デートの後は 彼側のお話

 他愛もない話でも、彼女が楽しそうだとこちらまで楽しくなってくる。ケーキはあっという間に食べ終えていたので、気に入ってくれたみたいだ。下調べを頑張ったかいがあった。
 相槌を打ちながら、紅茶を口に運んで喉を潤す。もう少し飲もうと思ったが、いつの間にかポットは空になっていた。彼女はあ、と小さく声を上げて頬を染めた。紅茶も口にあったようで、どんどん飲んでしまったらしい。そんなところも可愛くて、つい笑ってしまった。
 まだ時間は十分あったので、お代わりを頼もうかと尋ねると、彼女は少し迷ってから頷いた。本当に気に入ったみたいだ。銘柄を覚えておこうと思いながら、店員を呼んだ。

 話も一通り弾んで、そろそろ店を出ても良いかなと思い始めたが、机の上のポットにはまだ紅茶が残っていた。美味しかったとは言え、流石に多かったみたいだ。残っていることを申し訳なく思ったのか、彼女は少し暗い顔をしていた。
 正直、十分すぎる程に水分は取っていたけれど、もう少しだけ頑張ることにした。自分の分を飲み干してから、もう一度注ぐ。念の為、まだ飲むか確認したけれど、彼女は首を小さく横に振った。
 ポットは空になって、自分のカップには並々と紅茶が注がれている。少し冷めていて飲みやすくはあったけれど、流石に辛かった。無理やり飲み込んで、もう一度カップを空にする。
 満水のところに更に水分が注ぎ込まれて、気持ち悪さすら感じる。けれど情けないところは見せたくなくて、無理して笑う。彼女は安堵したように表情を緩めた。その顔も可愛かった。

 店を出ようと席を立った際、下腹部がずっしり重いのがわかった。ぞわぞわと形のない衝動が腰のあたりに纏わりつく。トイレに行きたい。生理現象を自覚すると、ぶるりと体が震えた。
 座っている時から、奥にトイレがあるのは見えていた。今行っておくべきだと思ったけれど、出来なかった。そのまま素直に会計を終えて、お礼を言う彼女と一緒に店を出る。駅に向かって歩きながら、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。

 初めて出掛けた時、少しでも長く一緒にいたいあまり、彼女の最寄り駅まで送っていった。今もその思いは変わらない。彼女を送り届けてから引き返すのがお決まりになっていた。
 けれど、今はそんな申し出をしたことを少しだけ後悔していた。帰りが遅くなるとか電車賃が嵩むとか、そんなことは些細な問題だ。彼女が許すならば家まで送り届けたいくらいだ。けれど今、そんな行動を許さないのは他でもない自分自身だった。
 椅子は空いていなかったので、彼女と並んで扉の傍に立った。電車の揺れる音だけが響く。会話をしている人がいなかったので、自然と俺も彼女も黙っていた。
 吊り革を掴む手に力が籠る。ズボンの内側で足が少しだけ震えていた。悪寒に似た嫌な感覚が肌の上を走り回っている。ふう、と吐き出した息は電車の揺れる音に搔き消された。

 トイレに行きたい。店を出てからそれ以外は考えられなかった。店を出る時にでも、もしくは電車に乗る前にでも、行っておくべきだった。けれど、出来なかった。
 彼女に恥ずかしい姿は見せたくない。良い姿だけ見せていたい。生理現象なのだからトイレくらい誰だって行くとわかっているけれど、それでも彼女の前では嫌だったし、そんなことを言い出すのが恥ずかしくてたまらなかった。
 せめて彼女がどこかのタイミングでトイレに行ってくれたら、俺も言い出しやすいけれど、デートの最中に彼女が席を立つのを見たことが無かった。トイレが遠いのかもしれない。女の子である彼女が平気なのに、俺だけ行くのは尚更嫌だった。

 服の上からさり気なく自分の腹を撫でる。下ろしたてのシャツの内側で、へその下がぽこりと膨らんでいる。無理して飲んだ紅茶が体を巡った後、そこへずっしりと溜まっているようだった。
 嫌な衝動が纏わりついて離れない。トイレ、トイレトイレトイレ。先程までの楽しかった時間はどこかへ追いやられて、トイレのことばかり考えていた。
 自分一人だったら、間違いなく次の駅で降りている。それくらい尿意は強くて、膝が静かに震えていた。ああ、トイレ行きたい、はやく、トイレ。もじもじと体が動きそうになるのを何とか堪える。
 みっともない姿は見せたくない。彼女を送り届けるまで、ちゃんと平気なふりをしないと。ごくりと唾を飲んで、小さく息をつく。我慢できずに少しだけ太ももを動かしてしまったけれど、ばれていないと思いたかった。

 何とか彼女の最寄り駅について、一緒に改札のところまで向かう。この駅は改札のすぐ向こう側にトイレがあって、大きく描かれたマークが嫌でも目に入った。そこにトイレがある。意識すると、腹の奥がぎゅうっと縮む感触がする。ぶるりと体が大きく震えたのを、ぞわりと背筋に嫌な悪寒が走ったのを、必死に誤魔化した。
「じゃあ、ここで」
「う、うん。ありがとう、楽しかったです」
「俺も。じゃあ、またね」
 震えそうな声を必死に落ち着かせた。ばれないように出来るだけ平然を装う。持ち上げて、ばいばいと振った手がやけに冷たい。笑った顔は強張っていたかもしれないが、彼女は何かを言うこと無く、別れを惜しむように少し暗い顔で笑った。

 彼女に背中を向ける。一歩、一歩と足を踏み出しながら、膝が震えるのが分かった。本当なら今すぐ駆け出したい。けれど、もしかしたら彼女がまだ見ているかもしれない。振り向いて確認したいけれど、そんなことは出来ない。
 ただ前を見て、まっすぐ進んで、角を曲がったところで、大きく息を吐いた。ここまで来たら、流石に彼女からは見えない。そう意識した瞬間、ぞくぞくと強い悪寒が頭の先から爪先まで走り抜けて、体が大きく震えた。
 ああ、トイレ行きたい、トイレトイレトイレっ! 周りに人はいない。自分の浅い呼吸の音だけが聞こえる。伸ばしていた背中が丸くなって、震える手がズボンの前に伸びた。
 もう一度、周りに誰もいないことを確認して、ズボンの前をぎゅっと握った。子供みたいに手で押さえると少しだけ落ち着くけれど、ぞくぞくと湧き上がる悪寒は変わらない。
 とにかく早くトイレに行きたくて仕方なかった。ここから一番近いのは、先程彼女と別れた改札の向こう側だ。今すぐに引き返して、改札をくぐって、あのトイレに飛び込みたい。けれど彼女がまだ近くにいるかもしれないと思うと、出来なかった。

 震える足を動かして、何とかホームに向かう。ちょうど電車が到着したところだったので、そのまま飛び乗った。席は空いていたけれど、一度座ってから立ち上がる時間すら今は勿体なかった。
 扉のすぐ傍に立って、静かに呼吸を繰り返す。自然と背中が丸くなって、重くなった下腹部を抱えるような体勢になる。震える指を握り込み、震える膝をさり気なくすり合わせた。
 立ち止まっていると、尿意は更に強くなる。はやくはやくはやく、はやく、トイレっ。扉が閉まることすら遅く見えた。ゆっくりと走り出した電車を急かしながら、体の中で暴れる衝動に必死に抗った。

 この電車にトイレは無い。今出来るのは、ただ我慢することだけ。必死に呼吸を繰り返して、ただ我慢を続ける。手で押さえたら少しは楽になるけれど、周りに人がいる状況では絶対に出来ない。
 膀胱は満水で、はち切れそうな程に膨らんでいる。重くて苦しくて、今にも溢れ出しそうだ。
 じんじんと嫌な衝動が足の付け根に響き渡る。はやく、はやくはやく、トイレ、トイレ……! 下腹部が重くて苦しい。必死に我慢するのが辛くて、泣きそうになりながら必死に耐えた。

 一駅進むだけなら五分も掛からないはずなのに、とても長い時間のように感じた。浅く短い呼吸を繰り返しながら、流れる景色がゆっくりになるのを見つめる。一刻も早く降りられるように、扉のすぐ前に立った。
 ああ、やばい、ほんとにやばい、トイレトイレトイレっ、おしっこっ……! 熱い液体が暴れまわって、出口に向かって押し寄せる。込み上げる衝動が全然落ち着かない。堪えきれず、自分の体と扉との間でズボンの前を押さえた。ひくひく疼く出口を手で物理的に塞いで、中身が溢れないように必死に押し留めた。
 あと少し、あとちょっとだけ、我慢っ、我慢しないとっ……! 電車が揺れて、停車するのを感じながら、頭の中で繰り返す。固く閉じた扉がゆっくりと開く。その隙間に体を捻じ込んで、外へと勢いよく飛び出した。

 足を止めることなく、駅のホームを電車に沿ってひたすら歩く。向かうのは階段とは反対側、誰も向かわない端の方。
 ああ、やばい、トイレ、おしっこ、おしっこでる、もれる……! 浅く呼吸を繰り返しながら、必死に歩く。ぶるりと体が震える。熱いおしっこが先端に向かって押し寄せる。
 進むにつれて、ホームの幅は狭くなっていく。その先では壁に扉くらいの大きさの穴が開いていた。上部には色褪せた小さな看板が飛び出している。そこには、先程彼女を送り届けた時に見た大きなマークがこじんまりと収まっていた。

 早歩きで中へと飛び込む。中は薄暗く、つんと鼻に突くにおいがする。色褪せたタイルの中、やや薄汚れた白いものが見えた。その瞬間、体が大きく震えた。
「あ、あ、っ、あっ……!」
 どくどくと鼓動が早くなる。と、いれ、といれといれといれ、おしっこっ……! 色褪せたタイルの床を踏む。目も足も、壁際に並んだ白い陶器のそれに引き寄せられていた。
 あっ、でる、むり、もう、でる、おしっこ、あ、あ、っ……! 子どもみたいにズボンの前をぎゅうっと押さえながら、反対の手でファスナーを下ろす。ズボンの内側で、じわりと熱い液体が滲み出るのがわかった。

 あ、あ、あ、だめ、おしっこ、あ、あ。震える手で先端を中から無理やり引っ張り出したのと、両足が小便器の前へと辿り着いたのはほぼ同時だった。じゅ、と零れ出した雫が足元に落ちる。息を呑みながら、先端を便器の中へ向けた。
 瞬間、ぶじゅうううう、と野太い水音が響いた。熱いおしっこが先端から勢いよく噴き出す。その解放感に、快感と安心感に、胸の底から大きく息を吐いた。
 あ、ああ、良かった、間に合った……。長い息を吐きながら、滲んだ視界で虚空を見つめていた。噴き出したおしっこは便器の中へ叩きつけられて、ぴちぴちと雫を跳ねさせる。頭の中が真っ白になっていく。体の中に気持ち良い水音だけが響き、ぞくぞくと快感が背筋を揺らした。

 たくさん飲んだ分、出る量も多い。時間を掛けて重かった下腹部は軽くなる。ぶるりと体が震えた。そこで自分が今、隣駅のトイレにいることに気付いて、溜息が漏れた。
 彼女を最寄り駅まで送り届けた後、隣駅のこのトイレに飛び込むのがお決まりになっていた。この場所自体も古くて、下車する人は殆どいない。そんな駅の隅にあって、誰も使わないような古びたこのトイレに、もう何度救われたかわからない。基本的に誰もいないのが本当に有り難かった。
 彼女の最寄り駅からここまで我慢するのは本当に辛いけれど、他に使えるトイレは無い。この場所に辿り着くことすら本当にぎりぎりで、少しだけ下着を濡らしてしまったこともある。

 良い歳になって、ぎりぎりまでトイレを我慢するなんて本当に情けないと思う。けれど、彼女の前でトイレに行きたいと言うのはかっこ悪い、恥ずかしいと自分の小さな自尊心が主張する。彼女のようにトイレが遠ければ良いのにと心底思う。
 でも、流石にこんなことを続けるわけにはいかないとはわかっている。今日は大丈夫だったけれど、万が一間に合わなかったら。想像しただけで恥ずかしくて、嫌で嫌でたまらない。
 次のデートでは、こうなりませんように。水を流しながら、溜息がもう一度零れた。

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初出:2024年3月18日(pixiv・サイト同時掲載)
掲載:2024年3月18日

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