じっとしているつもりでも、自然と膝が揺れる。へその下でどんどん増す重みを意識せずにはいられない。
「もう良い?」
「まだ駄目だよ」
そう言われてしまうと、それ以上は何も言えなくて、俺はただソファに座る。そんな俺の隣で、彼女は楽し気な表情を浮かべるだけで、何も言わなかった。
じっとしていることはもう出来ない。意識せずとも体がそわそわと落ち着きなく動く。両足はその場で上下に、時には左右に動き、何とかそこから意識を逸らそうとする。
下腹部でどんどん膨らんでいく水風船に肺が押されているかのように、上手く息が出来なくなっていく。
「もう良い?」
「まだ駄目だよ」
何度目かわからないくらい繰り返した同じやり取り。
投げかけるのが同じ言葉なら返ってくるのも同じ言葉。わかっているのに、でも言えるのはその言葉だけだ。
もう座ってなんていられない。ソファの前を行ったり来たりしながら、時折片手がズボンの前へ伸びる。みっともない格好だと思いながらも、体が勝手に動いてしまう。
彼女はソファに座ったまま、楽し気な目をこちらに向ける。
どれだけ歩いても、行きたい場所には行けないのに、それでも部屋の中をうろうろと歩かずにはいられない。自然と目が行くのは部屋の隅にある扉だ。その向こうを意識するだけで、下腹部の水風船が鈍く痺れる。
じんじんとした嫌な刺激に、片手がまたズボンの前に伸びた。駄目だと思って手を離すと、途端に鈍い刺激が耐え難い疼きを与えて、そこへ手を連れ戻す。
もう片手はそこから離せなかった。ズボンの前に添えたまま、時折そこを刺激して、内側より込み上げる感覚から目を逸らす。
「もう良い?」
「まだ駄目だよ」
返事はやはり同じ。でも、でも。零れそうな言葉を飲み込む。飲み干した言葉は水風船の中へ落ち、波紋を広げて、全身を内側から刺激する。嫌な悪寒が全身を走り、体が勝手にぶるっと震えた。
うろうろと歩き回り、時には立ち止まる。立ち止まってもじっとはしていられなくて、両足がゆっくりと足踏みを繰り返す。
もう手は離せない。片手どころか、両手でズボンの前をぎゅうと押さえる。そうしていないと、水風船の出口は勝手に開いて、溜まりに溜まった中身を吐き出してしまいそうだった。
「もう良い?」
「まだ駄目」
同じ言葉だけれど、声が震えた。でも彼女の返事は変わらない。
「な、なぎささん、俺、本当にもうっ、」
「まだ駄目だよ。我慢できるでしょう?」
もう我慢できないと心の底から思っていた。だってもう、動いていないと我慢できなくて、でも動いても出てしまいそうで。
それでも必死に我慢を続ける。でも、もう本当に我慢の限界だと感じていた。普段だったら何を置いてもトイレに駆け込んでいる、それくらいには限界だった。
ああ、もうやばい、本当にやばい。それしか考えられない。心はもう折れていて、我慢しないといけないと思うことすらできない。
「なぎささんっ、もう、もう良いっ?」
「まだ駄目だよ」
「む、むり、もうほんとにむり、我慢できないっ」
膀胱は破裂しそうなほどにぱんぱんで、もう僅かな隙間すらない。
我慢できない、もう限界なんてとっくに超えてる。したい、出したい。それしか考えられない。
荒れ狂う波に身を捩る。足を交差させて、時には大きく開いて、足踏みを繰り返しながらも、両手はもうズボンの前から離せない。
履き古した柔らかい生地の上から、性器の先端をぎゅうと摘む。これ以上ない程に膨らんだ膀胱は中身を吐き出そうと、内側から出口を抉じ開けんとする。
もう無理、ほんとに無理。出る、出る出る出る、ほんとに出る、もう無理、ああ、もう、もう本当に。
「もうっ、もう良いっ?」
「まだ駄目だよ。ほら、頑張って」
そんなこと言われても、もう、もう本当に無理で、我慢できなくて、限界で。
じっとしていられない。腰が引けて、もぞもぞと動き回る。容量オーバーをとっくに超えた膀胱は鉛の玉のように重い。
もうだめ、ほんとにだめ。出る、出る出る出る、ほんとにもう、もう、もうっ……!
「むり、もうむりっ、お願い、おしっこ、もう良いっ?」
「まだ駄目だよ」
「で、でも、本当にっ……!」
膨らみすぎた膀胱が中身を吐き出そうと収縮し、体がぶるっと震えた。一気に上り詰める激しい尿意に、身を捩って抗うけれど、そんなことはもう何の意味も持たなくて。
だめだと思えたのは一瞬で、頭は真っ白に塗りつぶされた。あ、あ、あ、でる、でるでるでる、おしっこ、おしっこ、あ、あ、あ、あああっ。
熱いおしっこが塊になって、一気に押し寄せる。じわ、と先端が熱くなった。ぎゅううっと痛いほど性器の先端を握る。込み上げる勢いを必死に押さえ込むけれど、それもほんのわずかな間のこと。
おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ。ほんの少し動いただけで一気に溢れ出すんじゃないかと思うほどの尿意に、ただそこを押さえて立ち尽くす。
出る、出る、出るっ。おしっこ、もう本当に、おしっこおしっこ、ああ、もう、もう。
鉛のように全身が固まっている。そうしていると何とか波は収まった。でもそんなのはわずかな間のこと。
引いた波は何倍にもなって押し寄せる。
必死に体を捩り、足踏みを繰り返し、込み上げる尿意に抗ったけれど、それで堪えられる段階はもうとっくに通り越していた。
まるで爆発したかのように、手の中でおしっこが噴き出した。一気にズボンが色を変える。下着が湿り気を増す。
駄目だと思っても、止めようと思っても、おしっこが止まるのはほんの一瞬で、すぐにまたぶじゅ、と熱いおしっこが込み上げる。
は、は、と息が上がって上手く話せない。頭が真っ白でうまく思考が回らない。
あ、あああ、あ、だめ、おしっこ、おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ……! おしっこしたい、だしたい、むり、もうむり、おしっこ、おしっこっ……!
体が勝手に動いていた。あの扉しか目に入らない。足を進めながら、片手は不格好に股間を握りしめる。そうしている間にもじわり、じわりとおしっこが溢れ出す。
やばい、もう本当に。片手で出口をぎゅうと塞ぎながら、反対の手がひとりでにズボンのボタンを外していた。
あ、あ、ああ、だめ、でる、おしっこ、おしっこおしっこ、おしっこっ。
ボタンが外れる。余裕のできたウエストに手を突っ込んで、性器を引っ張り出す。顔を出したそこからは、細くおしっこがしょろしょろと溢れていて。
性器を直接押さえながら、扉を引き開けた。明かりをつける余裕はなかった。薄暗い中でも、そこにある洋式便器だけははっきり見えた。
ぽっかりと口を開け、俺のことを待ち構えているかのようなそれを視界に入れた瞬間、体は一気に緩む。じゅわ、と先端が熱くなり、指先がまた濡れる。
泣きそうになりながら、噴き出しそうなおしっこを必死に押しとどめる。僅かな刺激でも決壊してしまう、そんな破裂寸前の膀胱を守るように、内股でよちよちと、それでいて一気に便器との距離を詰める。
震える手で性器の先端を便器の中に向けるのと、我慢の糸が切れるのはほぼ同時だった。
その瞬間、世界が真っ白になった。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。ただただ静かで何もない世界がほんのひと時広がる。
そして。
ぶじゅうう、と物凄い勢いだった。その勢いは噴射するという言葉に相応しい勢いで、便器の中の水面を叩き、飛沫を散らす。
あ、あぁ、おしっこ、出た、おしっこ、おしっこ出てる。頭は真っ白で、思考はどろどろに溶ける。まるで快感以外を知らないかのように、他のものは何も感じない。気持ち良い、これ以上の気持ち良さは感じたことが無かった。
崩れ落ちそうな心地よさに、胸の奥底から安堵の息が溢れ出した。
じょぼぼぼ、と聞いているだけでも心地良い水音が響く。手元に目を落とすと、おしっこは透明で、性器は壊れた蛇口のようにおしっこを噴き出し続けていた。
じょろじょろと用を足しながら、冷静さがだんだんと戻ってくると、薄暗いトイレがぱっと明るくなった。
「こら、まだ良いって言ってないよ」
怒ったような口調だったけれど、その声は楽し気だった。
何か言おうと思ったけれど、上手く言葉が出てこない。そうしている間もおしっこは全然止まらず慌てていると、彼女はあはは、と声を上げて笑った。
「相変わらずすごい量だね」
その言葉に頬が熱くなる。けれどやはり何も言葉は返せなかった。
止まらないんじゃないかと思ったけれど、当たり前だがそんなはずはなく、勢いは徐々に収まった。
お腹に力を入れると、しゅ、しゅ、と数度残っていたものも出て、やっとおしっこは止まった。詰まった息を吐き出して、やっと落ち着きを取り戻す。
乱した下着やジーンズを再び正していくけれど、どちらも見てわかるほどにはぐっしょりと濡れてしまっていた。
「良いって言うまで我慢出来なかったね」
「う、すみません……」
「悪いユウくん。そんな子にはどうしてあげようか」
「お仕置き、とか?」
気が抜けていたのか、そんな言葉がするりと零れた。きっとその言葉の意味を理解したのは、彼女の方が早かったことだろう。
「ふふ、お仕置きされたいんだ」
「ち、違うっ。一般論として、悪い子にはお仕置きとかするから、別に俺がされたいわけじゃっ」
「わかったわかった。とりあえずお風呂入ろうか。ユウくんの服も洗わないといけないし」
「う、はい……」
トイレの水を流し、彼女と並んで浴室に向かう。
お風呂に入って、服が乾くまでのんびりして、時間が来たら名残り惜しいけれどお別れして。
そんないつもの流れを過ごしたからか、お仕置きなんて言葉を自ら口にしたことなんて完全に忘れてしまっていた。
+++
あれから一週間。
Aからの電話を受けたのも同じ時間で、迎えの車も同じ時間。家を出る前に普段ならばトイレに行くけれど、それをスルーするのもいつもと同じ。
程よい尿意を抱えて、同じホテルの同じ部屋の扉を叩くと、なぎささんはいつもの笑顔で迎えてくれた。
「早速だけれど、今日はユウくんにお仕置きをすることにしました」
「……え?」
言っている意味が分からず、間抜けな声が漏れる。彼女は楽し気に笑いながら、お仕置き、と繰り返し言った。
「えっと、お仕置きってなんの……」
そこまで言って、先週のことを思い出した。そうだ、その言葉を口にしたのは他でもない自分だった。
言葉の途中で固まる俺を見て、今度は彼女が口を開く。
「良いと言うまで我慢できなかった悪い子にはお仕置きをする。教えてくれたのはユウくんだよ」
「あれは、だからその一般論で、別に俺がされたいわけじゃ……!」
「ふふ、されたくないのなら尚更お仕置きになるね」
そう言われると何も言い返せなかった。
「ではユウくん」
「は、はい」
「今日は私が良いと言うまでおトイレに行ってはいけません」
「……え?」
「先週は出来なかったけれど、今日はちゃんと守れるように頑張ろうね」
呆気に取られる俺を気にすることもなく、彼女はいつもの調子でソファに座った。隣をぽんぽんと叩かれ、自然と隣に座る。
「えっと、お仕置きってそれだけ?」
「そうだよ? ユウくん、ちゃんと出来るかなあ」
そう言いながら彼女は机の上のグラスに手を伸ばしていた。隣に置かれたペットボトルから察するに、中身は烏龍茶だろう。
なんだ、お仕置きと言うから何をされるのかと思ったら、いつもと何も変わらないことで、思わず拍子抜けした。
良いと言うまでトイレに行かないなんて、彼女と過ごすときにはいつものことだ。それに、なぎささんは優しいから、結局のところトイレに駆け込んでも止めようとはしない。時折おむつを履かされて、そこにさせられるけれど、それは別問題として。
「冷蔵庫にビールがあるよ?」
「いや、今日はお茶で」
「そかそか」
ビールを飲むとトイレが近くなるので避ければ、彼女はそれ以上何も言わない。お仕置きと言うくらいなんだから、ビールを飲ませてトイレを近くしたりしても良いのに。そのあたり優しい人だなと思いながら、自分がとんでもないことを考えていることに気付く。
違う、別にお仕置きされたいわけじゃないし、無理に飲まされて我慢させられたいわけでもない。どうせお仕置きするのならそうすれば良いのに、と思っただけで、俺にそれをしてほしいわけじゃない。
自分で自分に否定をしながら、グラスの烏龍茶を一気に煽る。
「喉乾いてた? 冷蔵庫にまだ入ってるから、好きなだけ飲んで良いよ」
「ありがとうございます」
程よく温くなった烏龍茶はするすると体に染み込んでいく。浮かんだややこしい考えを洗い流すにはちょうど良くて、俺は2杯目も一気に煽った。
他愛もない話をしながら、一緒の時間を過ごす。穏やかな心持の中、確かに尿意が高まっている。元々家を出るときから尿意は感じていたから、それがゆっくりと増している感じだった。
トイレに行きたいと思いながら、穏やかに会話を交わすのは不思議な気持ちだったけれど、決して不快ではなかった。
「なんだかお腹空いたね。ユウくんはご飯食べた?」
「いえ、まだです」
「食べに出ても良いんだけど……そうだ、ルームサービスを取ろう」
そう言って彼女は立ち上がると、テレビの横のファイルを手に取って隣に戻ってきた。
色鮮やかな料理の写真はどれも美味しそうで、洒落た名前の下に、普段見るよりゼロが1つ多い金額が書かれている。そういえばここ、それなりに高級なホテルだった。
「このオムライス美味しいんだよ。こっちのパスタもなかなか美味しかったけど、ちょっと辛口だったかな」
なぎささんの口ぶりからすると、今日初めて利用するわけではなさそうだった。やっぱりこの人、それなりにすごい人だ、と庶民の俺は思った。
彼女のおすすめのものをいくつか頼んでから、再び会話に戻る。
温い烏龍茶は飲みやすく、会話の合間にどんどん飲んでしまっていることに気付いたときには、既に尿意が高まっていた。
臍の奥で、たぷんと水面が揺れるのを感じる。
トイレ、行きたい。それも結構。膨らんだ水風船はちょっとした刺激でたぷたぷと揺れる。
今、トイレに行ったら、結構出る。まだ頭は冷静だったけれど、徐々に焦りを感じ始めてはいた。ここがもし電車で、それも途中下車が許されない終電だったりしたら、結構慌てていただろうなと思う。
幸運にもここは電車ではなく、顔を上げれば見えるその扉の向こうにはトイレがある。その安心からか、まだ我慢できる感じはあった。
それから少しして、彼女の言葉がだんだんと頭に入らなくなってきていた。頭の中を締めるのはトイレのことばかりで、彼女に気付かれないように時折膝をすり合わせて、込み上げる尿意から意識を逸らす。
先程より更に膨らんだ水風船はぱんぱんで、下腹部にずっしりと重たく居座っているのがわかった。
ああ、トイレ行きたい。割と、本気で。余裕のある考えはもう浮かばなかった。どうにかしてあの扉の向こうのトイレに行きたい。
「なぎささん、あの、」
会話を遮る言葉に、彼女は首を傾げる。トイレに行きたい。その言葉を口にしようとして、一度飲み込む。
まだ我慢できる。まだ、あともう少しだけ我慢しようか。そんなことを考えていると、ぶるっと体が震えて、途端に大きな尿意の波が押し寄せる。ずっしりと重さを増した水風船にはもうスペースがないにも関わらず、全身を巡った水分がそこに注ぎ込まれ続けている。
「どうしたの?」
当たり前だが、会話を止めたせいで、彼女はじっと俺の様子を見ていた。必死に平静を装うとするものの、じくじくと鈍い刺激に責め立てられ、膝が勝手に揺れた。太腿をすり合わせ、その奥の重い水風船から必死に意識を逸らす。
「あの、えっと、」
あれだけ飲んだのに、喉がからからに乾いていた。烏龍茶の注がれたグラスに手が伸びそうになるのをぐっと堪える。
「トイレ、行きたい」
結局欲求には抗えずに、その言葉を口にする。
当たり前だが彼女は気付いていたのだろう、驚いた様子もなく、ふわりと笑う。
「まだ駄目だよ」
その返事が来ることはわかっていた。だから躊躇していたけれど、言わずには居られなかった。
まるで先週の出来事をなぞっているかのようだ。デジャヴとはこういうことを言うのだろうか。
せめて行儀よくじっと座っていようと思うものの、体が勝手に動いてしまう。動いていないと、じっとしていると、固く膨らんだ水風船がずっしりと出口に圧を掛けてくるのに抗えない。
トイレに行きたい。心の底からそう思っていた。尿意は激しさこそ無い物の、じわじわと確かに高まっている。
もう会話は出来ていなかった。ただソファに座り、膝をすり合わせながら時が過ぎるのを待つ。静かな部屋の中、隣に座って過ごす様子は、まるで初めて会った時の様だと思った。
そっと隣の彼女を見ると、彼女もこちらを見ていたようで目が合った。彼女はただ穏やかな表情でほほ笑むだけ。
口を開こうとしたが、俺の言う言葉も彼女が返す言葉もわかっていたので、それは止めた。
内側から込み上げる不快な欲求に、じっとしていられなくなる。
膝をすり合わせているだけでは誤魔化せずに、つい立ち上がった。部屋の中をあっちに行ったり、こっちに行ったりしながら気を逸らす。
そんなことをしても、もう頭の真ん中には尿意がしっかりと居座っていて、どれだけ意識を逸らしてもその存在を感じずにはいられない。
下腹部はずしりと重い。もうこれ以上入らないと訴えているのに、体は壊れた水道のようにそこに水分を送り込んでいる。何とかそれを受け止めようと水風船は壁を薄くして膨らんでいるけれど、それももう限界だ。
もう入らない、それでも注がれる水分は止められない。それなら中身を出すしかない。
出すべき場所はすぐそこにあるのに、そこに行くことはまだ叶わない。出口へ押し寄せんとする水分を体で必死に押し留めるけれど、それも一時凌ぎでしかない。中身を出してしまわないと何の解決にもならないとはわかっている。
ああ、トイレ、トイレ、トイレっ。歩き回りながら、目はその扉に釘付けだ。その扉を開けたい、中に飛び込みたい、そして、楽になりたい。
内側から込み上げる不快さに痛みはないけれど、鈍く掴めない刺激を与え続けている。
動いていても込み上げる衝動はどんどん高まっていて、それを少しでも逃がそうと足を止める。動くとそれだけで屈してしまいそうで、でもじっとしていても駄目で上下に足踏みを繰り返す。
それから、またあちこち歩いて、立ち止まって、足踏みを繰り返して。
足の付け根、下腹部で大きく膨らんだ膀胱はもう破裂寸前にぱんぱんで、鉛玉のようにずっしりと重い。もう水面なんて存在しないほど中には熱い液体が押し込められていて、固く閉じられた出口を抉じ開けようと暴れている。
ソファに座ったままの彼女に目を向けると、彼女もこちらを見ていた。見られているとわかっていても、取り繕う余裕はない。
ソファのすぐ横で足踏みを繰り返し、時折片足を上げて、太ももの内側で足の付け根をぎゅううっと押さえつける。膨らんだ膀胱を庇うかのように、腰が引けていた。
「もう良い?」
「まだ駄目だよ」
ああ、なんで、もう本当に限界なのに。トイレ、トイレ行きたい、もう本当に我慢の限界なのに。
足踏みを繰り返しながら、どれだけ訴えても彼女は良いと言ってくれない。
「今日は私が良いと言うまでおトイレに行かないんだったよね」
「でも、俺、もうっ」
「我慢、我慢。まだ頑張れるはずだよ」
我慢している俺が無理だって言ってるのに、彼女はそんなことを言う。
じくじくと内側から与えられる刺激を逃がすように、引けた腰が勝手に揺れる。足踏みを繰り返し、太ももを摺り寄せ、そうしていないと我慢できない。
+++
は、は、と息が荒くなる。胸が詰まってうまく息が吸えないような感じだった。
部屋の中を速足で歩きまわる。時折立ち止まり、それでもその場で地団太を踏むように足踏みを繰り返す。
どんどん膨れる尿意は破裂寸前で、もう何をしていても感じずにはいられない。ほんのわずかでも気を抜けば屈してしまう。
首の皮一枚繋がっているような状態で必死に我慢を続けるけれど、もう限界は目の前に見えていた。
トイレトイレトイレっ、ほんとにトイレ、もうむり、おしっこしたいっ、おしっこ、おしっこっ。
膀胱を普段の何倍にも膨らませているおしっこは熱く温められ、出口を抉じ開けんと暴れまわっている。
もう他のことなんて欠片も考えられない。おしっこ、おしっこしたい、出したい。ただそれだけを純粋に考えていた。
恥じらう余裕もなく、俺は腰が引けた状態で足踏みを繰り返す。ズボンの中央を両手でぎゅうぎゅうと押さえつけ、抉じ開けられそうな出口を必死に閉じる姿は、幼子のおしっこ我慢ポーズの方がまだ上品かもしれない。
「もう、もう良いっ?」
声は泣き出す寸前のように震えていた。むしろ自分がまだ泣いていないことが不思議な程だった。
「まだ駄目だよ」
「むりっ、もうほんとにむりっ……」
「駄目だよ。まだ良いって言ってないよ」
「でも、もう、もうほんとにっ……」
もうじっとしていられないけれど、動いていても激しい尿意はちっとも治まらない。
おしっこ、おしっこしたい、何でも良いからおしっこ。出てしまいそうなおしっこを必死に押しとどめているけれど、出したくてたまらない。
「なぎささん、お願いだからトイレっ、もう、ほんとうにっ」
「まだ駄目」
「むり、ほんとにむり、トイレ、もう良い?」
「駄目だよ。ほら、こっちおいで」
ぞくっと悪寒が走り、全身が震えた。瞬間、ほんのひと時だけ体が緩んだのを見過ごさずに、熱いおしっこが一気に出口に押し寄せる。
その猛烈な尿意に、地団太を踏みながら、ぎゅうぎゅうと痛いほど性器を揉むけれど、ほとんど効果はない。
ああ、もうむり、むり、ああ、もう、もう、ほんとうにっ。は、は、と短い息を繰り返して、必死におしっこの大波を押しとどめる。
あ、あ、あ、おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ。もうむり、もう、もう、もうほんとに。
またぶるっと体が震える。おしっこ、おしっこ、おしっこっ。僅かな呼吸すらおしっこを押し出す要因になっているようで、上手く息が吸えない。
ああ、もうだめ、もうだめっ……! 気付いた時には彼女に背を向けていた。
良いと言われていないことはわかっていたけれど、そんなことはもうどうだっていいし何でもいい。トイレ、おしっこ、もう他は何も考えられない。
トイレに向かおうとした俺の腕を彼女が引く。その場で立ち止まったものの、もうなりふりなんてかまっていられない。みっともなく股間を押さえたまま、足踏みを繰り返す。
「は、はなしてっ、俺、トイレ、もうっ……」
「まだ良いって言ってないよ」
「でも、もうほんとにっ、」
「駄目だよ。今日はお仕置きだから、まだ駄目」
「むり、ほんとにむりっ……おしっこ、おしっこもれるからっ……!」
泣きながらなので、言葉になっていたのかはわからない。
心の底からの叫びに返事をくれたのは、無機質なノックの音だった。
突然の来客に、二人で顔を見合わせたまま固まる。それからなぎささんが入り口のドアに向けて「はい」と声を掛けた。
「ルームサービスをお持ちしました」
返ってきたのは男の声だった。
ルームサービスを頼んでいたことなんて完全に忘れていた。多分彼女も同じだったようだ。忘れていて慌てたのだろう、あれだけ離さなかった俺の腕を簡単に離し、入り口の扉に駆け寄っていた。
慌てていたのは俺も同じだったようで、ただその場に立ち尽くして、ルームサービスを迎える彼女の姿に目をやっていた。
今のうちにトイレに行けば良いなんて、全く考えなかった。
開けた扉からワゴンが運び込まれる。運んできたのは俺と同い年か、もしかしたら年下の若い男だった。ワゴンからテーブルへどこかおぼつかない手つきで食事を運ぶその表情は硬く強張っていて、指先が震えているのが離れていてもわかった。
かちゃかちゃと食器の鳴る音が聞こえ、徐々に体の感覚が戻ってくる。
飛んでいた尿意は変わらぬ激しさできっちりと戻ってきて、俺はなぎささんと彼の目がこちらに向いていないことを確認して、こっそりとズボンの前を押さえる。
せめて彼が出ていくまでは我慢しようと思っていたものの、それを待ってくれるだけの余裕は既になかった。じっとしていることすら辛い、こうして後少しでも立ち止まっていたら、堰を切って一気に噴き出すだろう尿意に身震いする。
ああ、だめだ、トイレ、おしっこっ。
彼女は良いと言っていないけれど、まだ彼がいるけれど、もうなりふり構っていられない。とにかくトイレに、と足を踏み出した、まさにその時だった。
がしゃん、と大きな音がして、その衝撃でじわり、と出口に熱いおしっこが滲む。
慌ててぎゅうと押さえながら、音のした方を見ると、硬い表情をした青年が食器を落とした音だった。
「も、申し訳ありませんっ、」
えらく震えた声だった。表情と言い、震えた手と言い、そんなに緊張しているのだろうか。慣れない新人か、と思っていたが、彼をそうさせていた原因はすぐに分かった。
食器を拾おうとしゃがみ込んだ彼はそのままの状態で固まった。俺の方には背を向けていたので、何があったのかはわからない。けれど、彼を見ていたなぎささんが、あ、と驚きの表情を浮かべた。
「えっと、大丈夫?」
なぎささんが声を掛けると、そいつは弾かれたように立ち上がる。落とした食器をワゴンの中に入れ、新しいものを取り出そうとしている彼に、なぎささんは更に声を掛ける。
「もし良かったら、使う?」
「えっ、あっ……!」
「そこの扉、よかったらどうぞ?」
そう言って彼女が指差すのは、俺がまさに今向かおうとした扉だった。
え、ちょっと待って。それって。理解した時にはもう遅く、事は動いてしまっていた。
「す、すみませんっ、お借りしますっ……!」
震えた声で早口に彼は言うと、走り出しそうな勢いでなぎささんが指差した扉に向かう。そして、俺の前を通り過ぎ、壊れるんじゃないかという勢いで扉を引き開け、ばたんと閉めた。
うそ、だ。
うそだうそだうそだ。だって、そんな、そんなのっ。さあっと血の気が引く。
脳裏に過ったのはいつぞやのバイト帰りの出来事だ。限界ぎりぎりで、やっとの思いで辿り着いたトイレ。でも、目の前で先に入られて。
なんで、そんな。だって絶対俺の方が我慢してる。俺の方がおしっこしたいのに。なんで、なんでなんでなんでっ。
『あ、あ、やばいっ、あ、あ、あ、あっ……』
扉ごしでも聞こえる、青年の声。震えた声は更に震え、泣き出してしまいそうにも聞こえる。衣擦れの音、喉の奥から絞り出したような苦悶の声、そして。
じゅいーっと、鋭い水音。じょぼぼぼ、水面を叩いて、びちゃびちゃ、飛沫を散らして。
『あ、は、あぁっ……』
安堵の声。心の底から気持ちよさそうな溜息だった。
地団太を踏む。は、は、と短い呼吸を繰り返す。
やばい、もう、おしっこおしっこおしっこっ、おしっこしたい、俺もおしっこ。ずるい、俺だってこんなにしたいのにっ。
意識を逸らしたくても、気持ちよさそうな水音が嫌でも聞こえる。
おしっこ、おしっこおしっこおしっこっ。もうむり、でる、でるでるでるっ。その気持ちよさそうな音は呼び水でしかなく、じゅわ、と出口が熱く濡れる。
破裂しそうな猛烈なおしっこの勢いに背を押され、その場から駆け出した。
でる、でるでるでる、もう一秒だって我慢できない、気持ちは走るけれど、今走ったらそれだけでおしっこが出る。
手は離せない、足も太腿は引っ付けて、その奥のおしっこの出口をぎゅうっと塞ぐ。
あ、あ、もう、もうむり、おしっこ、おしっこでる、おしっこ、おしっこっ……!
じゅ、ぶじゅ、熱いおしっこが溢れて、足を伝っている。あ、あ、もれる、おしっこ、でる、でるでるでる、でるっ……!
足を踏み出すたびに、じゅ、じゅお、と熱いおしっこが足を伝う。あ、ああ、でてる、おしっこ、あ、ああ、あ、おしっこ、おしっこ、あ、ああ、あっ、あああっ……!
漏らしながら、倒れ込むように浴室に飛び込む。足の裏が冷たいタイルを踏んだ瞬間、じゅおおお、と一気におしっこは溢れ出た。
体のどこにも力が入らずに床に崩れ落ちた。浴槽の淵に手を掛け、ぺたりとタイルに座り込むと、お尻が一気に熱く濡れた。
ズボンの中でくぐもった水音が激しく鳴り響く。はあ、はあ、と肩で息をしながら、もう何も考えられなかった。
ああ、おしっこ、おしっこ出てる、すごい、いっぱいでてる。それしかわからず、本能的な快感に身震いする。
ズボンが濡れるのも、下着が肌に張り付くのも、どうとも思えなかった。
破裂寸前まで膨らんでいた膀胱は一気に収縮を始め、中身をどんどん追い出していく。熱いおしっこはまさに噴射され、下着の中で渦を巻いている。
ぼおっと空を見つめながら、どこか自分が遠いところにいるような浮遊感を覚えた。おしっこ出てる、濡れてる。それを客観的に見ているような不思議な心地。
全身を巡る快感は強すぎるくらいで、頭がぼんやりした。
どれくらいそうしていたのか、肌寒さに身震いして、やっと我に返った。
温かく濡れていた衣類は冷たくなっていて、でもそれでいて頭だけが火照ったように熱を持っていた。
ぱたぱたと足音が聞こえる。そう思った次の瞬間には、ユウくん、と名前を呼ばれた。
「なぎささん、」
「ごめんね。よく頑張りました」
申し訳なさそうな言い方だった。何か言おうと思ったけれど、今はなんにも言葉が出なかった。
何とか立ち上がると、両足は生まれたての小鹿のようにがくがくと震える。
余韻なのか、それとも無理をし過ぎたのか。長距離を走った後のように全身疲れ果てていた。
お湯を用意して、ふたりでお風呂に入るのも当たり前になってきていた。疲れ果てた体がお湯に温められ、ほっと力が抜ける。
「それにしても、びっくりした」
「ワゴンの子ですか?」
「うん。あの子、実は2回目なんだ」
「そうなんですね」
「トイレ我慢する癖でもあるのかな。それとも近いのかな」
「え、2回目って会うのが2回目じゃなくて?」
「ルームサービスを運んでくるのは大体いつもあの子だよ。トイレを貸すのが2回目」
「マジですか」
衝撃の事実に、思わず心の声が漏れた。
ルームサービスを運ぶ以外にどういう業務があるのかは知らないけれど、そんなにトイレに行きづらい状況なんだろうか。
「前の時もあんな感じでもじもじしてたから、もしかして今日もと思って声を掛けたら、まさかその通りで。びっくりしちゃった」
「そのせいで俺はトイレ行けなかった」
「ごめんね。でも、今日はお仕置きだったから、トイレには行かせないつもりだったんだよ」
「それだったら、その、漏らすじゃないですか」
「最近おもらししないし、良いって言ってないのにトイレ行っちゃうから、たまには良いかなあと思って」
「ほんと、意地悪になりましたね」
「ふふ、誰かさんが意地悪してほしそうだからかな。お仕置きもしてほしそうだったし」
「だから、そういうわけじゃないからっ!」
ふふふと彼女は楽しげに笑う。ああもう、ほんとこの人には適わない。
「ルームサービス、冷めちゃっただろうけど、お風呂あがったら食べようね」
「そうですね。……で、あの、言いづらいんですけど」
「ふふ、なんだろう」
「わかってるくせに」
「良いじゃない。言ってごらん?」
「おしっこ、したい」
「上手に言えたね。見ててあげるから、そこでしてごらん?」
言われるがままに湯船から上がり、洗い場の排水溝のそばにしゃがみ込む。
「おしっこ、しても良い?」
「うん、良いよ」
その言葉に体から力が抜ける。じょろじょろ、子気味いい音がして、色のないおしっこが吹き出した。
「いっぱい出てるね」
恥ずかしいけれど、おしっこは全然止まらない。さっきあれだけしたのに。
たっぷり出して、お腹が空っぽになると、体がひとりでに身震いした。
「上手にできました」
「じゃあ、ご褒美くれますか?」
「そうだね。じゃあ来週はご褒美とお仕置き、両方だ」
あなたがくれるならなんだって嬉しい。そんなことを考えたのは何故なのか、自分でもわからなかった。
食事を終え、部屋を出たのはいつもより少し遅い時間だった。
慣れた廊下を歩き、エレベーターを降りたところで、向こうから歩いてくる人物と目が合った。
彼は俺の方を見ると、頬を真っ赤に染めて、弾かれたように目を逸らす。そして速足に俺の隣を通り過ぎていく。
ここで働いている以上は多分俺と変わらない年齢なのだろう。けれど、幼さの残る童顔は少年と言われれは信じてしまうかもしれない。
あんなホテルマンの制服よりは、真っ黒な学ランがよく似合いそうだな、と思った。
このサイト上にある画像・文章の複製・転載はご遠慮ください。
初出: 2019年2月11日(pixiv) 掲載:2019年12月29日