リトルマフィン・ビッグワールド

 お風呂から上がると、男は綻んだ顔ですぐそこに立っていた。
「お疲れ様。ひとりでお風呂、疲れただろう。拭くのは俺がやってあげる。さあ、おいで」
 それくらい自分で出来ると言ったけれど、聞き入れてもらえないことはわかっていた。既に彼はタオルを広げて準備万全な様子だ。
 仕方ないので、濡れたまま彼へと近付く。髪から落ちる水滴を受け止めるように、彼は広げたタオルで私を包み込んだ。
「ちゃんと拭かないと風邪を引くからね。嫌かもしれないけれど我慢するんだよ、マフィンちゃん」
 そう言いながら彼は私の体全体を軽く拭って、それから濡れた髪を包み込んだ。大きな手でぐしゃぐしゃ頭を拭かれると、その勢いで視界がくらくらした。
 頭が揺れて足元がふらふらするのを何とか踏み止まり、早く終わるようにと大人しくしていた。タオルが頭から離れた瞬間、安心から大きく息を吐いていた。

 促されて腕を上げると、脇の下から胸のあたりまでにタオルが当たる。体に触れられることに抵抗が無いわけがないけれど、何をしたって敵わない上に、結局は彼が楽しそうに笑うだけだと、いい加減学んでいた。
 そうやって動く手は私の右肩に触れて、一瞬止まる。肩から二の腕に掛けて大きく刻まれた傷跡に、彼はとても優しく触れた。
 この傷が出来た時のことは覚えていないが、相当深い傷だったらしい。血塗れで意識を失う私を、彼が必死の形相で病院に運んでくれたそうだ。
 既に塞がった傷にそこまで気遣う必要はないのに、いつも彼は羽が撫でるかのような弱弱しさでそこに触れる。切れ長の目は静かに伏せられて、とても痛々しい。まるで彼が傷を負ったかのようだった。

 上半身を拭った後、タオルは更に下へ降りていく。腰のあたりに触れられて、びくりと体が反応する。
 両足の間に手が入り込むことを意識してしまうのは私だけのようで、彼は穏やかな顔を何一つ崩すことなく、下生えに覆われたその部分をタオルで拭った。
 そうして爪先まで丁寧に水滴を拭われた後、彼はタオルを置いて、衣類へと持ち替えた。私より頭二つは大きい彼が、女性の下着を手に私の足元へ屈む。
 桃色の下着にはフリルが付いていて可愛らしい。彼が持つと余計に小さく見えた。私がおずおずと足を通せば、彼はゆっくりと丁寧に下着を持ち上げる。きちんと下腹部を覆ったのを確認して、彼は納得するように頷いた。

 次はワンピース。下着と同じく淡い桃色で、フリルや装飾が施されている。まだ湿っている頭の上から被せられて、腕を持って袖を通してもらった。
「よし、髪を乾かしに行こうか」
 くしゃくしゃになった濡れ髪を整えていると、軽々と抱き上げられた。彼は私よりずっと大きいので、まるで大人が幼子を抱き上げるかのようだ。普段より高い視点も体温を感じる距離感も、何度も経験したけれどまだ慣れなくて、体が強張った。

「自分で出来ることはやらせろって医者は言ってたけど、そんなこと気にしなくて良いよ。君の世話くらいどうってことない。ご飯もお風呂もトイレも、全部俺がやってあげる。マフィンちゃんは何も心配しなくて良いからね」
 その言葉通り、私は本当に何もさせてもらえていない。食事も着替えも部屋を移動するのも、全部彼の手で行われていた。唯一、お風呂とトイレだけは自分でやらせてほしいと何度も何度も訴えて、何とか彼の手から免れていた。

 彼は大きな部屋に移動すると、一人掛けのソファに私を座らせた。柔らかいクッションに体が沈み込む。彼は後ろに回って、ドライヤーを手に私の髪を乾かし始めた。
 髪を乾かす間、そして丁寧にブラシを通される間、私は何をすることも出来ず、ただ座っているだけだった。手持無沙汰で、視線は自然と大きな窓に向く。外は日が落ちて暗くなっていた。
 髪が終わると次は肌。顔と手足に良い香りのクリームを丁寧に塗って、彼は満足そうな顔を浮かべた。
「よし、じゃあベッドに行こう。お休みの時間だ」
 そう言ってまた抱き上げられて、部屋を移動する。大きな手は子供を寝かしつけるように私の背中を撫でていた。

 運ばれた先は薄暗い部屋だった。ひとつだけある窓は私が背伸びをしても届かない程高い位置にある。それと奥の壁際に大きなベッドがある他には、何も無かった。
 肌触りの良いシーツに下ろして、彼は乾かしたばかりの私の髪を梳いた。私の顔よりずっと大きな手が、慈しむように優しく触れていた。
「週末は寒くなるらしいから、マフィンちゃん用の毛布を今度買ってくるよ。どういうのが良い? やっぱりピンク色かな。マフィンちゃんはピンクが好きだから」
 そんなこと言った覚えは無い。それなのに、彼が私に与えるものは桃色が多かった。それも、フリルやらレースやらがたくさん付いた、可愛らしい物ばかり。否定していないというだけで、いつの間にか彼の中では私は桃色が好きだということになっているようだった。

 男は毛布のことを色々と喋りながら屈み込む。そして、ベッドの足に繋がれた鎖を手繰り寄せた。金属が擦れる冷たい音が聞こえて、体が強張る。
 もう一度私の頭を撫でてから、鎖の先についている輪を私の右足首に通した。そんなもの必要ないと言ってみたけれど、無情にも固い音がして、金属の輪には鍵が掛けられた。
「玄関の鍵は勿論掛けてるけど、万が一があるから。寝ている間に誰かが来て、マフィンちゃんが連れていかれたなんて、死んでも死にきれない。だからごめん、我慢してね。
 さあ、横になって。寒くない? ちゃんと肩まで布団を被るんだよ」
 何度も訴えたけれど返事は同じだった。仕方ないので、言われるがままに横になる。鎖の繋がった重い右足を布団の中に入れて、体をゆっくりと倒した。

 こちらを見下ろす切れ長の目は柔らかい。私の顔を覗くように彼が屈むと、後ろで纏めている髪が肩から落ちた。
 彼は髪を何度か撫でてから、布団をしっかりと被せる。それから「おやすみ」と小さく呟くと、静かに部屋から出ていった。扉が閉まると、部屋は更に暗くなった。
 柔らかい布団に体を寄せる。温かい中、右足をぐるりと囲んだ金属の輪だけが痛い程に冷たかった。寝返りを打つと、布団の中でちりちりと擦れる音が微かにした。

 ここは、私の知っている世界と似ている。周りにある物はどれも見たことがあって、いわゆる普通の家の中と変わらないけれど、その全てがとても大きかった。
 お風呂は手足を伸ばしても余裕があるし、シャワーはちょっとした小雨のよう。窓の位置は高すぎて手が届かず、ベッドは寝返りをしても落ちることは無い。
 あの世話焼きな男も普通の男性の姿をしているけれど、背丈は見上げる程に大きい。彼に抱き上げられると、まるで父親と幼子のような体格差があった。
 本当に幼い子供に戻ってしまったのかと何度も思ったけれど、鏡に映る私の姿はどう見ても大人だった。まるで不思議の国のアリスのようだけれど、全てが大きい以外は私のよく知っている世界と同じだった。
 似ているけれど異なる世界に来てしまったことは何となく理解した。けれど何があって私がここにいるのかはわからない。
 生活に困らない基本的な知識は残っているけれど、昔のことは靄が掛かったように曖昧だ。自分の名前すらはっきりしない。マフィンなんて可愛らしい響きではなかったことは確かだと思うけれど。

 気付けば私は、あの男に面倒を見られていた。
 手は私の顔より大きくて、私の腕くらいなら簡単に折れそうだ。少し色の抜けた灰色の髪は長く、後ろで纏めている。切れ長の黒い目は鋭くて、時々睨まれているように感じる。
 纏う雰囲気は正直、怖い。けれど、彼は驚く程に私に優しく接していた。
 幸運にも言葉は通じていて、私の言うことは伝わっていた。けれど、聞き入れてはくれるかどうかは別問題だった。

 私が何故ここにいるのかを聞いても答えてくれない。ただ、何もしなくて良いと言いながら、私の世話を何から何まで行ってしまう。お風呂とトイレだけは何とか自分でやらせてもらっていたけれど、それすらも彼は関わりたいようだった。
 扱いは完全にペットだ。飼われる犬はこんな気持ちなのだろうか。安心は勿論感じるけれど、このままで大丈夫なのかと不安もあった。
 彼の手を借りなければ、この大きな世界で私は生きていけないだろう。だからと言って、何から何まで彼の手で世話されることに素直に甘えることは出来ない。自分のことくらい自分でしたい。

 元いた場所に戻りたいと思うけれど、それがどこなのかすら今の私にはわからない。
 夜、眠りに着く時にはいつも考える。目が覚めたら、元に戻っていますように。世界はこんなに大きくなくて、自分のことは自分でして、寝る時は鎖に繋がれない、そんな普通の世界。
 そんな状況で彼と出会えたならば、彼の異常な程の献身に、少しくらいは素直に甘えられると思う。例えば、髪を乾かすとか爪を切るとか、それくらいならお世話も許してあげられるだろう。

 +++

 眠りから覚めても部屋は薄暗いままだった。相変わらず窓は手が届かない程に高く、厚いカーテンが引かれている。僅かな隙間からは日光が差し込み、床に光の筋を作っていた。
 寝返りを打とうとすると、右足が不自然に引っ張られる感触がして、自分が今どういう状況なのかを嫌でも思い知らされた。

 自分の体温が移った布団の中で、もう一度目を閉じる。この部屋には時計も無いので今の時間はわからない。彼がやってきて、着替えのお世話をされるのが私にとって一日の始まりだった。
 温まりながら待ってみるものの、なかなか彼はやってこない。いつもより早く起きたのかもしれない。それならばともう一度眠ろうと思ったけれど、寝付けなかった。頭はすっきりと冴えていて、温かな体にはぞわりと嫌な感覚が静かに広がった。

 もぞもぞと足が動く。その度に鎖が擦れる音がした。静かに息を吐いて、嫌な感覚から目を逸らそうとするけれど、呼吸を繰り返すたびに確実に大きくなっているのがわかった。柔らかなワンピースの上から、自分のお腹にそっと触れた。
 まだかな。全然眠くならない目をもう一度開いてみるが、まだ彼は現れない。鎖に繋がれていると、どんなに頑張っても扉まで届かない。彼が来ない限り、私はこの部屋から出ることは出来なかった。太ももを擦り合わせながら、もう一度息を吐いた。

 昨日、寝る前にトイレに行かなかったことを思い出す。その時は平気だったけれど、念の為に連れて行ってもらえば良かった。
 一晩の間で、お腹にはたぷんと溜まっているものがあった。そんなに水分を取っていないはずなのに、嫌な感触が纏わりついて落ち着かない。
 息を吸って、吐いて、足を動かして、お腹を撫でて。温かな布団の中で、お腹を抱えるように体を丸めた。

 心臓がどきどきしている。息が苦しくなってくる。ぶるりと体が大きく震えて、両足の付け根がひくひく疼く。
 あ、と小さく声が漏れた。あ、あ、あ、だめ、トイレ、行きたいっ。体に力を込めて必死に我慢する。寝返りを打つと、おへそのあたりに重い塊があるのがわかった。彼はまだ来てくれない。私はそんなに早く起きてしまったのだろうか。
 それとも、起きるのが遅すぎたとしたら。嫌な想像が浮かぶ。いつものように彼はここに来たけれど、私がまだ眠っていたので、起こさずそのまま出かけてしまった、なんてことは。
 そんなはずないと否定しながらも、嫌な想像は頭の片隅に張り付いていた。お願い、早く来て。トイレ、トイレ行きたい、はやく。
 もじもじ体を揺する。足首を覆う金属の輪が重く圧し掛かる。トイレトイレトイレ、お願いトイレ、……おしっこ、したい。

 呼吸を繰り返す度、悪寒は大きくなっていく。ぶるりと体が震えて、頭のてっぺんから足の先まで悪波が走り抜けた。あ、あ、あ、だめ、や、だっ……。うまく息が吸えず、短い呼吸を何度も繰り返す。やだ、やだやだやだ、あ、あ、だめ、トイレ、おしっこっ……!
 手がワンピースの中に潜り込んで、柔らかな下着の上から出口をぎゅうと押さえた。あ、おしっこ、おしっこしたい、だめ、トイレ、おしっこっ。体を揺するとベッドが微かに軋む。
 細く浅い呼吸を繰り返しながら、ひくひく疼く出口を下着越しに押さえて、体の中で荒れ狂う衝動に必死に抗った。

 もう膀胱はいっぱいで、これ以上無理だと悲鳴を上げていた。破裂しそうなくらいに膨らんで、ずっしりと重い。早く中身を出さないと、と体が叫んでいた。
 おしっこしたい。したくてしたくてたまらない。それなのに、足はベッドに繋がれていて、私はこの部屋から出ることすらできない。
 お願いっ、トイレ、おしっこでちゃう、から、お願い、トイレっ……! 体を横向きにして、扉をじっと見ていた。
 手はワンピースの中に潜り込んだまま。そこから離れることが出来ない。トイレトイレトイレ、おしっこ、おしっこしたい、でちゃう、あ、あ、や、あ。呼吸の合間に、体がまた震えた。

 まだ駄目なのに、必死に我慢しているのに、熱い雫が零れ出す。下着をじわりと濡らして、指先に湿り気を感じた。は、は、と呼吸を繰り返していると、視界が滲んで、涙が零れた。
 あ、や、ぁ、だめ、でちゃう、お、しっこ、や、だ、やっ、おしっこっ……! まるで体の中がおしっこでいっぱいになったかのようで、息を吸うことすら苦しい。
 おねがい、トイレ、ほんとにだめ、おねがい、なんでも良いから、おしっこっ……! じわりと指先が熱く濡れる。必死に抗うけれど、吸う息におしっこが押し出されるみたいに、じわり、じわりと熱い雫が零れ出す。
 あ、あ、だめ、お願い、おしっこ、はやく、もうほんとにだめ、でちゃう、だめ、あっ、でちゃっ、や、おしっこ、あ、やぁ、や、だ、っ……!

 もう駄目、本当に駄目。おしっこ出ちゃう、漏れちゃう。もう我慢できないっ……! もう本当に限界で、布団を払いのけた。
 お腹はずっしり重い。手を離したらその瞬間に出てしまいそうで、片手でおしっこの出口を塞いだまま起き上がった。ベッドから足を下ろすと、がくがく震えていて上手く立てない。
 それでも動かないといけないと思って、足を動かす。ベッドから一歩進んだところで、扉が開く音が聞こえた。

 驚いて、咄嗟に手を離した。薄暗い部屋とは裏腹に外は明るくて、彼はいつものように姿を現した。長い髪は結ばれておらず、寝起きなのかくしゃくしゃのままだった。
「おはよう、マフィンちゃん。もう起きてたんだ。早起きだね」
 やっと来てくれた、と頭の中が明るくなったのは一瞬だけ。下着の内側で、押さえが無くなった出口がひくひく疼いて、ぶじゅ、と熱い雫が零れた。
 まだ、だめ。頭の中にその言葉が浮かんだけれど一瞬で押し流された。あ、あ、だめっ、おしっこ、む、りっ、で、ちゃ、ぁ、あぁっ……!

「着替えて朝ご飯にしようか。……どうしたの?」
「っ、あっ、ぁっ……!」
 出ちゃ駄目、出ないで。咄嗟に、ワンピースのスカートごと、両手でおしっこの出口をぎゅうと押さえた。でも、もう体は限界で、それ以上は我慢できなかった。
 びくりと体が震えた。両足ががくがく震える。おしっこの出口が、下着が、押さえる手が、とても熱く濡れていった。

 じゅうう、とくぐもった水音が響く。下着が熱くなる。足の内側に液体が伝っていく感触に鳥肌が立った。
「ぁ、や、ぁっ、み、ない、でっ……」
 下着の中で熱いおしっこが渦を巻く。押さえる手の中がいっぱいになる。一拍置いて、床を叩く激しい水音が薄暗い部屋に響いた。
 一度溢れ始めたおしっこは止められなくて、ものすごい勢いで噴き出していく。びちゃびちゃと音を響かせ、雫があちこちに飛び跳ねる。

 あ、あ、だめ、おしっこ、あ、あっ……。頭の中がぐちゃぐちゃになって、真っ白になった。自分の周りも真っ白になって、世界が遠くなる。何もわからないし、何も考えられない。
 ただ、いっぱい我慢したおしっこはとても気持ち良くて、頭の芯がじいんと痺れる。肌がぞくぞくと泡立つ。解放感と爽快感に熱い溜息が零れて、体が小さく震えていた。

 +++

 嫌な衝動も悪寒もすっかり消え去り、爽快感に包まれていた。ただ呼吸をしながら茫然と立ち尽くしていた。頭が重くて顔が上げられない。歪んだ視界には彼の足だけが映っていた。
 両足が生温かい。下着もワンピースもぐっしょりと濡れていた。押さえていた手もびしょびしょになっている。

 ど、う、しよう。おしっこ、でちゃった。おもらし、しちゃった。やだ、いやだ。体が震える。じわりと涙が滲む。頭が真っ白で何もわからない私の頭に、大きな手がそっと触れた。
「……ごめん、おしっこしたかったんだね。もっと早く来るべきだった」
 長い指が私の涙を拭う。私が顔を上げるより先に、力強い腕にいつものように抱き上げられた。ワンピースも下着もおしっこで汚れているのに、彼は何も気にしていないかのように、私のお尻に触れて体を支えた。
「お風呂に行こうね。ちゃんと洗うから大丈夫だよ」
 体は鉛のように重くて動かない。まるで人形になってしまったかのようだけれど、それでも涙はぽろぽろと零れ続けていた。

 いつものように脱衣場で下ろされる。足はまだ震えていたけれど、立つことは出来た。濡れた服を脱ごうとしたけれど、彼の手によって手早く脱がされてしまった。震える手で裸の胸を隠すと、彼は機嫌良さそうに笑った。
「おいで。温かいお湯、出してあげる」
 彼は自分のズボンの裾を捲ると、浴室へと入っていく。体はすっかり冷たくなっていて、重い足を引きずるように動かす。床のタイルは乾いていて、ひんやりしていた。

 シャワーヘッドを手に、彼が近付く。そこから溢れ出す水流は温かく、ほんのりと湯気が立ち上っていた。
 手で温度を確かめてから、彼はその先を私のおへその辺りに当てる。冷え切っていた下半身が温度を取り戻していき、息が零れる。強張っていた体から少し力が抜けた。
「あったかいね。もう大丈夫」
 その言葉に小さく頷く。それに答えるように彼も頷いてから、シャワーを止めた。シャワーヘッドを置くと、彼は手で石鹸を泡立てていく。

 お風呂は自分で出来ると何度も伝えて、一人で入らせてもらっていることをそこで思い出した。慌ててもう一度伝えたが、彼は笑いながらまた頷いて、泡だらけの手で私のおへその辺りに触れた。
「大丈夫、ちゃんと洗うから。じっとしててね」
 着替えや食事の世話をされているとは言え、裸の体に触れられると体が強張る。咄嗟に彼の手を掴んだが、簡単に制されてしまった。
 泡の中で大きな手がするりと下っていき、両足の間へと潜り込む。敏感な場所に長い指先が触れて、体がびくりと跳ねた。

 洗ってくれているだけ。そう思うのに、大きな手がぬるぬると足の間を動く感触に、お腹の奥がぞわぞわした。そこから逃れようと体を捩ると、反対の手が私の肩をそっと押さえた。
「くすぐったい? もうちょっとだけ我慢して」
 お尻の方も泡だらけの手で触れられる。後ろからも手が入り込んで、敏感な部分をするすると撫でられる。
 必死に耐えていると、じわじわと込み上げるものを感じて、頬が熱くなった。いや、と声を上げてもやめてくれない。手は足元まで伸びて、足の裏までしっかりと洗われた。

 ぶるりと体が震えた。すっきりした体に、また嫌な感覚が蘇ってくる。なんで、どうして。さっきあんなに出したのに、体の中ではまたおしっこがどんどん溜まっていく。
 どうしよう、トイレ、おしっこ。言おうと思っても恥ずかしくて声が出ない。とにかく、洗い終わるまで我慢しようと体に力を込めた。
 泡だらけの手はすぐに離れて行って、再びシャワーヘッドが近付けられた。柔らかく温かいお湯が体に触れて、泡を流していく。これで終わりだと、強張っていた心が安堵で少しだけ緩んだ。

 泡をしっかり洗い流すためか、彼の手は再び両足の間に入り込んだ。擦るようにそこに触れられて、体が思わず震えた。
 あ、あ、だめ、それ、だめ、おしっこ、でちゃう。小さく零れた声は水音に紛れて消える。何度も触れられて、その度におしっこが溢れそうになった。まだ駄目だと必死に我慢する。両足が震えていた。
 彼の手は段々と下がっていき、足に残った泡を流していく。我慢しないといけないと思うのに、シャワーの水音は呼び水のようにお腹の中を刺激する。
 ぞくぞくするのが収まらない。おしっこの出口がひくひくする。ベッドにいた時みたいに手でぎゅっと押さえたいけれど、それも出来ない。

 あ、やっ、だめ、おしっこ、あ、あっ……。じゅう、と熱い雫が零れて、シャワーから流れるお湯に混じった。
 だめ、でちゃう、おしっこ、おしっこ、もう、むり、だめ、でちゃうっ……! 頭の中がぐちゃぐちゃで、何でも良いから早くおしっこが出来ないかと考える。
 いっそ、このまましちゃったら、ばれないんじゃないか。シャワーに紛れて、きっとわからない。このまま、ちょっとずつ出しちゃえば、きっと。そんな悪い考えが浮かんでしまい、体から力が抜ける。
 じゅう、と熱いおしっこがまた零れる。ひくひく出口が疼いて、開いてしまいそうになる。

 あ、あ、で、る、おしっこ、あ、あっ。お腹にいっぱい溜まっていたおしっこが押し寄せる。ぶるりと体が震えた瞬間、シャワーの水流はぴたりと止まった。かすかに残った湯気が辺りをうっすらと覆っていた。
「はい、終わり。頑張って偉かったね、マフィンちゃん」
 彼は膝を折って、私に視線を合わせて笑った。まっすぐ向けられるその目を何とか塞ぎたかったけれど、体が上手く動かない。唇が震えて、見ないで、と言うことすら出来ない。膝がただ静かに震えていた。

 あ、と小さく漏れた声は水音に掻き消された。お腹がきゅうと疼いて、おしっこがひたひたと溢れ出す。じゅうう、と体の中に水音が響いて、濡れた床にぴちゃぴちゃと雫が散った。
 あ、やっ、だめっ、お、しっこ、また、っ……。おかしい、さっきあんなに出したのに、全然止まらない。溢れ続けるおしっこに全身が熱くなっていき、また気持ち良さが体を満たしていく。
 合わせてくれた視線を見つめ返すことは出来ず、ただ自分の足元を見ていた。シャワー後の濡れた床に水たまりが広がっていく。息を吐き出す。歪んだ視界から涙が零れて床へと落ちた。

 あ、と声を零したのは彼だった。
「ごめん、まだおしっこしたかった? 先にトイレ行けば良かったかな」
 その言葉に恥ずかしさが溢れ出した。再びお腹が空っぽになっても、顔を上げることが出来ない。俯いたまま震える私の頭に、彼は濡れた手で優しく触れた。
「何度でも洗ってあげるよ、マフィンちゃん。大丈夫、大丈夫」
 俯いたままの私の目元に触れて涙を拭うと、彼は再びシャワーヘッドに手を伸ばした。

 +++

 お風呂を終えて、服を着せてもらう頃には涙も落ち着いていた。彼は普段出来ないお風呂の世話が楽しかったのか、いつも以上に表情を緩めていた。
 いつものように柔らかなソファに運ばれて、足を鎖で繋がれた。朝食を食べさせてもらうと、彼は私の頭を何度も撫でてから部屋を出ていく。どうやら仕事に行くみたいだった。
 鎖で繋がれると、この部屋からは出られない。けれどここにはトイレもあるし、冷蔵庫にも手が届くので安心だった。
 昼食は一人で食べる。ここで出来ることは本を読むか、窓から景色を見ることくらいだった。

 ソファに座ってうとうとしていると、物音が聞こえた。目を開けると、部屋は暗くなっていた。今は何時くらいだろうと考えていると扉が開いて、彼が戻ってきた。疲れた声でただいまと言って、私の頭を撫でる。彼はそれから食事の準備を始めた。
 夕食を食べさせてもらい、お風呂に運ばれる。本日二度目のお風呂は何とか自分一人で入らせてもらえた。
 今夜のパジャマと下着は白色。やはりフリルがたくさん付いていた。そうして寝室に運ばれそうになったところで慌てて声を掛けて、トイレに連れて行ってもらった。

 運ばれた寝室に朝の名残は全く無く、綺麗に整えられたベッドが私を迎えた。ベッドに座ると、足を鎖で繋がれる。
 これでまた一日が終わる。明日は元の世界に戻れているだろうか。不安と少しの安心の中、横になろうとしていると、突然、彼は声を上げた。
「忘れてた。マフィンちゃん、ちょっとだけ待ってて」
 彼はそう言って慌ただしく部屋を出て行ったかと思うと、大きなトレイのような物を持って戻ってきた。遠目にはそれが何かわからなかったけれど、壁際に置かれたのを見て、思わず目を疑った。
「今朝はごめんね。明日はもう少し早く来るようにするけど、またおもらししちゃったら可哀そうだから、これ使って」

 四角いトレイは床に置かれると予想以上に大きかった。ある程度の高さの囲いの中は柔らかそうな砂で満たされている。見たことがある物だったけれど、これも私の知っている物よりずっと大きい。
「本当は可愛いおまるを探したんだけど見つけられなかった。
 これ、猫用なんだけど、マフィンちゃんは小さいし、猫みたいに可愛いから大丈夫だよね」
 何度瞬きしても、そこに置かれたものは猫用のトイレで、中を満たすのは砂だった。噓でしょ、と思わず固まる。おずおずと見上げると、彼は切れ長の目を細めて私の頭を撫でた。

「びっくりしてる? 可愛いね。そうやって目を丸くしてると猫っぽく見える。猫耳のついたカチューシャとか今度買ってこようか。絶対似合う」
 やだ、と首を振ったけれど、彼はにこにこ笑うだけだった。
「まあ、おもらししても全然構わないんだけどさ。着替えはたくさんあるし、マフィンちゃんの後片付けなら幾らでもやりたいから。でも、濡れたまま過ごして風邪でも引いたら良くないよね。
 そこにおしっこもうんちもして良いよ。俺が綺麗に片付けるから」

 頭が真っ白になって、訳がわからなくなりながらも首を横に振った。
 今朝みたいなことは絶対に嫌だ。だからと言って、猫用のトイレを使うなんて、もっと嫌だ。
 それなら、日中過ごしているソファの部屋にいたい。ベッドなんてなくても良い。あのふかふかのソファで十分だから。声を張って伝えるけれど、男は笑って私の髪を撫でるだけだった。

「そろそろ寝ようか。ちゃんと温かくするんだよ。おやすみ、マフィンちゃん」
 嫌だ、お願い、話を聞いて。要望を聞いてもらおうと体を起こそうとしたけれど、彼は手を振って部屋から出て行ってしまった。扉が静かに閉じて、私はいつものように薄暗い部屋に残される。
 壁際に置かれた大きなトレイを一瞥してから、大人しくベッドに潜り込んだ。今日はちゃんとトイレを済ませたから大丈夫だ。あんなもの、絶対に使わない。朝、トイレに行くまでちゃんと我慢できる。

 朝の嫌な思い出は、頭を振って外へと追い出した。それから目を閉じる。疲れていたのか、あっという間に眠ってしまった。

 

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初出:2024年4月19日(pixiv・サイト同時掲載)
掲載:2024年4月19日

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成人済の時々物書きです。 スカ、女攻め萌え。BLよりはNLやGLが好きです。
18歳以上ですか? ここから先は、成人向けの特殊な趣向の小説(女の子、男の子のおもらし等)を掲載しています。