事をする。
 でる、でる、だめ、むり、おしっこ! 体が悲鳴を上げている。膀胱は破裂しそうなくらい膨らんでいて、満水の中身を押し出そうとしていた。大きく張り詰めた水風船にある僅かな出口に熱い液体が押し寄せる。
 あ、あ、だめ、だめだめだめ、おしっこ、あ、あっ……! 先端に向かって熱い液体がじわじわと満たされていく感触。手で出口を必死に塞いだけれど、完全に蓋は出来ない。僅かな隙間からぶじゅ、と熱い雫が噴き出して下着を濡らした。

 あ、あっ、だめ、や、ばい、むり、でる、おしっこ、あ、あっ……! 押さえる手が震える。ズボンの内側で下着が熱く濡れて、肌に張り付く。
 いやだ、だめ、でる、おしっこ、おしっこ、トイレっ……! 体が震える。トイレに行きたいのに、行かないといけないのに、体が動かない。立ち上がったら、その瞬間に出る。
 頭の中はぐちゃぐちゃだった。訳がわからない。けれど、おしっこがしたくてしたくてたまらない。視界に映る床がぼんやりと歪んだ。ああ、あ、だめ、と、いれ、といれ、といれ、おしっこっ……!

「え、ほんとに大丈夫? トイレ行ける?」
 自分の鼓動と呼吸がうるさくて、彼女の声は微かにしか聞こえない。何の返事も出来なかった。もう嘘でも大丈夫なんて言えなかった。
 でる、でる、おしっこ、おしっこっ! 荒れ狂う波に押し流されそうになりながら、必死に堪える。じんわり濡れた下着が気持ち悪い。これ以上は嫌だと必死に我慢するけれど、手の中では熱い雫が滲み出して、温かく濡らした。
 だめ、といれ、おしっこっ……! 歪んだ視界から涙が落ちる。もう強がる余裕なんて欠片も無い。ちょっとでも落ち着いたら、ズボンの前を押さえたままトイレに駆け込もうと思うのに、それすら出来ない。
 で、る、もれる、おしっこ。やだ、いやだ。でも、もうほんとに、おしっこ、おしっこっ……!

「もう、我慢しすぎ! ペットボトル持ってきてあげるから待ってなさい! どこに置いたの? トイレ?」
 顔を上げることも出来ず、ただ頷いた。ばたばたと慌ただしく離れていく足音が微かに聞こえる。
 体が震える。頭のてっぺんから足の先まで波が走り抜けて、膀胱が中身を出そうときゅうと縮む。
「あ、あ、っ、あっ……」
 情けない声が漏れた。また熱い雫が溢れそうになる。咄嗟にズボンの上からぐにぐにと揉んで、必死に抗う。

 あ、ああ、だめ、で、る、おしっこ、おしっこ、もうむり、でるっ……! 彼女はまだ戻ってこない。息が上手く出来ず、は、は、と短い呼吸を繰り返すだけでも必死だった。おしっこ、おしっこしたい、もうむり、でる、だしたい、おしっこ、おしっこっ……!
 もう我慢することは考えられなかった。出したい、何でも良いから出したい。何でも良いからおしっこが出来る場所を、何でも良いから許可を求めていた。
 膀胱がずきずき痛む。出したい。出したくてたまらない。もうむり、我慢できない、おしっこしたい……! 

「はい、持ってきたよ! もうそこでして良いから!」
 頭の上から彼女の声がした。俺が顔を上げるより先に、彼女が俺の前にしゃがみ込む。手には500mlのペットボトル。キャップが外されているので、口は開いていた。
 それを見た瞬間、出せると思った。待ち望んだ場所、待ち望んだ許可が目の前にあった。
 一足先に体が希望に打ち震えた。痛い程に塞ぐ手の中で、疼く先端から熱いおしっこが溢れる。ぶじゅ、と熱さが広がって、ああ、と力ない声が漏れた。
 だめ、出る、でるでるでる、おしっこ、おしっこっ……! 片手で押さえたまま、反対の手でズボンのボタンを開ける。ボトルを受け取る必要があるけれど手が足りない。手を離したら、その瞬間におしっこが出てしまう。

「……ぁ、あ、でるっ……」
「持っててあげるから。大丈夫?」
 彼女の手にあるボトルが傾けられて、小さな口がこちらに向けられる。そこに出せる、出していいと感じた瞬間、熱いおしっこが一気に押し寄せた。
 あ、あ、だめ、でる、むり、おしっこ、おしっこ、だす、もうむり、だす、でる、おしっこ、おしっこっ! 片手で何とかボタンを外した瞬間、手を下着の中に突っ込み、思いっきりズボンの前と下着を下へ下ろした。

 震える手でじっとり濡れた先端を無理やり引っ張り出し、ボトルに向ける。ぶじゅ、と噴き出したおしっこはボトルの口を濡らし、その周りに雫を零した。
 出せる、もう良い、出していい。それなのに上手く中に入らない。あ、あ、だめ、おしっこ、したい、だす、でる、おしっこ、あ、あ、あっ。手が震える。じゅ、じゅうとおしっこが零れて、床を汚す。
「っ、ぁ、あぁっ……!」
 震える手を伸ばした。彼女の手の上から思いっきりボトルを握って、先端に近付けた。零れた雫がボトルの中に落ちる。やっとだ、と理解したのは頭より体が先だった。

 ぶじゅううう、と激しい水音と共に、おしっこが勢いよく噴き出した。野太い水流が透明なボトルの中に注ぎ込まれて、薄く色付いたおしっこが溜まっていく。ボトルを握る手はがくがくと震えていて、中の液体が落ち着きなく揺れていた。
 あ、あ、あ。じいんと刺すような快感に体が震えた。で、てる、おしっこ、出せた、出てる、あ、ああ、あ。ぐちゃぐちゃだった頭が真っ白になって、意識がぼんやりした。
 ぽかんと開いた口から長く息を吐く。勢いよく出続けるおしっこをしながら、ただ呼吸を繰り返していた。世界が遠くなったようで、ふわふわした意識の中、ただ気持ち良さだけがあった。

 我慢に我慢を重ねた開放感は強すぎるくらいの快感で、頭の芯がじいんと痺れる。ぶるりと体が震えて、鳥肌が立っていた。
 瞬きをすると歪んだ視界が鮮明になった。空っぽだったボトルは七割程が薄い液体に満たされている。それでも、まだおしっこは止まらなかった。
 我慢しすぎたかもしれない。長く吐き出す息には快感が混じって、熱く温度を持っていた。

 どんどん満たされるボトルを見ながら、自分の手の下に違うものがあることに気付いた。
 ほんのり温かいボトルより、更に温かい感触。柔らかくて、優しい手。はっとして顔を上げると、彼女はすぐそこにいて、苦笑いを浮かべていた。
 思わず手を離しそうになったけれど、万が一でも落としたら大変なことになるのでそれも出来ず、結局、そのまま彼女の手の上からボトルを握っていた。
「……ご、ごめ、んっ……」
「全然構わないけど……。大丈夫?」
 頷く。頭が重くてそのまま俯く。申し訳なさと恥ずかしさで顔を見れない。
 彼女は何を思ったか、俺の頭をに触れてそっと撫でた。その感触は心地良いけれど、なんだか惨めにも感じて、それでも嬉しさはあって、とても複雑な気持ちだった。手を振り払うことはせず、そのまま撫でられていた。

 中身はどんどん増していく。もうすぐいっぱいになるというのに、おしっこはまだ出ていた。止めようと思っても、我慢しすぎたからか上手く体が動いてくれない。どうしようと慌てている間にも満水を迎えてしまった。
 水面はボトルの小さな口を乗り越えて、溢れたおしっこがボトルの外側を伝った。支える手が温かく濡れていく。俺の手が濡れているので、その下にある彼女の手はもっと濡れているはずだ。
「……ご、ごめん、すみません、ほんとに、ごめん、なさい」
 顔を上げて、何とかしようと思ったけど、何も出来ない。じわりと涙が浮かぶ。歪んだ視界の向こうで彼女はいつものようにからっと笑った。

「大丈夫だよ。いっぱい我慢したね」
「……ご、ごめん、汚いのに……」
「気にしてないよ。それに、君のおしっこ触るの初めてじゃないし」
「っ、ほ、ほんとに性格悪い。意地悪。ばか。最低」
 口が動くままに悪態をついてみるけれど、どう考えても格好が付く状況ではない。楽し気な彼女の視線が逃げるように俯くと、床に水溜まりが広がっていくのが見えて、余計に情けなくなった。
 彼女は何故か俺の頭を撫で続けている。ぐす、と鼻を啜った音は聞こえなかったと思いたかった。

 ボトルを溢れさせて、床に水溜まりを作って、やっとおしっこは止まった。ずっしり重かったお腹は軽い。付きたままのテレビからは単調なニュースが流れ続けていた。
 はー、と長く息を吐く。全部、出た。すっきり、した。……気持ち良かった。余韻で頭がぼんやりする。空っぽの体には爽快感と解放感が詰め込まれていた。体が軽いけれど、疲れ切ったような気怠さもあった。

 恐る恐る顔を上げると、見守るような視線の彼女とぶつかった。気まずくて咄嗟に目を逸らしてしまったけれど、失礼だと思ってもう一度戻す。でも恥ずかしくてまっすぐ見ることができず、ちらちら見る形になっていると、彼女はいつものようにからから笑った。
「500ml以上我慢出来たね」
「うん。……ほんとに、ごめん」
「いえいえ。これで膀胱小さくないってわかったね」
「……うん」

 まだ彼女の手の上からボトルを握ったままなことに気付いて、慌てて手を離した。濡れた男性器を下着に戻して、ズボンの前を整える。
 彼女は自分だけで持った満水のボトルを、そっと水溜まりの上に下ろした。床に置いた瞬間、僅かな振動でボトルの口から液体が零れて、彼女の手を濡らすのが見えた。
「っ、あ、ごめん、ほんとにごめんなさい、俺、片付ける。ほんとにごめん」
「そんなに謝らなくても」
「だ、だって……」
「手は洗えば良いよ。それより服は大丈夫?」

 その言葉に、濡れてじっとりと張り付いた下着を意識してしまって、頭が熱くなった。大丈夫と言いたかったけれど、その言葉は出てこない。それが返事になっていたのか、彼女はからからと笑った。
「タオル出しておくから、シャワー浴びておいで」
「……すみません」
「気にしないで。もう今日は泊っていったら? 遅くなるでしょ」
「でも、着替えとか持ってきてない」
「貸してあげるよ。どうする?」
「……泊まる」
「ん、じゃあ着替え出しとくね。後で晩ご飯、買いに行こうか」
「うん。ありがと」
 結局なし崩しに泊まることになってしまう。申し訳なさもあったけれど、長く過ごせる事に嬉しさが無い訳がなかった。

 +++

「そういえば、さ」
 夕食を終えると、外はすっかり日が沈んでいた。ビールを飲みながら、ややご機嫌になった彼女が口を開いた。
「おしっこを量ってたけどさ、そもそも君が膀胱小さいとは思ってなかったよ」
「なんでですか」
「だって、前の時、水溜りがすごく大きかったから。タオルたくさん使ったよ」
 思い出したくない出来事を話題に出されて、全身が一気に熱くなった。
 何も返事をしない俺に気付いたのか、彼女は一瞬はっとした表情を浮かべたけれど、すぐにいつものように笑った。

「あ、ごめんごめん、あれは無かったことにするんだった。でも、すごく可愛かったから、つい思い出しちゃうんだよ。仕方ないでしょ」
 彼女は楽しそうな目でこちらを見ている。顔を背けたけれど、自分が赤い顔をしているのはよくわかった。
「あはは、照れてる? 可愛いなあ。こっちおいで。ハグしてあげよう。ビール飲む?」
「いらない! おねーさん、飲みすぎ! 酔っ払い! もう寝ろ! ばか!」
 悪態をついても、彼女はからからと笑うだけだった。ご機嫌で無神経な言動はちょっと気に障ったけれど、他意が無いのがよくわかって、とても安心できた。

 

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初出:2024年5月2日(pixiv・サイト同時掲載) 
掲載:2024年5月2日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。