2019年5月3日 し~むす!19(都産祭2019にて開催)
志月さら様(id=10760442)のサークル『アクアマリンと薔薇』(し-25)にて委託させていただきました。
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「あの子はぎりぎり間に合わない」「くーる・がーる・りらーっくす」の二作となっています。
以下、サンプルです。
一 あの子はぎりぎり間に合わない
グラスが空になり、次は何にしようかなとメニューに手を伸ばす。その時、後ろに置いていた自分の鞄が倒れた。伸ばした腕が当たってしまったようだった。
横向きになった鞄から物が零れる。注文はひとまず後にして、財布、手帳、ポーチとひとつずつ拾って戻す。人の鞄じゃなくて良かった。そんなことを思いながらスマホを手に取ると、ボタンに当たったのか、暗かった画面がぱっと明るくなった。
画面には通知が二つ。ひとつは隣に住む幼馴染からのメッセージ。そして、もうひとつはアラームの表示。
「あ、あ、あああああーっ!」
止めた覚えがないアラームが止まっている。そして画面の端に表示された現在の時間。それが意味することに気付いて、私は思わず声をあげていた。
「ど、どうしたの亜子ちゃん」
「ば、ば、バスが行っちゃう! 私、帰ります!」
余裕を持ってここを出るためにアラームを掛けていたのに、全く気付かなかった。既に予定より十五分過ぎていた。
スマホを鞄に投げ込み、財布から適当にお札を置く。そしてコートを着ながら立ち上がった。
「え、終電ってもうそんな時間?」
「電車はまだ大丈夫だよ。ほら、亜子ちゃんバスだから」
「あー、バスの最終って結構早いもんな」
会話に混ざる余裕はなかった。慌てて着たので、コート中でカットソーの袖が捲れていたけれど、気にしている場合ではなかった。
「すみません、お先です!」
「気を付けてねー」
「またねー」
お店を飛び出すと、その寒さに身震いした。中の賑やかさや温かさとは裏腹に、外はしんと静まり返り、人の代わりに冷たい夜風が吹き付ける。火照っていた体は一気に冷やされていた。
とにかく私は駅に向かって走る。ぺたんこの靴を履いていたのが救いだった。
こうならない為にアラームを掛けていたのに。マナーモードのままだったのかな。しかも、鞄に入れっぱなしだったら、賑やかな居酒屋では気付かないのも当たり前だ。机の上に置いておくか、もしくはズボンのポケットにでも入れておけば良かった。
そんなことを走りながら考えたけれど、後悔先に立たずとはまさにこのことだった。
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駅に飛び込み、まずは電車に駆け込む。バス停までは電車で二駅だ。
本当はもう一つ前の電車に乗るつもりだった。間に合うかな。ああもう、もっと気を付けていれば良かった。息を整えながら、少しでも改札に近くなるように車両を移動する。ええい、この電車でもがんばれば間に合うはずなんだ。ここまで来たからには、何としてでもバスに乗ってやろう。
こういう時、近くにバス停しかないアパートを借りたことを後悔する。最終のバスを逃すと、タクシーに乗るか、暗い道をひたすら歩くしか手段がなくなってしまう。
まだ歩いて帰った経験はないけれど、もしかしたら今日がその第一回目になったりして。そうなりたくはないと思っていると、電車がスピードを落とし始めた。
すぐに降りられるように扉の前に移動する。じっと立っていると、なんだかトイレに行きたくなってきた。そういえば、今日はいつもよりたくさん飲んだかもしれない。
スマホで時間を確認する。今の時間だと、バス停までまっすぐ走って、ぎりぎり間に合うかどうかというところだ。おそらく、というか絶対、トイレに寄る時間なんてない。
大丈夫、バスに乗ってしまえば家まではあっという間だ。それくらい我慢できる。
電車が止まると同時に私は飛び出した。ホームを走り、階段を駆け下りる。
最終バスは既に停車していた。周りに人の姿はない。それはつまり、乗客は既に乗った後で、バスはいつでも出発できる状態だということ。
待って、私も乗ります! 息が上がっていて声にはならなかったけれど、心の中で叫ぶ。痛くなってきた足を何とか動かし、バスに駆け寄る。もうちょっと、あと少し。ぜいぜいと息苦しいのを堪え、何とか走り続けた。
そのかいあってか、何とかバスに乗り込むことが出来た。はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら、入り口すぐ横のシートに座る。それと同時にドアが閉まった。
ぎりぎりセーフ、と言うか、走ってくる私を見て、待ってくれたのだと思う。なんだかすみません。心の中でそっと謝った。
乗ってしまえばこっちのもの。あとは最寄りのバス停に付くまでゆっくり出来る。ただ、寝たりぼんやりしたりで通り過ぎると、これまた大変なことになるから気を付けないといけない。
鞄に手を入れ、スマホを取り出そうとした時、全身がぶるっと震えた。
二 くーる・がーる・りらーっくす
すらりと指が細く長く、とても女性らしい手だと思った。その指先が私の首筋に触れる。温かい指先に力が抜けたのも束の間、首筋を押されて、喉の奥で潰れた声が漏れた。
「ふふー、らくーにしてくださいねー。力を抜いてー、リラーックスしましょー」
間の抜けたというか間の伸びた話し方は普段なら気に障っただろうが、今は何とも思わなかった。小柄でこじんまり、『ゆるふわ』という言葉が似合う彼女にはむしろぴったりだとすら思えた。
彼女は線の細い見た目とは裏腹、かなり力があるようだった。先程ボールペンを持っていたしなやかでほっそりとした指先からは想像が付かないほどの力で、ぐいぐいと私の体を押していく。
「うわあ、かなり凝ってますねー。辛かったんじゃないですかー?」
「そうですね。肩なんてバキバキで」
「そうですよねー。ふふー、しーっかりほぐしていきますねー」
会話はそこで途切れ、部屋は沈黙が支配する。けれど気まずさや重苦しさはなかった。
薄暗い部屋を埋めているのは柔らかな空気。それはきっと彼女が作り出しているのだろう。
柔らかなマットの上に寝かされ、私の体を隠すのは下着と大きなタオルケットだけ。どこかどんくさそうな彼女はうっかりタオルケットを落としてしまうのではないかと初めは不安だったけれど、それは一瞬で解消された。
流石プロというべきか、彼女の動きは一つ一つが丁寧で繊細だった。その上で指先は力強く私の体を解していく。とても気持ちが良かった。体が解れるにつれて、心も解れていくのを感じた。
穏やかな空気の中、彼女の間延びした言葉を聞くのも悪くないと思った。
首から背中、腰へ手は移動していく。彼女が触れた部分はぽかぽかと温かく、軽くなっていく。まるで、張り付けていた鉛を剥がしていくようだ。私の体はこんなに軽くて、こんなに温かいのだなと思った。
「はーい、ではー、仰向けになりましょうかー」
のんびりした声。肩越しに彼女を見ると、ゆるふわな顔にゆるふわな笑みを浮かべて、大きなタオルケットを両手で広げて持っていた。
「こうして隠しているのでー、ぐるーっと回って仰向けになっていただけますかー?」
本来なら大嫌いな話し方なのに、この彼女だとどうも許してしまう。言われるがままに『ぐるーっ』と寝返りを打つと、その瞬間には新しいタオルケットが体に掛かっていた。
すごい。感心している間に、彼女は私が今まで使っていたタオルケットを簡単に畳み、棚に置く。そして、ふにゃっと気の抜けた笑顔を浮かべ、再び私に触れるのだった。
先ほどと同じように、手は首から順番に降りていく。心地よさを感じている中で、ちょうどお腹のあたりをぐいぐいと押された時だった。
お腹の奥がぞくぞくと疼く。ここに来る前に空っぽにしてきたお腹に水分が溜まり始めたようだった。お腹や腰のあたりを押すたびに尿意はどんどんと強くなっていく。
焦りを感じ始めた時、彼女の手がぐいっと腰を強く押さえた。今まで以上に強く激しい尿意が全身に走り、咄嗟にやめてと言いそうになるのをぐっと抑え込んだ。
もう子供ではないのだから、お手洗いに関する問題はちゃんと対処してきたつもりだった。家を出る前にも行ったし、最寄りの駅に着いたときにも念のために済ませた。その後、水分はとっていないはずなのに――と思ったが、一つの例外に思い当たる。
施術前のカウンセリングタイム。お洒落なティーカップには透き通った紅茶がたっぷりと注がれていた。緊張していたからか、私は一つ答えるたびにカップに口を付け、あっという間に紅茶を飲み干していた。
彼女はお代わりの紅茶を注ぎながら、その紅茶のことを説明していた。
――これは『なんとか』という紅茶でー、『なんとか』作用とかー、あと『なんとか』効果があるんですよー。
ぼんやりとしか聞いていなかったので紅茶の名前は思い出せないし、作用や効果の名前も思い出せないが、ただ一つ思い出せることがあった。
――水分をとるのはとても良いことですのでー、たーくさん飲んでー、リラッークスしてマッサージを受けてくださいねー。
彼女の言葉通り、私はその紅茶をたくさん飲んだ。全身をしっかり揉み解されたことで代謝が良くなったのかもしれない。空っぽにしたはずのお腹の中に、先ほど飲んだ紅茶がどんどん流れ込んでいるのを感じる。
でも、飲んだ量はカップにたかだか2杯か3杯。それだけしか飲んでいないのだから我慢できるはずだ。途中でお手洗いに立つなんてありえない。もう子供じゃないんだから、ちゃんと我慢しないと。