ホテルまではこんなに時間が掛かっただろうか。後部座席でじっと座りながら窓の外を眺める。じりじり込み上げる尿意に体が震え、衝動を堪えるために両足をぎゅっと寄せた。
用を足さずに家を出ることにも慣れてきていた。程よい尿意を感じながら、これからの時間に思いを馳せることはむしろ楽しいくらいだったのに。
今日はいつもよりきついかもしれない。そんなに水分を取った覚えはないのに、ふつふつと湧き上がる尿意はどんどん強くなっていく。走る車という密室の中、さり気なく足を組んで、その部分をぎゅうと押さえる。そうしていないと溢れてしまいそうだと冗談ではなく思った。
短く荒くなる呼吸を必死に落ち着ける。本当にやばい、かも。冷静を保とうとするが、それはほとんど意味を為していない。尿意は天井知らずにどんどん強まっていく。もし今、車がコンビニにでも立ち寄ったなら、間違いなくトイレに駆け込んでいる。
ああ、はやくはやくはやく。今の自分にできることと言えば、こうして耐え忍びながら到着を心の内で急かすだけだ。
下腹部の内側で水面が波立ち、全身がぞくっと震える。漏れそうになる声を飲み込み、必死に波に耐える。ひと時で波は引いたけれど、引けば引くほど次の波は大きい。ああ、はやく、頼むからはやく。激しい尿意に責め立てられながら、俺は名も知らぬ運転手を心の中で急かしていた。
車がいつもの位置に止まる。到着が遅れたのか、いつも通りだったのかはわからない。時計を確認する余裕なんてなく、俺は一気にロビーを横切った。他のお客やフロントのスタッフがいたけれど、気にしていられない。
一目散に奥にあるエレベーターに向かう。上へのボタンを押したが、箱はなかなか降りてこない。ああ、もう、頼むから早く。
じっと立っていると、下腹部を膨らませる水分が重力によって一気に出口へ押し寄せてくる。足が疲れたのを装って足を交差させたり、足踏みをしたり、さり気なく動いて気を紛らせるが、そんな程度で収まる域はとっくに超えていた。
熱い液体が先端へ押し寄せる。だめ、だめだ、まだ、もう少し、だめ、はやく。必死に堪えようと体が強張る。激しい尿意は更に荒れ狂い、内側から出口をじくじくと責め立てる。
耐えきれず、ポケットに手を入れてさり気なく性器の先端を指先で塞いだ。すぐ後ろには受付がいるフロントがある、ロビーには人もいる。人前でこんな恥ずかしい真似するわけには、とすぐに手を離したけれど、尿意はその隙をついて、また内側から出口を抉じ開けようとする。
ああ、やばいやばいやばいっ、おしっこしたい、おしっこ、ほんとでそう、やばい、ほんとはやくっ。恥も何も気にせずに押さえたいけれど、押さえるわけには行かない。
エレベーターはまだ来ない。せめて中に入ってしまえばひとりになれるのに。固く閉ざされた扉は開かず、上の回数表示は点滅を繰り返しながら数字を小さくしていく。
はやくはやくはやく。固く強張った体の内側で、破裂寸前の水風船が中身を出せと暴れている。出来るだけ刺激しないようにじっと、時には泣きじゃくる子供をあやす様に体を揺すって、激しい衝動に何とか抗う。
また、ぞわぞわと込み上げる衝動が強くなる。引いた波が一気に押し寄せ、全身に大きな悪寒が走り、強烈な尿意が足の付け根に突き刺さる。あ、ああ、あっ。声が漏れそうになり、唇をぎゅっと噛みしめる。
だめ、だめだとどれだけ思っても、熱い液体が込み上げてくる。性器の根元がつんと熱くなる。あ、ああ、あ、やばい、やばい、やばいっ。熱いおしっこが性器を満たしていく。先端がじゅわ、と熱く濡れる。
やばいっ、やばいやばいっ、でるでるでるっ……! 咄嗟に手で押さえていた。それは一瞬で、すぐに手を離したけれど、その瞬間にまた込み上げるものを感じて、手が勝手に動こうとする。だめだ、でも、おしっこ、ほんとうに、でも、でも、でもっ……!
身を割かれそうな衝動に泣き出しそうになっていると、目の前の扉が開いた。
考えるより先に足が動いていた。乗り込み、階の数字と閉を押す。エレベーターの扉が閉まるのをこんなに遅く感じたのは人生で初めてかもしれない。
扉が閉まったその瞬間、そこは自分だけの空間になる。頭で理解するより、体が動くのが速かった。
もうじっとしていられず、手が勝手に動いてズボンの前からそこを押さえる。ぎゅうぎゅうと揉むように圧迫して、何とか激しい尿意を逃がそうとしたけれど、それももう焼け石に水だ。猛烈な尿意は内側で激しく暴れまわり、出口を突き刺す様に圧迫する。痛いほどの尿意に、くねくねと身を捩らずにはいられない。
はやく、はやく、はやくっ! 我慢出来ているのが不思議なくらいだった。抗うことなんて出来ず、押し流されないように必死にその場に留まっているのがやっとだ。
ああもう、でる、やばい、ほんとにやばい、おしっこ、ああ、もう、ほんとでるから、やばいからはやくっ! 苦しいとか辛いを通り越して、怒りすら感じ始めていた。おしっこ、おしっこでる、ほんとでる、やばいから、ほんとにはやくっ……!
エレベーターはゆっくりと上昇していく。もっとはやく、頼むから、本当にやばいから……! みっともなく股間を揉みながら身を捩り、足を交差させて、時には地団太を踏んで。狭い箱が揺れるけれど、それ以上に俺の膀胱が激しく脈打っている。
ぱんぱんに膨れた膀胱は中身を少しでも吐き出そうとしている。容量オーバーなんてとっくに超えている。ああ、もう、ほんとにもれる、おしっこでる、ほんとにやばいから、おねがいだからはやく、といれ、おしっこっ……!
ぽーんと間の抜けた機械音がして、目的の階に到着したエレベーターはゆっくりと扉を開ける。はやく、と頭で思うのとは裏腹に、少し動いただけで体は限界を迎えてしまいそうだった。僅かな衝撃で我慢の糸はぷっつりと切れ、その瞬間に膀胱から中身が溢れ出しそうだった。
走りたかったけれど走れない。小さな歩幅でそろそろと歩くのがやっとだった。何とか、足を引きずるように廊下を歩いていく。
一歩踏み出すことに膀胱が揺れて、じわっとおしっこが先端に滲む。ああ、あ、あ、あああ。思考がまともに回らない。といれ、おしっこ、それ以外考えられずに、また一歩踏み出す。
もう手は離せなかった。ぎゅうっと、痛いほど性器の先端を摘まむけれど、じわりと滲み出すおしっこが止まらない。指先で下着が温かく濡れる。ああ、やばい、やばいやばいやばい、もう、おしっこ、おしっこ、ほんとうに、もう。
前かがみになって、そろそろと歩く姿は本当に不格好だろう。でも、そうしていないと、少しでも膀胱を刺激したら、ぱちっと音を立てて破裂してしまいそうだ。本気でそう思うほど膀胱はぱんぱんで、一点の隙間もない。波立つための水面もなく、膀胱自体が波打ち、うねり、中身を出そうとする。
でる、でるでるでる、おしっこ、ほんとに、ああ、もう、おしっこ、が。お腹どころか、頭のてっぺんから足の先までおしっこでいっぱいなんじゃないか。吸い込んだ息を置く場所すらないように、上手く呼吸が出来ない。は、は、と犬のような短い呼吸をしながら、扉を通り過ぎる。
こんなに廊下は長かっただろうか。目の前が歪む。おしっこ、なんでもいい、もうなんでもいいからおしっこ、でる、ほんとにでるから、ああ、もう、ほんとに、ほんとうに。
もう間に合わないんじゃないか。そんな考えすら浮かぶ。でも、こんなところでなんて、でも、でもほんとにもう。ぎゅうと押さえているのに、どくどくと脈打って、おしっこがじわりじわりと出て。
今、目の前に穴があったら、間違いなくそこにおしっこしてる。いや、そんなものなくたって、たった一言、あの人のあの一言さえあれば、俺はこの場で漏らしている。
扉を過ぎて、歩いて、また扉を通り過ぎて。手を伸ばせば届く、すぐそこにある扉。やっとたどり着いた目的地に鼻の奥がつんとした。
はやく、はやくはやくはやくっ! 待ち望んだ、焦がれた、そんな言葉じゃ足りない程求めた場所。
もう手は離せない。片手でぎゅうぎゅうと出口を塞ぎながら、反対の手を扉の横に延ばす。呼び鈴を鳴らして、いつもの言葉を待つ。
もう一刻たりとも待っていられない。足踏みすることすら出来ず、身動き一つ出来ずに扉の前で待つけれど、何も聞こえては来なかった。ちゃんと押せていなかったのかと思い、もう一度押したけれど、やはり何の反応もない。
さっと血の気が引く。ただでさえごちゃごちゃの頭の中が更に混乱する。部屋を間違えたかと思ったけれど、そこにあるのは見覚えのある部屋番号だった。
状況が理解できない中、嫌な考えが浮かぶ。もしかして、車の中で聞いた番号が違った、とか。いつもこの部屋だったけれど、今日は違う部屋だった、とか。聞いたのは確かにいつもの番号だったと思うけれど、車の中でも既にいっぱいいっぱいだったから、本当にそうだったかと言われるとわからない。
どうしよう、どうしたら。考えようにも、こんな状態で考えなんて何も纏まらない。今、頭にあるのはおしっこのことだけで。
おしっこ、おしっこ、とにかくどこでも良い、何でも良いからおしっこっ……! 左右に伸びる廊下を見るけれど、突き当りにエレベーターが見える以外には何もない。
ロビーに戻ればトイレがあるだろうか。もう一度エレベーターに乗って、ロビーに行く。
でも、もしなかったら。それに、こんな状態で人がいるロビーに行くなんて。それにそれに、もうそんなに我慢するとか、そんなこと、絶対に……!
じっとしていても何も変わらない。けれど、もう動くことは本当に出来なくて。我慢しているのに、押さえているのに、出口に熱いおしっこが滲み出す。既に下着はぐっしょり濡れて肌に張り付いていて、その上のズボンにまで染みを作っている。
ああ、もう、もうほんとうに、おしっこ、おしっこが、もう、もうっ……! は、は、と息が荒くなる。うまく呼吸が出来ずに苦しい。息をするたびに、おしっこが押し出されてじわじわと滲み出す。ああ、だめだ、もう、もう、おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ……!
おしっこ、おしっこしたい、だしたい、なんでもいいからおしっこ、それしか考えられないけれど、この廊下には何もない。せめてこの扉が開けば。震える手で呼び鈴を鳴らしたけれどやっぱり返事はなかった。
ぶじゅ、と手の中でおしっこが噴き出す。破裂したかのような勢いに、両手で押さえたけれど、もう体も心も限界だった。
がくがくと両足が震え、ずるずるとその場に崩れ落ちる。廊下がしんと静まり返った。足音も呼吸の音も衣擦れの音すらも一切が消える。そして、熱い水音が静寂を切り裂いた。
ぶじゅう、と野太い音と同時に、熱いおしっこが一気に噴き出す。押さえる両手には力が入らず、もはや添えられているだけだった。
下着が濡れる、おしっこがズボンの内側で渦を巻く。じゅーじゅーと熱湯を噴き出すような音と共に、お尻が熱く濡れていく。お尻から落ちる水流がびちゃびちゃと床を叩き、雫を飛び散らせ、溜まりに溜まったおしっこが体内から飛び出していく。
あ、あっ、どうしよ、おしっこっ、おしっこっ……。ズボンの前に置かれた手に当たり、床に落ち、びちゃびちゃと音を立てる。こんなところで、と思う気持ちは簡単に押し流される。じゅーっと熱く鳴り響く音を聞きながら、感じられるのは排泄の快感だけ。
我慢しすぎたのか、おしっこは全然止まらない。段々と勢いは無くなっていくけれど、変わらず溢れ続けるおしっこはひたひたと足元の水たまりに静かに注ぎ込まれる。綺麗に磨き込まれた床に、水溜まりが大きく広がっている。
頭は真っ白で何も考えられない。今、自分がどこにいるのか、何をしているのかもわからず、ただぼーっと目の前の扉を見つめる。
ああ、まだ、で、る。力が抜けているような、そのままの体勢で固められたような、どちらにしても指一本動かない。手の平が温かい。ひたひた、静かな水音を聞きながら、重かった体はどんどん軽くなっていった。
+++
ぶるっと体が震え、我に返る。俺は扉の前でしゃがみ込んでいた。はー、はー、と長く荒い呼吸を繰り返す。
ズボンも下着もびちゃびちゃに濡れていて、足元には水たまりが大きく広がっている。あれだけ重かった下腹部はすっきりしていた。
やってしまった。我慢できなかった。漏らした。冷静になった頭が一気に状況を把握し始める。
どうしよう。着替えないといけない、片付けないといけない。でも着替えはないし、片付けられるものもない。フロントに行く? だとしてもこんな格好でなんて。考えれば考えるだけ自分が惨めに感じられた。いっそこのまま消えてしまいたかった。
誰か、助けて。思いつくのはただひとり。なぎささん、なんでいないんだよ。今日は勝手に来たわけでもないのに、呼ばれたから来たのに、こんなこと、ひどいだろ。
足が震えて上手く力が入らない。立ち上がる気力もなく、そのままうなだれていると、ぽーんと聞き覚えのある音が聞こえた。目がエレベーターの方に向く。閉ざされてきた扉がゆっくり開いていく。
誰か、来た。隠れないと、そう思うと同時に、もしかしてと期待も感じる。体は重く動かず、そのままの体勢でいる以外何もできない。
エレベーターの方から見知った人がこちらに駆け寄ってくる。その人は靴が濡れるのも気にせず、水溜まりを踏みしめ、俺のすぐそばまで近付く。
「ごめん、ごめんね、ユウくん」
この状況で泣きたいのは俺の方なのに、むしろ彼女の方が余裕のない顔をしていた。そういえば初めて会った時も彼女は似たような顔をしていたなとふと思った。その顔を見ていると、俺の怒りなんて簡単に収まってしまう。
「なぎささん、いないから、間に合わなかった」
それでも、流石に廊下で漏らしてしまったことは恥ずかしくてたまらない。その思いをぶつけるようにわざと拗ねたように言うと、彼女は強張った声でまた、ごめんね、と言った。
「ごめんね、ちょっと用事をしてて」
彼女は震えた手でカードキーを差し込む。固く閉ざされていた扉はそれで簡単に開き、あれだけ求めていた場所はすぐ目の前に表れた。
彼女は自分が濡れるのも気にせず、俺の手を引いて立ち上がらせてくれた。そのまま手を引かれ、部屋の中に入る。
冷たく張り付いた下着や重く濡れたズボンも不快だったけれど、足を踏み出すたびに、ぐじゅ、と靴下と靴が生暖かい液体を吐き出すのが何より気持ち悪かった。
+++
片付けとか着替えとか心配事はたくさんあった。けれど彼女は何も気にしなくて良いと俺を風呂場に押し込む。気は引けたけれど、それ以上に早く今の状況から解放されたくて、大人しく甘えることにした。
冷えた体を温めて風呂から出ると、先ほど脱いだ服は消えていた。代わりに置かれていたバスローブを着る。当たり前だけれど下着はなくて、仕方なくそのままで脱衣所を出た。
なぎささんはソファに座ってぼんやりしていた。俺が戻ってきたことにも気付いていないようで、真っ黒なテレビの画面をただ見つめている。
「テレビ、付けますか?」
近付いてそう言うと、彼女の体がびくっと跳ねた。
「ご、ごめんね、ぼーっとしてた」
勧められるがまま、隣に座る。下着を履かずにソファに座ることに少し抵抗はあったけれど、バスローブは膝下まであるので気にしないことにした。
「ユウくん、ほんとにごめんね」
「良いですよ。あの、片付けとかって大丈夫なんですか」
「うん、さっき片付け終わったみたい。支配人に遊びもほどほどにしておけって怒られちゃった」
力なく笑う彼女を見ていると、俺があともう少し我慢出来たら良かったのに、とも思う。それならば、なぎささんが帰ってくるのにも間に合ったし、こんな顔をさせなかったのに。
「えっと、ユウくん、今日はどうしたい?」
どうと言われても。返答に困っていると、彼女はいつもより元気なく笑った。
「申し訳ないことしちゃったから、今日はユウくんのしたいことをしようと思って」
「俺のしたいこと」
「うん。何でも良いよ。のんびりする? それとも何か美味しいものでも食べる? 私にできることなら何でもするから」
そんなことを言われると、なんとも言いづらい。でも何かを言わないと、彼女はずっとへこんだままなのだろう。
「じゃあ、ひとつだけ」
そう言ってみると、彼女は食いつくようにこちらを見る。何か言ってほしそうだったので、それならと頭の片隅に合った願望を口にしてみる。
「また、泊まっても良いですか。今日じゃなくて今度で良いので」
前の時は押しかけた結果だったので、今度はちゃんと一緒に過ごしたいとずっと思っていた。でも立場上、俺がそんなことを言うのは流石におこがましいと思ったから、言えなかった。
彼女はきょとんとした表情を浮かべていた。
「そんなことで良いの?」
予想外、と彼女の白い頬に書いてある気がした。
「結構大きなことを頼んでいると思うんですけど」
「そうかなあ。そんな程度で良いなんて、なんだか逆に申し訳なく感じる」
「そんな程度というか、俺は、それが良い……です」
彼女はふわりと笑う。いつもの様子が少し戻っているように見えた。
「よし、じゃあ今度はお泊りしようね。折角だし、もう少し広い部屋にしよう」
「えっ、いや、そんなの良いです、ここでも十分すぎるくらい広いですから!」
「そう? どうせなら良いところの方が良いんじゃないかな。上の階だとジャグジーとかが付いているみたいだし」
「良いですから! ここで……じゃなくて、ここが良いです!」
とんでもない方向に進みかけた話を何とか戻す。彼女はやや不服そうではあったけれど、それでも納得はしてくれたようだった。
「じゃあ、またちゃんと連絡するね。待ってるから」
「はい、ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ。ありがとね」
会話が一段落して、彼女は冷蔵庫から飲み物を取り出す。前にも飲んでいた烏龍茶だった。好きなのだろうか。
グラスに注がれた冷たい烏龍茶を飲み干すと、再び尿意が芯を持ち始めるのを感じた。けれど喉は乾ききっていて、すぐに二杯目に手を付ける。すると初めは少し行きたいくらいだったのが、見る見るうちに大きく膨らむ。
今日はなんだかおかしい。道中だってそうだ。家を出るとき、確かに尿意は感じていたけれど、切羽詰まるほどではなかった。それなのに驚くほど早く尿意は強まっていった。
今だってそうだ。そんなに時間は経っていないのに、もう既にトイレに行きたくて仕方ない。まるで飲んだものがそのまま膀胱に流れて行っているかのようだ。今日はなんでこんなにトイレが近いんだろう。特別変わったものを食べたり飲んだりした覚えはないのに、なんで。
トイレ、借りようか。考えている間にもじわじわと膨らんでいく尿意に、足がひとりでに動く。
ぎゅうと寄せられた太ももの上、自然と握りしめられていた手に彼女の手が触れた。顔を上げると、俺の左手を彼女の手が包み込んで持ち上げる。解す様に指を広げられ、指を絡めるように握られる。
「ユウくん、手、大きいね」
「そんなことないです、多分ふつうくらい」
左手は彼女の手の中で、右手は膝の上で拳を握る。
もしかして、バレているんだろうか。楽し気に俺の手を広げたり、自分の手を重ねたりしている彼女の様子を窺うけれど、よくわからない。その反面、下腹部にずっしりと溜まったそれは決して気のせいではなく、嫌な衝動を伴ってしっかりと居座っている。
悪寒が走り、ぶるっと体が震える。じくじくと疼くような衝動に体が強張る。ああ、やばい、トイレ行きたい。誤魔化しようのない衝動につばを飲む。
「手、繋いでても良い?」
「良い、ですよ」
返事をした声が震えている気がする。大丈夫、大丈夫と自分を宥める。さっきしたばかりだから、まだ、大丈夫だから。でもそんな言葉は上滑りして、頭の中はトイレのことでいっぱいになってしまう。トイレ行きたい、おしっこしたい。考えたくないのに、他のことが考えられない。
なぎささんは何も言わない。気付いているのか、気付いてないのか。気付いているなら何か言ってほしい。良いよでも、まだ駄目でも、どっちでもいい。さっきはもらえなかった言葉が欲しかった。
彼女が開いている手でコップを傾ける。白い喉へ落ちていく水分が、まるで自分のお腹に落ちてきているような気がした。
トイレ、トイレトイレトイレっ……。じっと出来ずに足がぱたぱたと動く。空いている右手はバスローブのタオル地を握っては離す。
波が引いては押し寄せる。さっき空になったはずの膀胱は既にぱんぱんに膨れている。ほんとに今日はおかしい。普段はこんなことないのに。
様子を窺おうと隣を見ると、目が合った。あ、と思わず声が漏れる。彼女は俺の左手を握ったまま、ふわりと笑う。その笑みがどういう意図を持っているのか、俺にはわからない。
あ、あ、やばい、ほんとに、やばい、かもっ……。我慢しないといけないのに。頭でどれだけ考えても、体はもう限界で。尿意が込み上げる。激しく暴れる。熱いおしっこが出口に押し寄せる。
右手が、バスローブの上から、出口をぎゅうと握っていた。駄目だと思うのは確かだけれど、もうどうしようもなくて、ぎゅうぎゅうと出口を握りしめて我慢する。
だめ、おしっこ、おしっこしたい、もうむり、でちゃう、おしっこっ……!
「な、なぎささんっ……!」
「うん、なあに?」
何を言えば良いのか、何から伝えれば良いのか、喉の奥に言葉が詰まって出てこない。上手く息が出来ず、短い呼吸を繰り返す。その間にも、体の中では熱く温められたおしっこが暴れている。
出口を抉じ開け、今にも溢れ出してしまいそうな尿意に、子供の様に股間を押さえ、身を捩って耐えるけれど、限界はもうすぐ目の前まで迫っていて。
「あ、あ、だめ、でるっ……!」
「出ちゃう?」
「あ、だめ、おしっこ、おしっこっ、あっ……!」
口にした瞬間、じゅわあ、と手の中が熱くなった。あ、あ、だめ、おしっこ、あ、ああっ。咄嗟に腰が浮き、ぎゅうぎゅうと痛いほど押さえる。
中腰の体勢で、それでもじっとできず、両足がかわるがわる地団太を踏む。でる、でるでるでる、おしっこ、おしっこでる、でちゃうっ……!
「なぎささん、といれ、おしっこっ……!」
震えた声は泣き声に近かった。出ちゃう出ちゃう出ちゃう、おしっこ、おしっこもれる、だめ、でる、おしっこっ!
「トイレ行こうか? 歩ける?」
こくこく頷いて返事をする。といれ、といれといれといれ。左手を引かれ、中腰のままそろそろと足を進める。
「そうだ、反対の手も繋ごうか?」
そう言って彼女は自分の左手を差し出す。そう言われても、右手は出口を押さえていて、離したら、もうそれだけで出てしまいそうで。
何も言葉が返せず、ただ彼女の目を見つめ返す。そうしている間にも、体の内側では熱く温められたおしっこが沸き立ち、出口へ押し寄せる。
「な、なぎささんっ」
「うん」
どう言葉を続ければいいのかわからない。おしっこ、おしっこしたい。体は本当に限界寸前で、片足を上げ、足の付根をぐりぐりと寄せ合わせて少しでも紛らわせる。
「やめておく?」
その言葉とともに、彼女の手が引かれる。
「ま、まってっ……!」
気付いたときにはそう言っていた。なんでそんな事を言ったのか、自分でもわからなかった。ただ、見捨てられたような不安を感じた気がした。なぎささんが見捨てるはずないのに。
右手をそろそろと離す。手は既にびっしょりと濡れていて、それが何かなんて言わずもがなで。
恐る恐る手を差し出せば、彼女は何のためらいもなく俺の手を握った。たったそれだけのことなのに、心の中でいっぱいに膨らんでいた不安が一気に萎んだ気がした。
向き合った状態で手を繋ぎ、彼女は俺の手を引いてそろそろと歩く。何の押さえもなくなった出口はもう限界で、息を吸うたびに、じゅ、じゅわあ、と熱いおしっこを噴き出す。
だめ、もうむり、でる、でるでるでる、ほんとにむり、もう、もうっ……! 足ががくがくと震える。我慢しているのに、もう少しなのに。すぐそこにトイレの扉が見えているのに。
バスローブの下、下着を付けていない性器からおしっこが噴き出す。びちゃびちゃびちゃ、床におしっこが落ちて、足元を濡らして。
「あ、あぁ、あっ、あああっ」
「もうちょっとだよ。頑張れ頑張れ」
「あ、あっ、ま、ってっ、まって、あっ、あああ、あぁぁっ……!」
手を引かれる。足を踏み出す。それが限界だった。
ぶじゅう、おしっこが噴き出す。立っていられるのが不思議な程、がくがくと膝が震える。両足の間、遮るものは何もない性器から、熱いおしっこが噴き出す。
太い水流がびちゃびちゃと足元へ落ちていく。咄嗟に押さえようと思っても、両手は彼女の手の中で。
駄目だと、止めないとと、考えられたのは初めだけ。すぐにそんな考えは激しい尿意に押し流された。
頭が真っ白だった。何も考えられない。何もできない。ただただその場に立ち尽くし、はあはあと全身で呼吸を繰り返すだけ。体を満たすのは待望の解放感。その強すぎる快感に全身がぞくぞくした。
「もうちょっとだったのに出ちゃったね」
手を握られたまま、彼女が覗き込むようにこちらを見る。何か言おうにも言葉は出て来ず、力が抜けた体は動かない。それでも甘えたくて、頭を下げて彼女の方に額を付けて、目を閉じる。
「いっぱい我慢してたね。えらいえらい」
ぐりぐりと額を押し付けると、押し殺したような笑いが聞こえた。
落ち着きを取り戻した頃には、全身冷え切っていた。目を開けると、まず見えたのは俺と彼女の足で、床はバケツをひっくり返したように大きな水たまりが広がっている。バスローブは下の方がぐっしょりと濡れ、体に張り付いている。
最悪だ。また、漏らした、とか。
「よく頑張りました」
「すみません、俺、またっ……!」
「大丈夫だよ。もう一度お風呂入ろうか。今度は一緒に、ね」
繋いだ手が離され、彼女の手が俺の頭を撫でる。その優しさが胸に染みて、じわりと涙が込み上げる。泣き顔を見られるのがなんだか恥ずかしくて、自由になった手で彼女を引き寄せて、肩に顔を埋めた。
+++
いつものごとく、湯船に二人で使ってトークタイム。もしかしたら最近は風呂で話している時間の方が長いんじゃないかと時々思う。
「今日、なんかおかしい……」
「そうなの?」
「普段、こんなにトイレ近くないのに」
むしろバイト中とか一回も行かない日もあるくらいなのに。
「代謝が良い日なのかな。そういうときもあるから大丈夫だよ」
「そういうものですか」
「それに、二回とも私のせいだし、気にしないでほしいな。可愛かったし、私は嬉しかったよ」
「可愛くないです……」
いたたまれず、そっぽを向く。視界の外で、なぎささんが笑っているのが分かった。
「お泊り楽しみだね」
「……そうですね」
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初出: 2019年12月29日 (pixiv・サイト同時掲載) 掲載:2019年12月29日